ナチスの非道を世界中に知らしめた!高血圧のヘビースモーカー“フリッツ・バウアー”を知ってる?

コラム

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『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
フリッツ・バウアーを演じるブルクハルト・クラウスナー
『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』

文=松本典子/Avanti Press

ひさしぶりに、出会えました。なんてチャーミングなんだ! と思える主人公に。映画のタイトルは『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』。この主人公、高血圧が見てとれるぽっちゃり初老のヘビースモーカー、機嫌を損ねたお茶の水博士のような風貌……なのに目が離せないのです。フリッツ・バウアー、ドイツ・ヘッセン州(フランクフルトはこの州の主要都市)の検事長としてナチスによる戦争犯罪を追及し続けた実在の人物。最重要戦犯アイヒマンを追い詰め、のちにはアウシュビッツ裁判の実現によってもナチスの非道を世界中に知らしめることに。ドイツ人が自らの戦争犯罪を裁いたことはドイツの地位回復に大きく役立ったとされ、つまりは現代ドイツの発展にも少なからず寄与した傑物です(アイヒマン逮捕の立役者だったという事実は、なんと彼の死後明かされたのだそうですが!)。

タイトルにあるアイヒマンはご存知の方もいらっしゃることでしょう。数百万のユダヤ人を強制収容所送りにした親衛隊の元中佐アドルフ・アイヒマン。戦後はアルゼンチンにまで高飛びしていた人物です。1950年代後半、当時のドイツは経済復興を最重要課題としておりナチス戦犯を追うことに消極的でした。しかし、ユダヤ人である検事バウアーは、彼を地の果てまでも追いかけて捕まえ、ドイツの法廷できちんと裁きたいと奔走します。

強引にも思えるバウアーの捜査姿勢に、「復讐に燃えているだけでは?」と問う部下アンガーマン。しかし、バウアーは「我々がきちんと過去に向き合うことが、祖国の未来を担う若者たちにとって必要だ」ときっぱり反論する。また、友人でもあるヘッセン州首相に対しては「ナチでありながら政府の要職につく悪人どもを挙げられないならば、私の負けだ」と。原題(“DER STAAT GEGEN FRITZ BAUER”)で示されたような、“(過去と向き合おうとしない)国や人々に対峙するバウアー”が、封印してきた自らの過去とも向き合いながら国家権力や市民たちとの孤高の闘いに挑むのです。戦後の日本にこうした存在がいただろうか……という考えも頭を過ぎります。

日常と捜査、友情とサスペンス。
絶妙なその配置とバランスが主人公にリアルを与える。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
政治週刊誌「デア・シュピーゲル“Der Spiegel”」を手に取るフリッツ・バウアー

だからって無敵の強者の成功譚なんて特に興味ないですよね? ご安心を。実際の彼をどこまで忠実に描いたかは知るよしもない我々ですが、本作のバウアー氏は映画的にすこぶる愛おしい存在ですから。かつて25歳の若さでシュトゥットガルト裁判所最年少の地方判事となった秀才は、いい年をしてワインと睡眠薬を一緒に飲んでお風呂に入るような杜撰さも持ち合わせ(全裸で溺れかけているところを発見させる冒頭シーンの体たらく!)、政治週刊誌「デア・シュピーゲル“Der Spiegel”」を眼光鋭く読み進めながら、洒落たソックスの広告と自らの足元を見比べてしまう健気さ(?)も潜ませていたりします(ちなみにこのソックス、バウアーとアンガーマンがバディ感増す上でのちょっとした小道具にもなってますので気にして観てね)。また、当時は犯罪視されていた同性愛者の判決で迷うアンガーマンに対してバウアーは無骨に、しかし的確な示唆を行うのですが、その独特な表現方法からも彼の性格や思想などが自然と読み取れる気がします。ここ、かつて北欧亡命時代のバウアー自身にも関わる見逃せないエピソードとなっています。

最重要戦犯アイヒマンを追う姿が、そうした日常的エピソードを折り込みながら、説明的なセリフなどに頼ることなく語られる。ドイツを代表する名優ブルクハルト・クラウスナー巧いなあと感心すると同時に、骨太とクールにほんの少しのほっこり、そしてスタイリッシュをパラリとまぶして来る演出と脚本のセンスの良さもなかなかだわと唸らされます。

バウアーという人物を、実は雄弁に物語ってた!?
北欧モダン、バウハウスのデザインやアートたち。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
バウアーの自宅に置かれたバウハウスデザインのチェス!

バウアーがどんな人だったのかをセリフに頼ることなく表現する。その手段として、もう少しだけ。インテリアや絵画などがどう使われているかも観ていて楽しいのが本作です。バウアーの執務室は大理石らしきモダンな意匠の壁が印象的だし、カンディンスキーやポロックなどを彷彿とさせるモダンな抽象絵画がいろいろと飾られています。バウアー失脚を企む元ナチスの高官らが、すでに評価が定まっていた19世紀古典的な風景画を飾っていたのとは対照的です。美術的知識の有無を問わず、そのスタイルの違いは一目瞭然ですから壁にもご注目を。

日曜日、バウアーが自宅でチャイコフスキー交響曲第6番を聴きながら興じるチェスセットがバウハウスデザイン! というのも、多少やり過ぎな気がしつつニヤリとさせられます。機能性や合理性を重んじたモダンデザインの祖とも言えるバウハウスは、写実的な古典主義が大好きだったヒットラーに忌み嫌われ、“退廃芸術”として弾圧された美術様式ですからね。また、書斎のデスクには北欧モダンを代表する作家ポール・ヘニングセンのライトが配されているのも、バウアーがかつてデンマークに亡命していたことだけが理由ではない気がしてきます。皆さんもそれぞれの視点で、バウアーという愛すべき傑物を追ってみてはいかがでしょうか。ぜひ。

『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』
1月7日(土)より渋谷Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町他にて全国ロードショー
監督:ラース・クラウメ
脚本:オリヴィエ・グエズ、ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー、ロナルト・ツェアフェルト、セバスチャン・ブロムベルクほか
配給:クロックワークス
(c)2015 zero one film / TERZ Film

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)