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映画における全てのカットが、台本通りに進行するわけではありません。俳優には、カメラが回る一瞬一瞬、いや、人によってはそれ以外の場面でも、役になりきっているからこそ発せられる言葉、してしまうアクションがあるといいます。時に、練りこまれた脚本を差し置いて、咄嗟に下したその判断が、名演として語り継がれることもあるのだから、映画とは面白いものです。今回はそんな、後世に残る名作映画の名アドリブをいくつか紹介していきます。

1:『ダークナイト』…ヒース・レジャー

本作でバッドマンの宿敵・ジョーカーを演じたヒース・レジャー。その役作りは凄まじいものだったようで、何でも、1ヶ月間ロンドンのホテルに一人きりで閉じこもり、ジョーカーの独特なしゃべり方や仕草を研究したのだとか。その甲斐あって、作中ではバッドマン役のクリスチャン・ベールを完全に凌駕する圧倒的な怪演を披露します。

特に名高いのが、病院を爆破するシーン。スイッチを押せば瞬時に起爆する予定が、何も起こらなかったのです。そこでヒースは「何で爆発しないんだ?」とばかりに腕を広げてみたり、スイッチをパカパカ叩いたりするアドリブで時間稼ぎ。すると突然「ドーン!!」という耳を聾する轟音が響きます。時間差で爆発したのです。その瞬間、ブルっと後ろを振り返り、慌ててバスに乗り込んで逃げるヒース。
その一連の仕草は、どこを切り取ってもジョーカーそのもの。即興とは思えない自然な所作でした。おそらく、下意識に刷り込むレベルで役になり切っていたからこそ、生まれた名演だったのでしょう。

2:『地獄の黙示録』…ロバート・デュヴァル

ベトナム戦争を題材にした本作屈指の人気キャラクターといえば、ロバート・デュヴァル演じるキルゴア中佐です。自ら前線に赴く勇敢な兵士でありながら部下想い、かつ、敵側の民間人にも情けをかけ、そして仕事より何よりサーフィンが大好き…。そんな、戦場でも心のゆとりを忘れないナイスガイとして描かれているため、全体的にシリアスな作中における、一服の清涼剤のような役目を果たしています。

さて、この『地獄の黙示録』における名場面と言えば、ワーグナーの「ワルキューレの騎行」を大音量で流しながらヘリで襲撃するシーンですが、この撮影中、デュヴァルが搭乗するヘリの機内で火花が散り、煙が立ち込める事故が発生します。当然、機内にいる兵士役のキャストたちはパニックに。そこでデュヴァルは「騒ぐな、ただの信号弾だ」「ランス、大丈夫か?」と、クルーを落ち着かせるために、アドリブで芝居を打ったのです。どんな状況でも変わらない冷静さとリーダーシップは、歴戦の軍部上官らしい完璧な振る舞いでした。

3:『ローマの休日』…グレゴリー・ペック

オードリー・ヘプバーンの名を永遠のものにした『ローマの休日』。彼女の無邪気さと憂いが同居した王女アンとしての演技も、もちろん賞賛されて然るべきなのですが、この名演の裏に、相手役を務めたグレゴリー・ペックの功績があったことも忘れてはなりません。

誰もが知る、真実の口にペック演じる新聞記者が手を入れるあのシーン。手が抜けない!となって、やっとのことで引っこ抜くと、彼の手首から先がありません。それを見て、思わず絶句するオードリー。するとペックが袖の中に引っ込めていた手をパッと出します。緊張が解けたように「もう!」と彼を叩き、胸にもたれ掛かるオードリー。その仕草一つひとつが、何とも初々しくてキュートです。
実はこれ、ペックが当時新人だったオードリーの緊張をほぐすために仕掛けたいたずらだったのだとか。この粋な計らいによって、オードリーは伸び伸びと王女アンを演じることができ、結果、『ローマの休日』は歴史に残る名作となったのです。

いかがでしたか? 名作映画の魅力をさらに引き立てる、これらの名アドリブ。ヒース・レジャーもロバート・デュヴァルもグレゴリー・ペックも、役作りという枠を超えて、その人物そのものを生きようとしたからこそ、できた即興なのでしょう。今後も驚くような咄嗟の芝居で、私たちを作品の世界に引き込んでくれる名優が現れて欲しいものです。

●文 ロックスター小島