文=ホリキリコハル、写真=伊藤さゆ/Avanti Press

堤大介監督
堤大介監督。手前は主人公ムーム(右)とルミン(左)のマケット(粘土模型)

 

持ち主を失ったモノたちが集まる湖のほとり。そこに住むムームの、切なくも幸せな1日を描いた3DCG短編アニメーション映画『ムーム』が、今月17個目の受賞を果たした。アメリカ・ロードアイランド州で行われたアカデミー賞公認映画祭「Rhode Island International Film Festival」で「子供審査員:ベスト・アニメーション賞」を獲得したのだ。

『ムーム』の原作は、『モテキ』『悪人』などで知られる映画プロデューサー、川村元気。ピクサーでアートディレクターを務めていた堤大介とロバート・コンドウが監督し、日本のアニメーションスタッフが制作した。日米のコラボレーションで作られたこの短編は、世界各国の映画祭で高い評価を得ている。高評価のポイントはどこなのか。堤大介監督に伺った。

“パーソナルな部分”をシェアしていく

「世界で受け入れてもらえるかどうかは、実際にはリリースしてみるまでわかりません。しかし、ネガティブな部分や心にある闇も含めて、人間の根本にあるものなら、きっと世界中の人たちに理解してもらえるはずだと思っています。こういう色彩、あるいは、こういうデザインならうけるだろう、といった表面的なものだけを追えば失敗してしまうでしょう。でも、例えば 『ムーム』でいえば、愛や喪失感、蓋をして気づかないふりをしてしまうほど深く負ってしまった傷など、パーソナルな感情は絶対万国共通で、言葉に関係なくシェアすることができます。それをどのように表現するかは考えなければなりませんが、そこを核にすれば、必ず分かってもらえると思いました」

個々の人間が持っている気持ちや感情……。堤とコンドウは、この“パーソナルな部分”にこだわりを持っている。

「実はピクサーが一番大事にしていることも、“個々の体験に基づくパーソナルな感情”です。自分たちが伝えたいことを伝える。すなわち、作り手の“パーソナルな部分”がアニメーションを制作する際にもっとも大切なことなんです」

だから『ムーム』を映画化する話が持ち込まれたとき、堤らは最初、引き受けるのを断ったという。モノに宿る思い出をキャラクター化した原作の発想はとても面白いと思ったが、それはあくまでも原作者のものであり、堤とコンドウの個人的な体験や感情とは結びつかなかったからだ。

「僕とロバート(・コンドウ)は何度も議論を重ねました。その中で、ある時ロバートが、4歳の時にひいおばあちゃんが事故で亡くなった時のことを話してくれました。大好きなひいおばあちゃんが突然いなくなってしまった喪失感、しかしそれを理解するにはあまりに幼すぎたロバート少年。それって『ムーム』と重なるのではないか! そこに気づいたとき、『ムーム』を僕らの物語として捉え直すことができました。ロバートの、その「自分の傷にすら気づいていなかった感情」は、ロバート個人のことのようにみえますが、誰もが理解できる感情だと思います。これを核にし、常にここに立ち戻ることができれば、長い制作の過程でどんなアイディアを付け加えていっても、軸がブレることはありません」

その結果、出来上がった作品には、生と死、そして再生に関するメッセージ性が強く打ち出されている。

多文化の中で鍛えられるコミュニケーション力

しかし、個人的な体験や感情を大切にして作られる日本映画は少なくないが、世界の人々にはなかなか伝わっていかないように感じてしまう。

「ピクサーの中には多くの文化があります。ピクサーはもはやアメリカ(の企業)ではありません。世界中からアニメーションを作りたい人が集まっているのですから。その中で何かを伝える作品を作ろうとしたら、一番最初のお客さんは様々な国や文化からやってきた自分たちの仲間です。『何を言っているのかわからない』と言われたら、どうやったら伝わるのか、何とかして伝えようと工夫します。“こうしたら伝わる”というマニュアルがあるわけではないので難しいことですが、生活環境の中で、伝えようと工夫することが自然と大切になっているんです」

なるほど。“伝わるはずだ”という前提で作るのと、最初から“どうやったら伝わるか”ということを考えて作るのでは、自ずとやり方が違い、結果も違ってくるだろう。

堤大介監督

アニメーションともう一度向きあうために

堤とコンドウが仕事をしてきたピクサーには世界中から超一流のクリエイターが集まり切磋琢磨している。会社の中にプールやバスケットコートがあり、オフィスは素晴らしく、クリエイターにとって天国のような環境らしい。二人はそこで、アニメーションの心と技術の両方を磨きながら、一流の仕事をしてきた。しかしそれらを捨てて独立し、二人でアニメーションスタジオ「TONKO HOUSE」を設立した。次の仕事が決まっていたわけではない。

「次の大きな仕事が決まってからピクサーを辞める人が多いので、仕事が決まっていないなんてなかなか信じてもらえませんでした。何か隠しているんだろうと疑われて(笑)。でもそうではないんです。ご存知の通り、ピクサーはアメリカのアニメーションを救った存在です。90年代、手描きアニメが君臨し、興行的に売れてはいたけれどもマンネリ化していました。でもみんな、こんなふうにやれば売れる、というフォーミュラを踏襲するだけで、何のためにアニメーションを作るのかを忘れてしまっていたんです。そこにピクサーが『バグズ・ライフ』や『トイ・ストーリー』といったCGアニメを送り出し、観客がそれを見て『面白い!』『大人も楽しめるアニメーションだ!』と感動しました。アニメーションにまだ新しい可能性があることを気づかせたのです。そのことで手描きアニメは廃れたかもしれませんが、アニメという観点では蘇ったんです。そして、僕たちはCGアニメが潤っている時代に仕事をさせてもらい、その恩恵を受けてきました。今、振り返ると、自分はアニメーション業界に何をしてきたのか――。僕らは恩恵を受けただけではないのか? もしそうなら次の世代はどうなるのだろう? このままだと次の世代に繋げられないんじゃないか? と思い始めました。だから僕らは、一度ピクサーから離れて、アニメーションに一から向き合う必要があったんです」

自分たちの作品作りを目指して

せっかくピクサーにいるのだから、ピクサーにいながらアニメーションと向き合うことはできなかったのだろうか。

「ピクサーのような心地よい場所に居ては、自分の奥底と向き合えないんです(笑)。それには嘘がある。ほんとうに追い込まれたところにいかないと、ちゃんとした形で向き合うことは、僕らの性格ではできなかったと思います。 ピクサー在籍中にエド・キャナル(現ピクサー社長)と1対1のメンターシップ・プログラムを受けました。エドと話していて、エドやジョン・ラセター、そしてスティーブ・ジョブズがアニメ業界にもたらしたものは、ほんとうにすごいと痛感しました。それに比べると自分はまだ全く何もしてこなかった。だから、まずピクサーを出て、エド達がピクサーをゼロから作った時に見た景色を、その何千分の一のスケールでもいいので、自分たちも眺めてみたいと思ったんです。僕たちにとって一番核となる“何故作るのか”をシェアするのならば、自分たちの作品を作るのが大前提になりますから。」

とはいえ、今までクリエイターとして活躍していて、今度は会社も経営していかなければならなくなるわけだが、そういうことに不安はないのだろうか。

「今まさにそれが大きなトピックですね(笑)。僕もロバートも会社経営という経験は全くないので。でも、絶対にビジネスとして回っていかなければなりません。ぼくらはサステナビリティと呼んでいますが、商売につながらないと意味がないんです。ただ、今はCMだったり、他からの仕事の依頼は受けていません。なんとか、自分たちの会社を回すだけのためにやりたくないことをやる、ということはしないように工夫しています。今は夢を語れる段階なので、ここで「現実的に……」と言って妥協しないように頑張っています(笑)
最終的に僕らが目指すのは……、日本で、世界のどこにも負けないCGアニメーションのプロダクション作りのお手伝いをしたい。ピクサーには世界中のトップタレントが集まってきます。いつか世界中のクリエイターが日本でやることを目標に集まってくるような環境ができたら素敵だと思います。日本人のセンスや技術も素晴らしいですが、世界には本当にすごい才能を持った人たちが沢山います。そんな人たちと日本のアニメーターとの切磋琢磨でさらに今までになかった素晴らしい作品が生まれるかもしれない。 そして何より国際的な仕事環境を日本で作ることによって、もっと多様性を自然に受け入れられる人が増えてくれば素晴らしいですよね」

意思のあるところに道はできる。TONKO HOUSEのこれからがとても楽しみだ。

『ムーム』ポスター

『ムーム』(2016)
監督:堤大介&ロバート・コンドウ & 堤大介
オフィシャルトレイラー https://www.youtube.com/watch?v=7Vg4yFnIQSg
トンコハウス公式サイト http://www.tonkohouse.com/
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