第二次世界大戦下、嫁ぎ先で家族と共に素直な心で生き抜いた一人の女性・すずを描いたアニメ映画『この世界の片隅に』が、11月12日から公開されます。“のん”に改名した女優の能年玲奈が声優を務め、久しぶりの芸能活動となったことでも話題のこの作品。家族愛や地域で支え合うコミュニティーの温かさを表したような淡いタッチで描かれる片渕須直監督、こうの史代原作のアニメ作品です。

しなやかに戦時下を生きた“すず”

広島市で家族と共に暮らす18歳のすず(のん)は、突然持ち上がった縁談話で、夫となる周作の元へ嫁いで行きます。幼い頃にすずを見初めていたという周作が暮らすのは、広島県内の軍港の街・呉市。周作の家庭は父子共に海軍に勤務、母は足を患っていましたが、穏やかで優しい一家と共にすずの新しい人生がはじまります。

劇中にすずが登場すると、のんのピュアでちょっと勝ち気さが交じる声がとても印象に残り、NHKの朝ドラ「あまちゃん」での大きく潤んだ輝く“アキちゃん”の瞳をつい思い浮かべてしまうほどです。のん本人も絵を描いたり洋服を作ったりするなど創作意欲が高いことで知られていますが、すずも絵を描くのが得意な女の子。忙しい主婦業の合間にちょっとした時間を見つけては絵を描くなど、自分の楽しみも忘れていません。地方で暮らす素朴で素直な女の子でありながら、想像力豊かに絵で表現する力を持っているすずを、のんは自然体で演じられたのではないでしょうか。

配給の食べ物がだんだん少なくなり、苦しくなるはずの食卓も、家族みんなが満足できるようなご飯の炊き方を学んだりするなど、すずは前向きで力強く暮らしを重ねていきます。毎日のように防空壕に隠れ、空爆に怯える辛い状況でも、ご飯を美味しく味わい何気ないことで笑ったりできる小さな家族の暮らし。戦時中に楽しさや嬉しさを感じることで、すずたちは生きていくためのある種の戦いには勝っていたのかもしれません。

いま“大人”が見たい“シンプルな幸せ”とは

生きるために人生の希望を必要最小限まで削ぎ落さなければいけなかった時代。それでも、周りの愛情を素直に受け入れ、共に生きる人たちを信頼することで、すずは誰にも奪うことのできない幸せを確かに手にしています。そんな、すずを通して見る幸せの形は、私達が忘れかけていたものかもしれません。

今作の監督、片渕須直は宮崎駿監督と高畑勲監督のもとで経験を積んだ人物。前作『マイマイ新子と千年の魔法』は、山口の旧家を舞台に子どもたちの田舎町での日常を描き、郷愁にかられた大人の男性も泣かすアニメ映画として、ロングヒットしました。忘れかけていた古き良き日本のシンプルな生き方を思い出させてくれるとの評判が口コミで大きく広まっていったのです。この影響もあり、片渕須直監督の最新作である『この世界の片隅に』は、映画作品のクラウドファンディング企画の中で最高記録となる4000万円近くの支援金が集まりました。観客が心の底から見たいと思う作品はどういうものなのか。映画界にも一石を投じるような作品といえるでしょう。

(文/岩木理恵@HEW)