強制労働、密告、虐殺…“カンボジアの暗黒時代”に向き合い、生きる姿描く『シアター・プノンペン』

コラム

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『シアター・プノンペン』
(C)2014 HANUMAN CO.LTD

文=熊坂多恵/Avanti Press

東南アジアのカンボジアという国、日本ではどれくらい知られているだろうか? 最近では、お笑いタレントの猫ひろしが、男子マラソンのカンボジア代表としてリオ・オリンピックに出場、というニュースもあった。かつて作家の三島由紀夫はカンボジアの王を主人公にした戯曲「癩王のテラス」を書き、先日、その戯曲が鈴木亮平主演で再上演されて話題にもなった。そして7月2日からは岩波ホールで、カンボジアの劇映画『シアター・プノンペン』が公開される。現代のカンボジアに生きる女子大生が、ある1本の古い映画と出会ったことをきっかけに、自分が生まれる前のカンボジアの暗黒時代と、そこを生き抜いてきた父や母の過去を知り、自身のアイデンティティと家族との絆を取り戻す姿を描く。カンボジア期待の女性監督、ソト・クォーリーカーの力作だ。

1975年、かつて「東洋のパリ」とも呼ばれた首都プノンペンを占領したカンボジア共産党、クメール・ルージュは、都市の人々を地方に移動させ、集団生活と労働を強いた。劣悪な環境下での激しい労働で、国民の4分の1が命を落としたと伝えられる。また、多くの知識人が粛清され、そのなかには映画監督や俳優なども含まれていた。この映画の最後には、虐殺された映画人たちの写真が映し出され、追悼されている。

「ヒロインは1本の映画をきっかけに、自分の家族の歴史を知る過程で、カンボジアの歴史を知るわけですが、私自身もこの映画を作りながら、カンボジアの、そして私の家族の隠されていた過去を知ることができました」と語る監督自身も、クメール・ルージュ時代に父を失い、その理由を知らされないまま母親と生きてきた。これは、監督から家族への想いがつまった作品でもある。

プノンペンに暮らす女子大生のソポンは、病弱な母親を心配しながらも、軍人の父親が命じるお見合いから逃げるため、ボーイフレンドと遊び歩いていた。ある夜、迷い込んだ古い映画館で上映されていた映画に、自分とそっくりな少女を見つける。それはかつて女優だった母の主演映画であった。映画の最終巻が内戦によって失われたことを映画館の主であるソカに聞いたソポンは、映画の最後を自分たちで撮りなおせないかと考え……。


(C)2014 HANUMAN CO.LTD

両親にうまく思いを伝えられず、自分の生き方にも疑問をもっていたヒロインのソポンが、映画を完成させるという目的を得て生き生きと動きだし、その過程で母と父それぞれの過去や思いを知る。そして、信じていた映画館主・ソカの思いがけない姿を知り、大きな衝撃を受けたソポンにかわり、今度はソポンの母が、蘇ったように強い意志を発揮する。虐殺の被害者、加害者、被害者でありながら仲間を売った者、それぞれの苦しみや哀しみが明かされ、それらを互いに知ったうえで、共に生きていこうとする人々の強さや優しさが伝わってくる。

1973年生まれのソト・クォーリーカー監督は、クメール・ルージュの時代に生まれ、その後の荒廃したカンボジアを生き抜いてきた。多くのカンボジア人が直視したがらないつらい時代に向き合い、まさに身を切るようにしてこの作品を作った。だが、そこに悲壮感はなく、静かな許しと、明日を生きようとするパワーがみなぎっている。 「加害者も被害者もつらい思いをしている。だから私たちは今、お互いを認め合い、仲良く生きていかなければならない。この映画で観客に、そして自分自身にも、そう伝えたかった」と監督は語る。

筆者がカンボジアを訪れた1995年当時、クメール・ルージュはまだ国境付近に潜伏しており、あちこちに地雷が埋まっていた。それでも、カンボジアの人々は明るく、草原の向こうに突如現れるアンコール・ワットやアンコール・トムといった遺跡は、素朴で美しく、朝食に食べる米の麺「クイティウ」は親しみやすい味わいだった。その後、2000年代に再訪した時には、遺跡の周りに大きなホテルやおしゃれなカフェ、雑貨屋などもできていた。今年、欧州観光貿易評議会がカンボジアを「世界最高の観光地」に選出している。

多くを失い、そこから立ち上がってきたカンボジアの激動の40年、カンボジアの過去と今を生きる女性たちの強さ、たくましさに圧倒されること間違いなしの1本だ。

『シアター・プノンペン』
7月2日岩波ホールにて公開
(C)2014 HANUMAN CO.LTD

この記事で紹介している作品

『シアター・プノンペン』

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)