『恋人たち』<br /> ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ『恋人たち』
©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

文=皆川ちか

日本で最も古い歴史を誇る映画専門誌「キネマ旬報」が主催するキネマ旬報ベスト・テンの第1位をはじめ、毎日映画コンクール、高崎映画祭、ヨコハマ映画祭、ブルーリボン賞と、2015年度の映画賞を総なめしている『恋人たち』。

ローバジェットであることに加え、これまでに主演経験のない俳優を起用、しかも単館系公開という小さな映画であるにも拘わらず、数多ある大作群を押さえてのこの快挙――もはやこれは事件と呼べるのではないだろうか。

監督は名作『ぐるりのこと。』(08)以来、実に7年ぶりの長編映画となる橋口亮輔。実は『ぐるりのこと。』公開後、橋口監督は苦境の時期に陥り、数年間映画を作ることのできない状態にあった。そんな監督を支え、励まし、再び映画の世界へと立ち戻らせたのが、功績を上げた映画製作者に贈られる藤本賞・特別賞を『父と暮せば』(04)で受賞した深田誠剛プロデューサー。そして本作で初めてプロデュースを手掛けることになった小野仁史プロデューサーだ。

『恋人たち』<br /> ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ橋口亮輔監督
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“縁の下の力持ち”的立場であるからこそ見えてくる現在の映画製作の現状と、本作の完成までの道のりをお二人にうかがった。

もともと橋口映画のファンであった深田さんは、在籍していた衛星劇場(現・松竹ブロードキャスティング)が、橋口監督の長編3作目『ハッシュ!』(02)に出資したことから、監督との親交が始まった。

「『ぐるりのこと。』の後、私が松竹企画室のプロデューサーになったときに、橋口監督と松竹の本興行でかける映画を作ろうという企画が持ち上がったのですが、なかなか進まないまま2年も経過し、結局それは頓挫してしまいました。あの時期、監督は私生活でも苦しい状況におられて、私もまた、自分の作りたい映画と会社の求める映画にズレがあることに気づき、悩み、会社を辞めようかとも考えました」

深田さんは監督の元を何度も訪れ、ともすればどこまでも落ち込んでいきそうになる監督を元気づけた。それは『恋人たち』で、主人公アツシと、その上司・黒田との関係に反映されることとなる。

「焦ってはいけない。橋口監督は普通の映画監督とは違う。そこに惚れ込んだのだから、時間をかけて、ゆっくりとやっていこう、と。次第にそう思うようになっていったのです」

一方、やはり橋口映画のファンだった小野さんは、木下惠介作品のブルーレイ特典映像の制作を橋口監督に依頼したのが出会いのきっかけだった。その頃監督は、深田さんに勧められて俳優ワークショップの講師をするようになり、中編映画『ゼンタイ』(13)を作り上げた。しかし上映する映画館がない。そこで小野さんが、編集と公開劇場探しを買って出る。

「業務外のボランティアで、手弁当でしたが、大好きな橋口映画に関わりたいという気持ちが強かったんです」

そう語る小野さんの尽力が報われ、テアトル新宿で上映された『ゼンタイ』は、レイトショー公開ながらロングランヒットを記録。『恋人たち』にも出演することになる篠原篤、成嶋瞳子らと出会い、彼らから刺激を受け、橋口監督は徐々に回復しようとしていた。

『恋人たち』<br /> ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ『恋人たち』
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『ゼンタイ』を見た深田さんは、改めて橋口監督と長編映画を作ることを決意。そのための部署を設立すべく動き出し、小野さんと水面下で何度も打合せ、“作家主義×俳優発掘”を掲げたオリジナル映画を製作する部署――イベント事業室を誕生させる。在籍社員は彼ら2名のみ。そして映画製作を前提としたワークショップ企画を立ち上げる。

2人はその監督を、橋口監督と、『南極料理人』(09)の沖田修一監督に依頼する。沖田監督はさっそくワークショップを行い、すぐに撮影に入り、完成した映画『滝を見にいく』(14)は上々の評判を得た。一方、橋口監督の脚本は当初の予定から完成が遅れ、その間、今度は小野さんが監督宅へ足繁く通うことに。

人材確保も入念に準備した。過去の橋口映画に携わった人々を中心に、スタッフ・キャストともにそうそうたる顔ぶれがそろった。

「ワークショップ発の映画ではあるけれど、クオリティで妥協するつもりはありませんでした。商業映画の第一線で活躍する方々に依頼し、多くの方から『橋口監督の映画なら』と快諾をいただきました」

準備をしながら小野さんの脳裏には、「これはいい映画になるんじゃないか……」という予感が働いていたという。かくして8カ月後、脚本が脱稿。その後は一気呵成に撮影へ突入し、完成した映画は現在、社会現象ともいえる反響を呼んでいる。

最初の企画の頓挫から、苦闘の時期を経て、自分たちの作りたい映画を作るための新部署を立ち上げたプロデューサーの2人。紆余曲折を経て、ともに『恋人たち』を完成させた橋口監督を、小野さんは「天才」と評し、深田さんは「作品と心中する人」と語る。

『恋人たち』を取り巻くこの状況について、深田さんは分析する。

「原作ありき、メディアミックス展開ありきの映画が氾濫している現在の日本映画に、『もういいよ』と感じている人は、実はとても多いのではないでしょうか。予算も少なく、有名俳優主演作でもないこの映画が、予想を超えるヒットとなり、高い評価もいただいていることが、その証のようにも感じられます。なによりも、橋口監督を待っていた人が、たくさんいたのだと実感しました」

ちなみに、2015年度のキネマ旬報ベスト・テンの日本映画第2位は、塚本晋也監督の『野火』。第3位は濱口竜介監督の『ハッピーアワー』が選ばれた。『恋人たち』と同様に低予算、スター俳優不在、そして監督の個性と自由、創造性を最優先させて作られたという共通点が、3作品にともにある。

商業主義を優先させた映画以外は作りにくく、観客にとっても多様な映画を見る選択肢が少なくなりつつある現在で、これらの作品が評価され、支持されていることが示すもの――それは、小さな革命のはじまりではないだろうか。

『恋人たち』<br /> ©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ『恋人たち』
©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

今後は、新人の坂下雄一郎監督の『東京ウィンドオーケストラ』。さらに「冬のソナタ」で知られる韓国ドラマ界の人気演出家、ユン・ソクホの映画監督デビューとなる作品が控えているという。深田さんはこう語る。

「作り手の作りたい映画を、観客の見たい映画を、つまり日本映画を欲する人々の心に届く映画をプロデュースしていく。それが自分たちの為すべき“仕事”であると、『恋人たち』を作ったことで改めて分かりました。目指すは今の時代のATG(※)です」


※ATG(日本アート・シアター・ギルド)
60~80年代にかけて実験性・芸術性・作家性に重点を置いた映画を製作・配給。日本の映画史に多大な影響を与え、ミニシアター上映の先駆けともなった。

この記事で紹介している作品

『恋人たち』
『ゼンタイ』
『ぐるりのこと。』
『ハッシュ!』