文=松本典子/Avanti Press

イングリッド・バーグマン
『イングリッド・バーグマン 〜愛に生きた女優〜』
©Mantaray Film AB. All rights reserved. Photo: The Harry Ransom Center, Austin

先端モードを颯爽と着こなす人気モデルが歴女で仏像好き、みたいな?
既成概念の枠を軽々と飛び越える大女、いえ大女優でした。

イングリッド・バーグマン。はるか昔、ハリウッド黄金期に一世を風靡した名女優をご存知でしょうか? 顔写真を見れば「ああ……」とか、もしかしたら「『カサブランカ』の!」「ヒッチコックの『汚名』の?」と思い当たる方もいらっしゃるかもしれません。クラシカルな、まさに正統派という言葉がふさわしい美貌と確かな演技力で、わかりやすいところでいえばアカデミー賞では7度ノミネートされ、3度の受賞を経験しています。ご紹介するのは、保守的だった1950年代に自分らしい生き方を貫いたイングリッド・バーグマンのドキュメンタリー『イングリッド・バーグマン ~愛に生きた女優~』。

なぜ今、そんな昔のヒトのことを? と思うわけですよね。しかし、本作から見えてくるのは、「イングリッドのライフスタイルって、今を生きる我々に近い部分も多くない?」という事実。もちろん、あちらは大女優ですのでスケール等々いろいろな差異もありますが。……ええ、ありますとも。でもね! 今でこそポピュラーになった“カメラ女子”の大先輩だったり、子どもたちも大好きだけれど仕事も当然のように好き! だったり。自由闊達が服着て歩いてたような彼女の生き方から、我々は何かしら得られるのではないかな? と。

ハリウッドでの絶頂期、「ゆうべはイングリッド・バーグマンが出ていない映画を観たよ」というジョークまであったそう(自叙伝『イングリッド・バーグマン マイ・ストーリー』より)。そんな彼女がある日、大いに感銘を受けた作品が、後にふたりめの夫となるロベルト・ロッセリーニ監督の『無防備都市』です。イタリア映画全盛期の代表作ではありますが、社会問題や苦い現実をテーマにするネオリアリズモ……渋すぎる。先端モードを颯爽と着こなす人気モデルが歴女で仏像好き、みたいな(あ、違う?)? そうそう、本作を見ながら何度も肝に銘じたのは「母とか女優とか……勝手に枠にはめてはダメ。イングリッドは軽く飛び越えるから」ってことです。

今で言うところの“友だち親子”の走り?
こういう子育てもアリなんだ!の事例(注・ゴージャス系)

イングリッド・バーグマン
『イングリッド・バーグマン 〜愛に生きた女優〜』
©Mantaray Film AB. All rights reserved. Photo: Wesleyan Cinema Archives

ロッセリーニ監督との“不倫”スキャンダルでアメリカを追われたイングリッドでしたが、そんなことでダメージを受ける女性ではないってことは本作での「自由でいたい。よりどころは要らない」「10年ごとに人生が変わるの」「私の中には渡り鳥がいるようだ」……といった発言から想像に難くないことでしょう。もちろん、心の奥に凹みや焦りがなかったとは思えません。が、それでも。「母は誰でも望みを叶えるべきと考えていた」という子どもたちの肯定を帯びたコメントひとつからも、彼女がどう生きてきたかが伺い知れるというもので。

イングリッドの子どもたちは、最初の夫との間に生まれたピア、ロッセリーニとの間に生まれたロベルト、イングリッド、イザベラの4人。ピアをアメリカに残してロッセリーニと結婚したり、ロッセリーニと離婚した後は子どもたちだけをローマに残して舞台に励んだり(乳母はいたでしょうけれど)。子育てのスタイルも型破りというか。「子どもたちを守る、躾る」よりも「一緒になって遊ぶ、日常を謳歌する」ことを大切にした女性でした。何をおいても子ども!という考え方ではなかった。というか、「私は多くを望まない。ただ、すべてが欲しいだけ」という衝撃的かつ逆説的かつゴージャス、とはいえ屈託のない正直な気持ちがすべて、な気がします。

幼かった子どもたちが、寂しく思わなかったわけはないでしょう。けれど、彼女が我が道を邁進する姿を前に「冒険心と勇気に溢れた」「とにかくチャーミング」と感じていた子どもたちです。一緒にいるときには飽きもせずカメラを向けてくれる彼女に対して、もっと一緒にいたいとは思いこそすれ、愛情が足りてないとは思わなかったのではないでしょうか。イングリッドと友人との書簡にはお互いの子どものことばかり書いてあったことに驚いた、とイザベラは語っています。「一緒にいるのが楽しい。母親の存在が欲しいのではなく、彼女そのものが好きだった」というピアの発言は少々切なくはあるものの、それもまたひとつの親子の関係性とも思うのです。彼と彼女らが懐かしそうに母を語る姿を前に、人それぞれ、正解はないのだと。

愛する人たちを撮って撮って、撮りまくる。
イングリッドがお茶目なカメラ女子になった理由

イングリッド・バーグマン
『イングリッド・バーグマン 〜愛に生きた女優〜』
©Mantaray Film AB. All rights reserved. Photo: The Harry Ransom Center, Austin

カメラについては、ただ単にカメラ女子だったというだけではなく、感慨深い背景も見え隠れしています。写真家だった父親はいつもカメラを彼女に向けてくれていたとか。レンズを通して父に愛され、父を慕ったという原体験は当然のように彼女にカメラやムービーカメラを持たせ、彼女もまた家族との日常や仕事の合間のひとときなど周囲の人たちの素顔を膨大な記録として残していました。父から受けたレンズ経由の愛情を、図らずも再びレンズを通して皆に放っていたのでしょうか。かのロバート・キャパに惹かれたのもカメラを向けられたことがきっかけだったかも(ロッセリーニの前にキャパとも不倫関係にあった)。舞台から映画の世界へと躊躇なく進んだのも、「カメラの前の方が自由を感じる」からだったと語っています。

本作がイングリッドの実像にグンと迫ることができた理由のひとつには、ビョークマン監督の構成力はもちろんのこと、彼女と家族がとにかくいろいろなものを取っておく人たちだったからというのがあります。日記はもちろん、自分や家族に関するものをことごとく捨てないでおいたそう。加えて、自らもカメラで撮りまくる。人生においては英断を繰り返してきたというのに、思い出の品については断捨離の真逆を行く。クスッと笑ってしまうような素顔に触れた後、改めて『カサブランカ』の横顔を眺めてみると……すごい女優だぜ!と思わずにはいられません。

『イングリッド・バーグマン 〜愛に生きた女優〜』
監督:スティーグ・ビョークマン
ナレーション:アリシア・ヴィキャンデル
出演:ピア・リンドストローム、ロベルト・ロッセリーニ、イングリッド・ロッセリーニ、イザベラ・ロッセリーニ、シガニー・ウィーバー、リヴ・ウルマン
音楽:マイケル・ナイマン
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
8月27日(土)よりBunkamuraル・シネマ他、全国順次ロードショー
公式サイト: ingridbergman.jp