文=松本典子/Avanti Press

『ブルックリン』
『ブルックリン』
© 2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

英国のEU離脱を受けて、アイルランドのパスポートを申請するアイルランド系英国人が急増しているそうですね。理由は、アイルランド国民としてならEUの市民権を引き続き保持できるからだそう(もちろんアイルランド生まれ、あるいは両親や祖父母がアイルランド国籍を持っている英国人に限られますが。念のため)。そんなアイルランド人気とはちっとも関係ないところではありますが、この夏、日本ではアイルランド映画が続々公開に。嬉しいことに粒ぞろいなのでご紹介します。

アイルランドからアメリカへ
選んで彼女は大人になった、『ブルックリン』

『ブルックリン』
『ブルックリン』
© 2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

1950年代、職を求めてアイルランドの小さな町からニューヨークへ渡る主人公エイリシュ(シアーシャ・ローナン)が、新天地で少しずつパーソナルな経験やキャリアを積みながら歩んでいく……というとても古典的な展開の本作。懐かしさを誘いはするものの決して古びてはいないのです。珠玉の文学作品を読み進むような感覚で見ていくうちに、誰しもエイリシュの青春期を見守りたくなるはず(うっとりするような美しい色調とともに)。

なぜなら、何者でもなかった少女が、最初はおどおどしながらも自力で世界を切り開き、選択を迫られれば、逡巡しながらもひとつひとつ真摯な決断に変えて成長していく姿に共感してしまうから。彼女が決断を迫られる最大の選択は、“大変だろうけれど楽しくもありそうな未来を感じさせるイタリア移民の婚約者(簡易結婚したから夫?)”と、“穏やかな日々を約束してくれそうな故郷の裕福な幼なじみ”という二人の男性なのですが、さてどうなりますことやら……。

『ブルックリン』
『ブルックリン』
© 2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

誰だって小さな選択と決断を繰り返して生きていますが、選択肢を持てるという自由には責任(自分に対しても人に対しても)もまたついてくるわけです。だからこそ、人はそこで成長する。そんなことを再確認しつつ応援したくなるのです。そこに説得力を持たせた最大の功労者は、シアーシャ・ローナン。可憐さと慎ましさの奥に芯の強さを漂わせた演技には脱帽です。脚本も、演出も素晴らしいんですけれどね。シアーシャが「出演以前から好きだった」という原作も映画鑑賞後にぜひ。

雑草でガーデニングして世界一に!?
ケルトの神秘に触れてみたくなる、『フラワーショウ!』

『フラワーショウ!』
『フラワーショウ!』
© 2014 Crow’s Nest Productions

アイルランドの豊かな自然に囲まれて育った(とはいえ無名で無職の)メアリー(エマ・グリーンウェル)が、100年以上の歴史を誇る権威あるチェルシー・フラワーショーでいきなり金メダルを目指す。その奮闘っぷりを描いたのが本作です。今や世界的なランドスケープ・デザイナーとなったメアリー・レイノルズの実話に基づいていて、チャールズ皇太子がライバルだった! というエピソードなども本当の話。

『フラワーショウ!』
『フラワーショウ!』
© 2014 Crow’s Nest Productions

ケルト文化に包まれるようにして育ったメアリーにとって、ありのままの自然と共生できる庭を作ることこそが目標。ケルトなストーンサークルの周りには、アイルランドでは5月に白い花を咲かせる “魔法の木”として深く愛されているサンザシと野に咲く雑草だけ! という斬新さで挑戦します。で、ストーリーは庭の中だけに止まらず。なんとエチオピアの緑化活動にも関わることになった彼女、その自然観はケルトから地球規模へと広がっていくという…… むしろ“Dare to be Wild(あえて野生へ)”という原題にこそうなずかされる作品に仕上がっています。

そうそう。最初はもっさりと過剰気味だったメアリーのファッションがエチオピアを訪れて以降、アウトドア・エッセンスが程よく入って、洗練されていく様子もオマケで注目。今夏、着こなしの参考になるかもしれません。

80年代、UKロックに憧れたダブリンッ子の“バンドやろうぜ!”
『シング・ストリート 未来へのうた』

『シング・ストリート 未来へのうた』
『シング・ストリート 未来へのうた』
© 2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved

舞台は80年代のアイルランド。大不況で父親が失業してから家庭内はギクシャク。経済的理由で転校した先でも冴えない日々を送っていたコナー少年(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)が、年上の女性に一目惚れして閉塞感から脱出したい! と一念発起。兄の影響でブリティッシュロックに夢中な彼ですから、バンドやろうぜ! って話になります。

『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』を手がけたジョン・カーニー監督ですから音楽センスに間違いがあるわけもなく。垢抜けない高校生がデュラン・デュランの影響を受けて張り切ってる感が絶妙なミュージックビデオのメイキングシーンなんて真骨頂のひとつ。ヘタなんだけれどグッと来る、の塩梅が絶妙(アラフォー世代ならばなお、嬉し恥ずかし懐かしい!)。これからは前しか見ないとギアチェンジしていく若者たち、そこに流れるBGMの選曲にも抜かりありません。

『シング・ストリート 未来へのうた』
『シング・ストリート 未来へのうた』
© 2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved

さらに。音楽的にも精神的にもコナー少年をリードする頼もしい兄でありつつ内側に人知れぬ切なさを背負っているブレンダン(ジャック・レイナー)、あらゆる楽器を軽々と弾くクールなプレイヤーである一方でうさぎを愛してやまない友エイモン(マーク・マッケンナ)など、脇のキャラクターも魅力的という“バンドやろうぜ”系秀作の嬉しいお約束です。

アイルランドの蒼い神話の世界へ
オトナもうっとりなアニメ『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
© Cartoon Saloon, Melusine Productions, The Big Farm, Superprod, Nørlum

最後にご紹介するのはアニメーション作品。ですが、もしかしたら子どもよりも大人が堪能できる作品かもしれません。ジブリ作品がそうであるように。陸では人間として、海ではアザラシとして生きるアイルランドの妖精セルキーを母に持つ兄妹の冒険譚が本作です。最初から優等生というわけではなく妹シアーシャを疎ましくさえ思っていた兄ベン。けれど、さらわれた妹をやはり放ってはおけず……その健気さが深い蒼の情景にとてつもなく映えるわけです。

タイトルにもある“海のうた”は、幻想的な味わいでもう一つの主人公と言っていいかも。原曲も素敵ですが、吹き替え版ではEGO-WRAPPIN’の中納良恵が歌うというのもこれまた興味深いところでしょうか。本上まなみとリリー・フランキーも共演する個性派のタッグです。

アイルランドで撮影された映画には減税措置が適用されるため、国内はもとより海外の作品がロケ撮影されることも少なくないとか。良質な作品が増えていく可能性に期待が高まります。立て続けに公開されるこのタイミング、自分なりの“アイルランドらしさ”を見つけてみるのも楽しいかもしれませんね。

『ブルックリン』

監督:ジョン・クローリー
出演:シアーシャ・ローナン、ドーナル・グリーソン、エモリー・コーエン
配給:20世紀フォックス映画
TOHOシネマズ シャンテほかにて上映中
公式サイト: foxmovies-jp.com/brooklyn-movie/(外部サイト)

『フラワーショウ!』

監督:ヴィヴィアン・デ・コルシィ
出演:エマ・グリーンウェル、トム・ヒューズ
配給:クロックワークス
ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか上映中
公式サイト: flowershow.jp(外部サイト)

『シング・ストリート 未来へのうた』

監督:ジョン・カーニー
出演:フェルディア・ウォルシュ・ピーロ、ルーシー・ボイントン、ジャック・レイナー
配給:ギャガ
ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイント渋谷ほか全国順次ロードショー
公式サイト:gaga.ne.jp/singstreet/(外部サイト)

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』

監督:トム・ムーア
日本語吹替:本上まなみ、中納良恵(EGO-WRAPPIN’)、リリー・フランキー
配給:チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス
8月20日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAにて公開、全国順次ロードショー
公式サイト:songofthesea.jp(外部サイト)