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愛し合う2人にとって、国境などは瑣末な問題。あの人が待っているなら……。そう思えば、友も財産も、名誉も置いて、軽々と海を越えていけるものなのです。そこで今回、「国際的スター・映画監督をものにした日本人」というテーマで、4つのエピソードを紹介していきます。

1:岸恵子×イヴ・シャンビ

「女はね、平気で亡命できるのよ」。自著の中でそう語った女優の岸恵子が、フランスの映画監督イヴ・シャンビと運命的な出会いを果たすのは1956年。日仏合作映画『忘れえぬ慕情』の撮影がきっかけでした。すぐさま2人は恋に落ち、翌1957年、結婚を発表。川端康成原作の映画『雪国』のクランクアップ後、岸はパリに拠点を移し、日本とフランスの二重生活をスタートさせるのです。
結局、結婚生活は18年続いた後に終焉してしまうのですが、松竹の看板女優として約束された将来を捨てて、単身異国の地へ嫁ぎにいくという岸の潔い生き様は、今も多くの人を魅了してやみません。

2:布施明×オリヴィア・ハッセー

オリヴィア・ハッセーは、イギリス出身のハリウッド女優。映画「ロミオとジュリエット」のジュリエット役として世界的に知られています。そんな彼女と布施明の出会いは、1979年。オリヴィアが出演していたカネボウ化粧品のCMソング「君は薔薇より美しい」を布施が作詞、作曲したことがきっかけでした。その後、何度か日本とアメリカでデートを重ねた後、1980年に2人はゴールイン。ハリウッド女優と日本の人気歌手の結婚とあって、国内外で話題を呼びました。
1983年に息子Maxを授かるも、89年には離婚。日本では考えられないような額の養育費を支払うハメになり、そこでもまた世間の注目を浴びました。

3:菊池凜子×スパイク・ジョーンズ(映画監督)

2006年の映画『バベル』で演じた聾唖の女子高生役が高く評価され、アカデミー助演女優賞にもノミネートされた菊池凜子。近年は、2015年1月に俳優の染谷将太との結婚し、今年5月に妊娠を発表したことでも話題を呼びました。
そんな菊池は以前、映画『マルコヴィッチの穴』や『her/世界でひとつの彼女』でも知られる、映画監督スパイク・ジョーンズと交際していました。一時はニューヨークで同居するほど親密だったものの、当時20代で駆け出しの女優だった菊池にとって、40代で経験豊富なジョーンズとの恋愛は「身の丈に合わない恋」だったそうです。あまり長続きせずに別れてしまいました。

4:後藤久美子×ジャン・アレジ

後藤久美子が所属している芸能事務所オスカープロモーションは、毎年、「全日本国民的美少女コンテスト」を開催していることでも有名。このオーディションは、「第二の後藤久美子を探せ」というコンセプトから誕生しました。それほどまでに後藤久美子ことゴクミの登場は、センセーショナルだったのです。
10代から『男はつらいよ』シリーズのマドンナ役を務めたり、実写版『シティーハンター』のヒロイン役としてジャッキーチェンと共演したりと、飛ぶ鳥を落とす勢いだったゴクミ。彼女にスキャンダルが発覚したのは1995年。Fー1レーサーのジャン・アレジとの交際が報じられたのです。当時ゴクミは21歳で、アレジはアラサーの妻子持ち。多くのメディアで「ゴクミは遊ばれているだけだろう」と伝えられたのですが、2人の年齢差、アレジが既婚者という事実を考慮すれば、無理もありません。しかし、96年、ゴクミの直筆で「私たちに待望の赤ちゃんが誕生します。」と書かれたファックスがマスコミ各社へ届き世間は仰天。いわゆる、略奪婚だったわけですが、今も円満な夫婦生活を営んでいるようです。

いかがでしたか? スター同士の国を超えた恋愛模様は、いずれもドラマティック。「まさか、あの俳優があの国際的なスターと!?」そんな意外すぎるビッグカップルの成立に、今後も期待したいものです。

●文 ロックスター小島