蜷川幸雄の告別式でも話題に… 映画スターが亡き盟友に捧げる、感動の弔辞。

コラム

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5月16日。演出家・蜷川幸雄の告別式で、平幹二朗、大竹しのぶ、吉田鋼太郎、小栗旬、藤原竜也の役者5人がリレー形式で弔辞を読み上げ、話題となりました。特にニュース・情報番組で何度も取り上げられていたのは、トリを飾った藤原竜也のメッセージ。咽び泣きながら「蜷川さん、あなたはボクを生みました」と語ったその内容は、15歳の時から指導を受けてきた、厳しくも優しい恩師への感謝が詰まった感動的な内容でした。

このように、弔辞とは逝く者と残された者。2人の関係性がたった数分の中に凝縮されるため、時に聴衆の感情を揺さぶる言葉が放たれます。特に演劇に携わる者のラストメッセージは、芝居のセリフのように美しく、ドラマティックな名言の宝庫です。ここでは、映画スターが残した、亡き盟友に捧げた言葉をいくつか振り返りたいと思います。

■「役者なら生き返ってみろ!」 原田芳雄→松田優作

1989年。膀胱癌のため、40歳の若さでこの世を去った松田優作。斎場で「優作さん! 起きてください早すぎるよ!と泣き叫んだ弟分の仲村トオルに対し、優作より9歳年上の兄貴分・原田芳雄は「俺は今までお前が死ぬとこを何度も観てきた。そして、その度にお前は生き返ってきたじゃないか!」憤っていました。優作自身が「兄貴」と呼び、自宅を隣に構えるほど慕っていた後輩の死を、原田は受け入れられなかったのでしょう。原田の悔しさを滲ませる悲痛な叫びは、この擬似兄弟の絆がいかに深いかを感じさせるものでした。

■「何か非常に、最高な葬式に巡りあったような気がする。」 勝新太郎→石原裕次郎

最初は「勝ちゃん」「裕ちゃん」、次に「勝」「裕次郎」、最後は「兄弟」という言葉をもじって、「きょうらい」と呼び合っていた2人。青山葬儀所で営まれた片割れの遺影を前に、勝新太郎は原稿を持たず、感情の向くままに語り掛けました。一緒に酒を飲んで喧嘩になりそうだった時「おい、芝居にしようよ」と言って、笑いあって仲直りしたかつての友。柔和な笑顔と対面するうちに、悲しい今よりも、楽しかった日々が思い出されて、口に出た上記の一言だったのでしょう。

■「彼に会いたいよ。ミスターフェニックスに。寂しいよ…。」 キアヌ・リーブス→リヴァー・フェニックス

「若い僕たちは、さまざまな失敗を犯してきた。」とリヴァーと自身のことを語るキアヌ。まさにその若き過ちとも言うべき薬物のオーバードーズにより、23歳で夭折したリヴァー。映画『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』で共演して以来、青春の日々を共有してきた親友の死の報にふれ、キアヌは全身が麻痺したように動かなくなったと言います。友を亡くした悲しみがシンプルに表れた一言。胸を打たれます。
その後、かつてカリフォルニアに家族で移り住んだ時「灰から甦るフェニックスのように」という意味で、変更したファミリーネーム同様、火葬されて灰となり、生まれ故郷の空に撒かれたリヴァー。今でもどこかでキアヌを見守っていることでしょう。

■「わたしは、かつてあなたのボディガードでした。」ケヴィン・コスナー→ホイットニー・ヒューストン

何とも粋な一言です。1992年公開の映画『ボディガード』で自身が護衛したヒロインを弔うために、コスナーは17分もの弔辞を読み上げました。同作のヒットにより、世界的な歌姫となったホイットニーに対し、ボディガード・コスナーはこう続けます。
「少女だったあなたは、この教会へとやって来て、両親やあなたを一番に愛する人たちの前に堂々と歩み出たことでしょう。そしてあなたは、世界のまぶしいステージの上に立ち、プロのシンガーとして、まれにみる成功を遂げました。今あなたの歌を歌うのは、いつかあなたのようになりたいと夢みる少女たちでしょう」。

いかがでしたか? もう逢うことが出来ないからこそ言える、ストレートでありったけの想いを載せたセリフが連ねられる弔辞。死は誰にとっても平等に訪れるもの。であるならば、こんなふうに、思いのこもった言葉で葬られる人生を、歩みたいものです。

●文 ロックスター小島

記事制作 : dmenu映画