宮沢りえ、肉体でも勝負!『湯を沸かすほどの熱い愛』で監督指示より先に「1週間ちょうだい」

インタビュー

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文=高村尚/Avanti Press

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中野量太監督
撮影=伊藤さゆ

誰しも間違いなく死に向かって生きている。傍若無人に非道な行いをする人も、ノーベル賞を受賞する人も、会社に行くのが嫌で嫌で仕方ない人も、今日が終わると一歩死に近づく。でもそれを意識することもなく、呼吸し、お腹を空かせ、眠くなるのが人生。映画『湯を沸かすほどの熱い愛』はそんな説明できない人生を凝縮してみせる。中野量太監督に話を聞いた。

Q.泣けるのでタオルを持っていけと言われましたが、案の定泣かされてしまいました。

中野 泣かそうとはしてないです。心を動かそうとしただけで。映画が描くのはきれいごとだけじゃないけど、人のありようというか、人と人との関係性でいいなと思うことを恥ずかしがらずに描きたかっただけなんです。ひとつのオリジナリティとしてやったことが届いたんだなと思います。

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『湯を沸かすほどの熱い愛』10月29日新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

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余命2カ月と宣告された母・双葉(宮沢りえ)が、人生の舞台から逃げ気味な家族を再生させようと奮闘する物語。蒸発した銭湯を営む夫(オダギリ ジョー)を連れ戻し、つぶれかけの銭湯「幸の湯」を再開し、いじめに合う娘・安澄(杉咲花)を独り立ちさせる。

「映画の世界に噓なく存在できる人」――彼のキャスティングにはブレがない。本作が“メジャー映画”デビューとなる中野量太監督だが、これまで多くの映画賞を受賞してきた。そんな前作『チチを撮りに』(渡辺真起子、柳英里紗、松原菜野花)も然り。本作では、リアルな親子の空気を纏う宮沢りえ、杉咲花の、何気ないやり取りが秀逸で引き込まれる。

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Q.演技って関係性のなかで引き出されるものなんだなと改めて思いました。撮影中は相手の演技に引っ張られた俳優さん同士が、奇跡を生み出す瞬間を何度も目撃されたんじゃないですか?

中野 めちゃめちゃありました。現場に入った時、余計な心配をせず、俳優が芝居に没頭できる状況にするのが僕の仕事なわけですが、すごかったですね。関係性を作る作業は、僕の場合、撮影に入る前にだいたい終わらせます。

Q.関係性を作る作業とは具体的に?

中野 例えば、撮影した銭湯に行って、御主人に習いながら皆で風呂掃除をしたり、食事会をして家族について話し合ったり、毎日役名でメールを送り合ってもらったり。宮沢さんは直前まで仕事でロンドンに行っていたので、僕は安澄役の(杉咲)花に、芝居の話、関係性の話を徹底的にしました。安澄が妹・鮎子(伊東蒼)とおかあちゃんの間にいる要だからねと。彼女は完璧に僕の思いを理解してくれていたと思います。

Q.具体的にはどんな引っ張り合いがあったんですか?

中野 最初のほうで、いじめられて絵具まみれになった安澄がおかあちゃんを待っているシーンを撮りました。すぐに引っ張り合いが始まって……(笑)。僕が止めに入らなきゃならないくらい二人とも入り込んでいましたね。

中盤のクライマックスとなる、港に停めた車の中で双葉と安澄が話すシーンなんかも、めちゃめちゃ入っていて。あのシーンではそれぞれ切り返しで相手方を映している時の、映されていないそれぞれがまたすごいんです。宮沢さんが言っていました。自分にカメラが向いているカットを撮っている時、「あんな芝居されたら、私はこうするしかない」と。逆に花も「映っていない時におかあちゃんがあんなふうに芝居してくれたから私はできたんだ」って。関係性こそがお芝居だと思っているので、こうなることを望んでやっているわけですが、震えましたね。

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『湯を沸かすほどの熱い愛』10月29日新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

Q.予告編の学校を休もうとする安澄とおかあちゃんのやり取りを見れば想像つきます。監督、演出されながら泣きませんでしたか?

中野 ええ。……いや、ちょろちょろっとですけどね(笑)。スタッフも、カメラマンも泣いてました。池内義浩カメラマンなんかファインダー覗きながらびちょびちょと(笑)。

Q.画(え)もお芝居に引っ張られますよね。

中野 スタッフ全員がお芝居に引っ張られていました。映画制作において、これほど幸せなことはありません。僕、興奮して2回くらい撮らなきゃいけないカットを忘れてるんです。病院でおかあちゃんと安澄が手を握っているシーンとか! ここは、映画の前半で、いじめられた安澄がおかあちゃんに手を握ってもらいながら自転車の二人乗りで帰るシーンのアンサーなんですが、あまりにも良くて、心から「オッケー!」って言って(撮影機材を)ばらしちゃった後、手の寄り(アップ)を撮っていないことに気づいて(笑)。後で見ると(アップの画を入れて)割らなくて正解だったのですが。

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『湯を沸かすほどの熱い愛』10月29日新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

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宮沢りえは、中野監督にとって特別な記憶とともにある女優なのだそう。「いつか言います」とそれについてははぐらかされてしまったが、1973年と生まれた年も同じ。脚本を送り、双葉役をオファーした時、その返事を携えた宮沢と代官山蔦屋書店で待ち合わせた。彼女の第一声は「監督、同い年なのね。ウィキペディアで調べたわ(笑)」だったそう。「僕がどこの誰かまったく分からず、たぶんどんな人か知りたかったんだと思います」と中野監督。

宮沢りえの映画出演は平均一年に1本程度。出演作を大切に選ぶ印象が強い。その宮沢が選んだ映画として『湯を沸かすほどの熱い愛』の注目度はグッとあがった。

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Q.宮沢さんは脚本を読み、「心が沸かされた」と二つ返事でオファーを受けられたそうですが、初対面での会話はどのような内容だったのでしょう?

中野 僕のほうから言おうと思ったら、まず宮沢さんから「私は聖母だったらやりたくない」と切り出されました。聖母的なものを求めるなら違うと。もちろん、僕もそう思っていて、意見が一致したんです。もうひとつ、死にゆく母の役なので、肉体的にも勝負してほしいとお願いしようとしたら、これも宮沢さんから「1週間ちょうだい」と。そういうリアリティは勝負したいタイプなんです、僕は。それができなきゃ俳優じゃないだろうとも思っているし。だから宮沢さんから言ってくれたのは、嬉しかったですね。実際は5日間しか空けられなかったんですけど、そういう思いで臨んでくれた。もともと痩せていたのでまず太ってくださいというところから始めました。その前の舞台に没頭してガリガリだったので、もう少し太ったほうがいいですねと。宮沢さんのなかではそこらへんも明確なプランを持ってやっていたと思います。

Q.双葉のもとに蒸発中の旦那、それを調査した探偵(駿河太郎)、旅の途中で出会う青年(松坂桃李)と3人の男が集まってきます。おかあさんを慕ってという構図ですが、ずっとおかあさんをやって来た双葉の人生にできたつかの間の楽園(ハーレム)という気もしました。

中野 特に桃李くんとのシーンは、絶対エロくしないようにしようと言っていたんです。男と女ではなく、母を感じてほしかったので。でもちょっとはあるのかもしれませんね、桃李くんだし(笑)。

Q.女性観客としてはそっちの解釈のほうがいいかもしれません。私も“赤い車”に乗っちゃおうかなと(笑)。宮沢さんはそのへんの感覚も意識されていたように思います。あのシーンの双葉、すごくきれいです。

中野 なるほどね(笑)。僕がなぜ死を描くのかというと、生を描きたいからなんです。双葉は2カ月間輝いていた。双葉にはきれいでしたよって言いたい。美しい人生でしたねと。僕は、人生は誰かのために生きるものだと思っています。もし僕の映画を特別に思ってくれるとしたら、そこに共鳴してくれたのかもしれません。

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『湯を沸かすほどの熱い愛』10月29日新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C)2016「湯を沸かすほどの熱い愛」製作委員会

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脚本上に細かく置かれた布石がクライマックスに向けてきれいに集約されていくのもこの映画の魅力。だが、とにかく情報量が多くて一度では見切れない。それに映画に出てくる母がおかあちゃんと呼ばれ、遺伝子や銭湯というキーワードも過去作に散見されるミステリアスな中野ワールド。「商業デビュー作なのでこれでもかとやり切りました」という登場人物の細かい裏設定。すべての映画がつながって一つの世界を作り上げるかのようだ。この作品世界については、現在発売中の小説「湯を沸かすほどの熱い愛」(文春文庫)でも確認することができる。そこには閉めようとしている幸の湯に走ってきて、もう一度暖簾を掛けてもらうなんていう双葉と旦那の馴れ初めなんかも描かれているそう。「てことは貸切ですね」と双葉が微笑むところから、二人の関係は始まるのだとか。読んでから見るか? 見てから読むか? 悩ましいところ。

なかの・りょうた 1973年7月27日生まれ、京都府育ち。大学卒業後、日本映画学校に入学。卒業制作の『バンザイ人生まっ赤っ赤。』(00)が日本映画学校今村昌平賞、TAMA NEW WAVEグランプリなどを受賞。卒業後、助監督やテレビディレクターを経て6年ぶりに撮った短編映画『ロケットパンチを君に!』(06)が、ひろしま映像展グランプリ、長岡インディーズムービー コンペティション グランプリ、福井映画祭グランプリ、水戸短編映像祭準グランプリなど7つの賞に輝く。08年には文化庁若手映画作家育成プロジェクトに選出され、35mmフィルムで制作した短編映画『琥珀色のキラキラ』が高い評価を得る。その後、『チチを撮りに』(12)が、第9回SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞、第63回ベルリン国際映画祭正式招待を皮切りに、各国の映画祭に招待され、第3回サハリン国際映画祭グランプリなど国内外で14の賞に輝く。本作が商業映画デビュー作となる、いま日本で最も注目の若手監督の一人。

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)