【映画の料理作ってみたらvol.15】英EU離脱で注目のアイルランド!映画『ブルックリン』のアイリッシュシチュー作ってみた

コラム

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文=金田裕美子/Avanti Press

13歳でアカデミー助演女優賞候補となった『つぐない』や、『ラブリーボーン』で複雑な状況に置かれた少女を演じ、その天才的な演技力で大注目を集めたシアーシャ・ローナンも今年22歳。すっかり大人になって、先ごろ発売された「TIME」誌(国際版)では、「次世代のリーダーたち」10人を取り上げた特集に、俳優として唯一選ばれて表紙を飾るなど、もう飛ぶ鳥落とす勢いです。7月1日公開の『ブルックリン』では、ふたつの土地と2人の男性の間で揺れる女性を繊細に演じ、これまたアカデミー主演女優賞候補になりました。

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シアーシャ・ローナンが表紙を飾った『TIME』

『ブルックリン』で彼女が演じるのは、不況のただ中にあるアイルランドに住むエイリシュ。働く先のない地元を離れてアメリカに渡り、高級デパートで売り子の職を得てブルックリンで新生活を始めるのですが、故郷に残してきた母や姉恋しさに泣いてばかりという重度のホームシックになってしまいます。

演じるシアーシャはニューヨーク市に生まれ、3歳の時にアイルランド人の両親と共にアイルランドに移住してそこで育ったアイルランド人。エイリシュとは逆の道(?)をたどっています。そしてシアーシャも食べたであろうアイルランドの名物料理といえば、そう、その名もズバリ、アイリッシュシチュー。エイリシュがニューヨークに渡る船の中でも、食堂でこれが出されます。まあ、このシーンでは、わけあって食べている人がほとんどいないのですが、今回はアイリッシュシチューに挑戦です!

アイリッシュシチューの材料は、肉、じゃがいも、玉ねぎ。にんじんを入れるかどうかについては、「そんなものは邪道だ!」という人もいて、本国でも論争があるらしい。いずれにしても、ほとんど肉じゃがやカレーを作る時の材料です。きっと日本における肉じゃがのように、アイルランドの家庭の味なのでしょう。エイリシュが家族と食事しているシーンでも、よくは見えないものの、じゃがいもと肉を煮込んだようなものを食べています。

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エイリシュが自宅で食べる日常食のアイリッシュシチュー
『ブルックリン』7月1日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて
©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

アイルランドとじゃがいも、で歴史の先生の顔と共に思い出すのが、19世紀にアイルランドを襲ったじゃがいも飢饉です。アイルランドの農民が主食としていたじゃがいもが疫病の大発生で壊滅状態となった。にも関わらず、疫病の被害を逃れた小麦などは国外に輸出され、国内の食糧が極度に不足。このため、一説には100万人が餓死、100万人が国外に脱出したといいます。脱出組の多くは、同じ英語を話すアメリカに向かいました。

『風と共に去りぬ』の主人公スカーレットのお父さん、ジェラルド・オハラもおそらく飢饉を逃れてアメリカに渡ったアイルランド移民で、一代でジョージア州に大農場を築きます。「タラ」という農場の名前も、アイルランドの聖地「タラの丘」からとっているらしい。お父さんはスカーレットにも、ことあるごとに「お前にはアイルランド人の血が流れている」と言います。アイルランド人は気性が激しい、と言われているんだとか。アイルランド移民、というとどうしてもこの時代を思い浮かべてしまいますが、『ブルックリン』の舞台となっている1950年代にも、国内の経済不況により数十万人が移民としてアメリカに渡っています。エイリシュもその1人なのです。

アイルランドとお隣のイギリスは、歴史的、宗教的、政治的、文化的、経済的に長年軋轢が存在している国。イギリスの正式名称が「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」というだけあって、アイルランド島の一部がイギリスの国土という、地理的にも複雑な状況です。歴史的に脱出組ばかりが多いアイルランドのように思えますが、つい先日、イギリスがEU離脱を決定。英国民であってもアイルランド人(両親や祖父母がアイルランド人とか、2005年以前に北アイルランドで生れたとか)ならEU加盟国であるアイルランドのパスポートが取得可能。EU内の自由な移動や就労が可能なEU市民権を保持したい英国民は、なんとかアイルランドのパスポートを得ようと必死になっているとか。時代によっていろいろ変わるもんです。

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さて、ニューヨークのエリス島(移民局のある島。『ゴッドファーザー』のヴィトー・コルレオーネも幼い日にここから入国します)から入国したエイリシュが、ブルックリンで身を寄せるのは、同郷の女性ばかりが住む下宿。女性たちは毎日同じテーブルについて食事をします。ここでも、食べているのは何やら肉とじゃがいもの煮込みのようなもの。うーん、それしかないのか、そんなに肉じゃがが好きなのか。この当時、アイルランドではそんなにバラエティ豊かな食事をしていなかったのかもしれません。実際、エイリシュがイタリア系のボーイフレンド、トニー(エモリー・コーエン)の家に招かれたと知るや、下宿の女性たちは彼女が恥をかかないよう、フォークとスプーンを使った「スパゲティの食べ方」の特訓を施します。当時のアイルランドでは、スパゲティなど珍しかったのでしょう。それは50年代の日本でも同じだったはず。今では当たり前にあるものも普及したのは実は割と最近、ということがよくあるものです。『E.T.』ではエリオット少年(ヘンリー・トーマス)がE.T.の姿に驚いて宅配ピザの箱を落としてしまいますが、映画の公開当時の1982年、日本にはまだ宅配ピザというものがありませんでした。

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ブルックリンの下宿の食卓でもアイリッシュシチュー
『ブルックリン』7月1日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国にて
©2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

アイルランド版肉じゃが!?
アイリッシュシチューに挑戦

さて、アイリッシュシチュー。なるべく本場に近いものを、ということで日本やアメリカではなく、イギリスやアイルランドで書かれたレシピを探します。するとわかったのは、使う肉はマトンの首肉。くびにく? どのようなものか全くわかりません。なんとなくだるま落としのようにスパッと筒状に切り取られたものが頭に浮かびます。マトンですら近所のスーパーにはないのに、首指定って……。んなものはないので、ラムを使います。ちなみに1歳以下の羊のお肉がラム、2歳以上の羊のお肉がマトン。ラムのほうが羊独特の臭みが少なく食べやすいので、日本では一般的なのだと思われます。骨付きのほうがスープにいいお味が出るので、骨付きを用意。あとは、じゃがいも、玉ねぎ。じゃがいもは、粘りのあるものとほくほくしたものの2種類を使うとレシピに書かれているので、ねっとり代表メークインと、ほくほく代表男爵を用意。違う種類のじゃがいもを一度に使うというのが新しい。さすがじゃがいもが主食だった国です。邪道だと言われようとも、美味しくなりそうだからにんじんも入れちゃいます。あとは香り付けのローズマリーとタイム。主な材料はこれだけ。

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大ざっぱなレシピでは、これらの材料を鍋に入れ、水を入れてひたすら煮込む。スープストックでなくただの水を使うのが正統派、とする説もあります。でも、なるべく美味しくできたほうがいいので、ちょっとだけ手を加えます。

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骨付きラムに塩、こしょうして軽く小麦粉を振ります。フライパンにオリーブオイルを少量入れ、ラムを両面をこんがり焼いて、煮込み用鍋へ。

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ここで「ブフ・ブルギニオン」の回以来となる、うちの可愛い赤い鍋の登場です。ああ、やっぱり可愛い。この鍋にごろっと大きめに切った(小さめのものは切らずにそのままの)じゃがいも、くし切りにした玉ねぎ、乱切りにしたにんじんを入れ、スープストックを注ぎ、ローズマリー、タイムの枝をのせて蓋をしてアクを取りながら1時間ほど煮込みます。作り方はこれだけ。鍋を火にかけている時間は長いですが、煮込み前の準備はあっという間に終わってしまいます。

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すっごく簡単で意外に美味しいソーダブレッド

そこで煮込んでいる間に、アイリッシュ料理には欠かせないソーダブレッドにも挑戦してみます。これもアイルランドの名物で、名前の通りソーダ=重曹でふくらますパンのこと。酵母を使ったパンと違って、1次発酵、2次発酵などという手間は必要なく、材料を混ぜたらすぐに焼ける、お手軽な手作りパンです。材料は小麦粉のほか、本場ではバターミルクを使いますが、日本ではなかなか手に入らないのでヨーグルトと牛乳で代用します。

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パン種はあっという間にできてしまうので、まずオーブンを200度に予熱します。温まるのを待っている間に、小麦粉250グラムにベーキングパウダー小さじ1、重曹小さじ1、塩少々、砂糖大さじ1を入れて軽く混ぜ、粉をふるいます。その粉にヨーグルト100cc、牛乳100ccを加えてヘラまたはスケッパーを使って切るように混ぜます。固さを見ながら牛乳の量は調節します。粘らせたくないので、あまりこねないように。全体が粉っぽくなくなったら丸くひとまとめにして、クッキングシートを敷いた天板にのせ、十字に切り込みを入れてオーブンへ。ここまでで、ほんの5分程度。パン作りは大変、面倒だからお店で買いましょ、と思い込んでいた私は、ほんとにこんなに簡単にパンができちゃうの? とちょっと半信半疑です。

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30分後、オーブンを開けると……表面は花咲ガニの甲羅のようにトゲトゲしておりますが、こんがりと焼け、いい香りが漂っています。表面を触ってみると、ん? 固い。岩石のようです。叩くとコツコツ音がします。ちゃんと食べられるんだろか。歯が折れたりしないだろか。ナイフを入れてみると、ガリッと表面が割れる感じ。しかし中はふっくらして、ちゃんとパンぽくなっています。まわりは甘くないクッキーのようですが、小麦の香る素朴なパンが出来上がりました!

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焼いてからしばらく時間が経つと全体がしっとりしてきて表面の岩石感が薄れ、まわりも多少軟らかく、食べやすくなりました。しばらく時間をおいてから切ったほうがいいかも。それにしても作ろうと思い立ってから、1時間もかからずに出来上がるパン。これは素晴らしい。全粒粉を使ったり、中にレーズンやくるみを入れたり、いろいろバリエーションも楽しめそうです。ご飯もパンもない! という時にまたやってみようと強く思いました。

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そうこうしているうちに、シチューもいい感じになってきました。蓋を開けると、うーんいい匂い。ルーを入れる前のカレーみたいですが、ラムや香草を使っているのでなんとなく異国の料理、という感じがします。脂がけっこう浮いてくるので、ある程度取り除きます。こうすればくどくならないし、カロリーもオフ。羊肉は脂肪燃焼効果があるので、ダイエットにもいいらしい。最後に塩、こしょうで味を調え、パセリを散らせば出来上がり。ソーダブレッドを添えていただきます。

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シチューもソーダブレッドもあんなに簡単だったのに、とっても素朴で深い、しみじみした味わいです。凝った料理でない分、毎日のように食べても飽きないのかもしれません。手間がかからず、飽きがこない。なるほど、生活の知恵。エイリシュは、食べなれたアイリッシュシチューと未知の味であるスパゲティとの間で揺れたのかなあ、などと思いつつ、アイルランドの黒ビール、ギネスで乾杯したのでした。

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【レシピ】
《アイリッシュシチュー》
骨付きラム、じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、スープストック、ローズマリー、タイム、パセリ、塩、こしょう
《ソーダブレッド》
小麦粉、ベーキングパウダー、重曹、塩、砂糖、ヨーグルト、牛乳
《映画っぽい雰囲気を盛り上げる小道具》
50年代の衣裳、ギネスビール

 

 

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)

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