ネギだけで何もない!? “深谷”が映画ロケ地として活躍するわけ

インタビュー

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深谷駅
レンガ造りが美しい深谷駅

文=皆川ちか

戦場を極限的な視点で捉えた塚本晋也監督の『野火』(15)。3.11以降の日本社会を予見する園子温監督の『希望の国』(12)。若手監督のトップランナー、入江悠監督の出世作『SR サイタマノラッパー』(08)。さらには『64-ロクヨン-』『紙の月』『そして父になる』『青天の霹靂』など、現在の日本映画における必見作ともいうべきこれらの作品が、どこで撮影されたかご存知だろうか。

答えは埼玉県北部の地方都市、深谷市だ。市の名前を冠した深谷ネギが良く知られているが、実は近年、様々な映画のロケ地として“活躍”し、ついには深谷市そのものが主人公のひとりともいえるオールロケーション映画『ジョギング渡り鳥』が誕生するに至ったのである。

強瀬誠さん(左)と鈴木卓爾監督
深谷市の魅力を語ってくれた強瀬誠さん(左)と鈴木卓爾監督

都心から離れた、とりたてて観光地というわけでもない深谷市が、いかにして“映画の街”として認知されるにようになったのか。同地における映画やドラマ撮影の誘致や支援を行っている深谷フィルムコミッションの強瀬誠さんと、『ジョギング渡り鳥』の鈴木卓爾監督に、深谷で映画を撮ること、そしてフィルムコミッション(以下、FC)と映画界の関係性についてうかがった。

強瀬さんは深谷生まれの深谷育ち。元々自主映画が好きで、レンタルビデオ業界で働いていた経緯もあり、2002年にオープンした映画館「深谷シネマ」の立ち上げを手伝ったことが出発点だったという。「深谷シネマは元々、地域活性化を目的とした商工会議所の事業の一つでした。ちょうど全国各地でいろいろな行政がFCを立ち上げていた時代で、せっかく映画館も作ったことですし、深谷市でも何かをしたくなったんです。それで、『ふかや・インディーズ・フィルム・フェスティバル(現:ふかや映画祭)』という自主映画祭を開催しました」

その第1回グランプリが、入江悠監督の短編『部屋の片隅で、愛をつねる』(04)だった。この出会いが不思議な縁を生んだと強瀬さんは続ける。「入江監督も深谷出身なんです。彼はその数年後『SR サイタマノラッパー』で注目されることになりますが、地元の人間ならではのまなざしで、夢も希望もない町としての深谷を撮っていました。おもしろいことに、『SR~』を見て深谷でロケをしたいという声が映画製作会社やテレビ局から、かかるようになったのです」

FCの代表とはいえ、当時は実質的にほとんど手弁当状態だった。強瀬さんはネギ農家である実家の家業をこなしつつ、撮影協力の依頼に対応し、現場に立ち会い、ロケーションコーディネーターとしての経験を積んでいく。

小林屋
『ジョギング渡り鳥』のロケ地として使われた深谷の居酒屋「小林屋」でお話をうかがった

折しもその頃、鈴木卓爾監督は長編2作目『ゲゲゲの女房』(10)の舞台となる町を探していたという。「映画の設定は昭和30年代です。そんな空気が残っている関東近郊の町という条件で、いくつか候補地はあったのですが、水木しげるご夫妻が暮らす家のイメージにぴったりな古民家を、深谷で見つけたんです。しかも空き家で、ありがたくも映画で使わせていただくことができました。深谷と強瀬さんとのご縁は、そこから始まりました」

『ゲゲゲの女房』のロケ地
取材場所のすぐ近くに『ゲゲゲの女房』のロケ地となった古民家があると、
鈴木卓爾監督自ら案内してくれた

『ゲゲゲの女房』公開後の2011年。鈴木監督は、41人の監督が震災と向き合って作り上げたオムニバス作品、仙台短篇映画祭制作プロジェクト『311明日』に参加。その撮影地として、再び深谷を選んだ。「震災以降、それ以前と以後で、現実が全く変わってしまいましたね。映画というフィクションにそれでも取り組んでいく上で、深谷で、もう一度スタートしたいと思いました」

その理由を、深谷の風景と空間、そして五感に響く独特性だと鈴木監督は明かす。「深谷という町は、夜になると闇が濃くなって、音の響きも東京と全然ちがうんです。闇本来の静けさと怖さがちゃんとある。広いけれど、囲い込まれているような安心感もあり、土の匂いがある」

かくして仕上げた短編『駄洒落が目に沁みる』(11)で鈴木監督は、前作『ゲゲゲの女房』で深谷を昭和の町としたのとは対照的に、ディストピア風味の近未来(?)荒野として深谷を描いた。さらに4年後の2015年、2時間37分にもわたる新作『ジョギンク渡り鳥』が完成。鈴木監督が講師をつとめる映画美学校で学ぶ俳優たちが、自らカメラを構え、マイクを握り、深谷を舞台に地球人と宇宙人が入り乱れて物語を構築してゆく、なんとも奇妙なSF映画である。

宣伝カー
『ジョギング渡り鳥』では手作りの宣伝カーも用意。地元深谷での告知も入念に行う。
実はこの“何でもない”場所も『ジョギング渡り鳥』のロケ地なのだ

『ジョギンク渡り鳥』では、モダンな造りの深谷駅や、ノスタルジックな空気と今現在が混在する雰囲気、荒涼とした平野にぽつんと佇む廃墟、田圃を横断する長い長い一本道など、観光映画とは一線を画した視点で、それでいて味わい深く、深谷市が映し出されている。

「風光明媚なものを撮ろうとすればするほど、プロモーションビデオに近くなってしまうんですよね」と、強瀬さんは指摘する。「行政主導のFCが陥りがちな点が、そこです。きれいに撮ってもらおうとすると、かえって映画そのものの力も、土地の魅力も削がれてしまう。入江監督の映画も、『ジョギンク渡り鳥』も、深谷の“何もなさ”を実に身もふたもなく鮮やかに切り取っています」

一方、撮る側としては、観光名所ではない土地の魅力をつかむには、現地の人々といい関係を築くほかないと鈴木監督は断言する。「地元の方の厚意に甘えるだけ甘えていたら、『もう二度と来るな』と、思われてしまいますよね。そこに住む方々と一緒に映画を作っているんだ、僕らはあくまでお邪魔させていただいているんだ、という気持ちを常に持っていないといけません」

鈴木監督はロケーション撮影をするとき、基本的に車止めや人止めをしないという。「動いているものを止めると、土地の呼吸が止まってしまうんです。すると、俳優が生きているように見えなくなる。だから僕の映画では、撮影をしているという気配をできるだけ消します。あるいは、こちらから近づいていって、仲間にさせていただく。そうするとその土地や、そこで暮らし、生きている方たちの呼吸も分かち合える。止まった画ではなく、呼吸をしている、つまりは生きている画をもらえるのです」

『ジョギング渡り鳥』キャスト&スタッフ
取材場所には、強瀬さん、鈴木監督に加え、『ジョギング渡り鳥』の
キャストの小田篤さん(左上)や、同作に出演した地元の方々も集まってきてくれた。
鈴木卓爾監督が説く、“いい関係”が築かれていることが一目瞭然だ

ロケーション撮影で映画を作ることは、その土地の物語を作るということだと、強瀬さんは説く。「FCとは、映画を作る方々と、映画に協力をする方々の間に立つ交渉人のようなものです。深谷の場合は、この“何もなさ”こそが魅力であり、それゆえあらゆる物語の舞台になり得るのです。そのことに気づいてくれた、そして気づかせてくれた映画人の方々に恵まれました。これからも、いろいろな映画に深谷を“出演”させてもらって、新しい深谷の顔を、魅力を引き出していってもらえたら……それがコーディネーターとしての自分のすべきことなのだと思います」

“何もなさ”を挙げる強瀬さんに対し、鈴木監督の意見はこうだ。「私は映画を撮るとき、どんな街であれ欠点や弱点などはあるはずがないと思っています。開発によって街本来の姿を変えざるを得ず、変わってしまった土地を、『魅力がない、うちには何もない』と感じざるを得ない、そういう内外の観念に向けた、やわらかな提案としての映画の立ち位置があってもいいかなと思っています」

ロケ地そのものを俳優としてとらえ、映画によって引き出されていく新たな顔――『ジョギンク渡り鳥』で、深谷は実に妙味のある演技を披露している。そして、そういった顔、つまり魅力は、日本のどこの街にもあるのではないだろうか。

『ジョギング渡り鳥』地
『ジョギング渡り鳥』
新宿K's cinemaにて3月19日よりロードショー!
監督・場面構成:鈴木卓爾
ロケーションコーディネート:強瀬誠(深谷フィルムコミッション)
宣伝・配給:Migrant Birds Association カプリコンフィルム
© 2015 Migrant Birds Association / THE FILM SCHOOL OF TOKYO

この記事で紹介している作品

『ジョギング渡り鳥』
『野火』
『ゲゲゲの女房』
『希望の国』
『SR サイタマノラッパー』

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)