橋本マナミ、“愛人キャラ”への葛藤も今では「私のホーム」と生涯愛人宣言

インタビュー

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橋本マナミ

“愛人にしたい女性No.1”。実に背徳的なキャッチフレーズをまとってブレイクしたのが、タレントの橋本マナミ。橋本のイロモノぶりはバラエティ番組やイベントなどで大いにウケたが、今では朝ドラ出演やW主演映画が控えるなど女優としても活躍中だ。だが“愛人キャラ”イメージはあまりにも強烈で、それが足かせになる事もある。しかし橋本は「愛人は私のホーム。やめません」と高らかに生涯愛人宣言する。そのココロは?

13歳の時に、オーディションをきっかけに芸能界入り。松雪泰子に憧れ、女優を夢見たが現実は甘くはなかった。「芝居も出来ないし、歌も歌えない、人とも喋れない。でも胸だけはあったので、16歳の時にグラビアにさせようという事になった。当時は優香さんなどの明るい女の子のグラビアがブーム。それに便乗してみたものの、おばさん感が凄すぎて、違和感ばかりでした。そこから仕事は減る一方。同い年の子たちが売れていく姿を見るのは悔しかった」と苦節時代を振り返る。

忘れられないのは、帰省した際に交わした会話。「田舎に帰って“仕事は何をやっているの?”と周りから聞かれるのが一番きつかった。“東京で女優として、舞台や2時間ドラマに出演している”と答えるものの、さすがに“2時間ドラマで死体役”とは言えませんでした」と苦笑い。

橋本マナミ

年齢に反して大人びた外見が凶と出た。高校生の段階で、制服を着れば“おばさんのコスプレ”、20代に突入すると“誰の愛人なの?”。無意識に醸し出される愛人オーラは、若き日の橋本を苦しめる。「当時はその愛人イメージがコンプレックスで、無理にキャピキャピしたり、変に若作りをしたり。大人びた外見に内面がついて行かず、葛藤がありました」と打ち明ける。

芸能界の仕事を辞めようと思った事は何度もあるが、それを引き留めたのは19歳の時のNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」への出演。「その衝撃と経験が忘れられず、またここに戻るんだ!という気持ち一つで、仕事のない暇な時は日舞を習ったり、着付けを覚えたり、根拠のない自信だけを頼りにやっていた気がする」とオーラは愛人だが気持ちは一途だった。

橋本マナミ

そして迎えた30代。“お嫁さんにしたい女性No.1”路線も考えたが、すべてを受け止めて“愛人にしたい女性No.1”路線で勝負に出る。コンプレックスは一転、唯一無二の個性になり、遅咲きのブレイクを果たす。「年齢と共にリアルな愛人像になってきたからこそ、自分の中にも無理をする感じがなくなってきた。今は肩の力も抜けて自然体で楽しく、居心地もいい」と目を輝かせる。念願のNHK大河ドラマ「真田丸」への出演も決定。その一方で、自身初の冠番組BSフジ「橋本マナミのヨルサンポ」では愛人キャラを前面に押し出し、ディープな世界を紹介中だ。

来年で芸歴は、なんと20年!遠回りした時間の方が多いが、成熟に必要な時間だったのかもしれない。「芸能の世界は自分が何をやりたいのかではなく、求められないと存在できない場所でもある。日々精進しながら、皆さんに面白いと思ってもらえるポジションに常にいるのが理想」とし、「愛人はやめません。私の居場所だから。愛人キャラがあるからこそ、今の私がいる。愛人はホーム」と愛人キャラ卒業を否定。結婚願望はあるも「愛人キャラなので、誰も本気で私に迫ってこない。しばらくは仕事に生きる事になりそう」と妖艶な笑みを浮かべた。

(取材・文/石井隼人)

BSフジ「橋本マナミのヨルサンポ」は、夜の社会科見学をテーマにした街ブラバラエティ。橋本は「人には聞けないけれど興味のある、性事情や官能小説などのディープな世界を紹介する番組。アニメの声優さんから喘ぎ声を教えてもらう回では、声の出し方のコツを掴んだので、後々映画やテレビドラマでその成果を出したい」と楽しんでいる。次回放送は6月25日(土)24:30より。

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記事制作 : dmenu映画