“性”とは心が生きること。孤独な女性の濡れ場が語る「日活ロマンポルノ・リブート」Vol.3 白石和彌監督

インタビュー

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取材・文=大谷隆之/Avanti Press

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『牝猫たち』左から真上さつき、井端珠里、美知枝 (C)2016 日活

日本映画が低迷していた1971~1988年、低予算で約1100本もの成人映画を送り出し、数多くの才能ある監督・脚本家を育てた「日活ロマンポルノ」。そのスピリットを現代に継承しようとする挑戦的企画が「日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」だ。待望の第3弾『牝猫たち』は、都会を生き抜く風俗嬢たちを通じて、現代日本の一断面を切りとった意欲作。『凶悪』(2013年)や『日本で一番悪い奴ら』(2016年)など社会派エンタテインメントの旗手・白石和彌監督が、リリカルで美しい画面作りで新たな境地を示している。

小説でもマンガでもない、映画ならではの瞬間

本作『牝猫たち』は、孤独な魂を抱えながら夜の街をさまよう、3人の女たちの物語だ。舞台は東京、池袋。ネオンライトや看板の灯りが闇にきらめき、さまざまな風俗店がひしめきあう猥雑なエリア。その風景を叙情的にとらえたオープニングの冒頭に、白石監督は「全ての牝猫たちへ」という献辞を掲げた。ここには、かつて日活ロマンポルノを支えた名匠へのトリビュートが凝縮されているという。

「今回のリブート企画に参加させてもらうにあたって、自分はなにか現代性を帯びた話を作りたいという気持ちが、まず最初にありました。で、プロットを練っているときにふと思い出したのが、田中登監督の名作『牝猫たちの夜』(1972年)だったんですね。当時の“トルコ風呂”を舞台に、そこで働く女性たちと訪れる男の生態を描いた作品ですが、僕は二十代からこの映画が大好きで。ストーリーとはまた別の部分で、登場人物のちょっとした感情の揺れがリアルに響いてくる。小説でもマンガでもできない、映画ならではの瞬間がそこには確実に切りとられています。それで『牝猫たちの夜』の設定を、現代のデリバリーヘルスに置き換えたらどうだろうと考えたんです」

寂しげな雰囲気が、キャスティングのポイント

毎夜、デリヘル嬢として男たちと身体を重ね、仕事が終わればネットカフェで眠りにつく雅子(井端珠里)。見ず知らずのベビーシッターに子どもを預けて出勤している、シングルマザーの結依(真上さつき)。夫には内緒で、年老いた顧客と逢瀬を重ねている主婦の里枝(美知枝)。それぞれに異なる背景や事情をもった“牝猫”たちは、おたがいの本名すら知らないが、どこか通じ合っている。キャスティングに際しては「3人の年齢を微妙にずらすことを意識しました」と白石監督。

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たくましい主人公のデリヘル嬢・雅子を演じた井端珠里 『牝猫たち』 (C)2016 日活

「それによって、彼女たちが行く先々で遭遇するエピソードにもより幅を持たせることができるかなと。実際、脚本を書く際には、僕自身がここしばらく気になっていた社会面のニュースや作品用に取材していた事件なんかも、けっこう盛り込んでいます」

主演の井端珠里とは、かつて自身が助監督を務めた若松孝二作品『17歳の風景~少年は何を見たのか』(2005年)の現場ですでに一度出会っていたそうだ。それから約10年が経過した昨年初め、カフカの短編を足立正生監督が映像化した『断食芸人』を観た際に、久しぶりにスクリーンで再会。

「しばらく会わないうちに、いい女優さんになったなと思って。主役のイメージにぴったりだったので、声をかけてオーディションに参加してもらいました。今回の『牝猫たち』では、いろんな背景をあまりくどくど説明したくなかったんです。田中登監督の『牝猫たちの夜』と同じで、女性たちのちょっとした表情から、観る人がいろいろなことを感じとれる映画にしたかった。ですからメインの3人については、濡れ場だけじゃなく平場のお芝居で、きちんと情感を表現できることが基本条件でした。あとはスリムな体型も含め、ちょっと寂しげな雰囲気があることもポイントかな。もちろんここには僕の主観、偏見も多分に入っていますが(笑)」

役者顔負けの「とろサーモン」村田の存在感

メイン・キャラクターの3人を取りまく男たちも、それぞれに魅力的だ。デリヘル「極楽若奥様」の店長には、TEAM NACSの音尾琢真。雅子の常連客で、引きこもりのネットユーザーには郭智博。なかでも異彩を放っているのがお笑い芸人「とろサーモン」の2人で、特にツッコミの村田秀亮は、シングルマザーの結依の相手役として物語内でも重要な役目を果たしている。

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『牝猫たち』地下芸人・谷口役で存在感を示した村田秀亮(とろサーモン) (C)2016 日活

「村田さんとは、僕がNetflixのオリジナルドラマ『火花』を演出させてもらったときに出会ったんです(3、4話)。彼は本当に芝居がよくて。本業は漫才師さんなので、そういうことを言われるのは本意じゃないかもしれないけれど、なにか1つきっかけさえあれば役者として大ブレイクするんじゃないかって。総監督の廣木(隆一)さんともよく話してました。『火花』の打ち上げの際、村田さんが“次は何やるんすか?”って話題を振ってくれたから、この企画について話したんですね。そしたら“出してくださいよぉ。白石さん、どうせ呼んでくれないからなあ”とか拗ねるので、本当に来てもらいました」

劇中で演じているのは、売れない地下芸人の役どころ。テキトーで、調子がよく、ときにゾッとするような薄情さも覗かせる男の刹那的な空気感を、見事に醸し出している。真上さつきとの濡れ場も、堂々と演じてみせた。

「ああいう男って、いるんですよね。『凶悪』(2013年)で言うと、ピエール瀧さんが演じた元組長みたいな存在。とにかく他人に関心がなくて、本質的にはどうなっても構わないと思ってる。個人的には絶対に付き合いたくないタイプです。ただ、そういう人にかぎって、いったん自分の身内やファミリーと認めてしまうと、今度は無条件で守り通そうとしたりする。あの地下芸人とシングルマザーの行く先に、どんな未来が待っているかはわからない。ただ、村田さんが演じたキャラクターが映画にある種の奥行きっていうか、苦みを与えてくれたのは間違いないと思います。あ、ちなみに村田さんご本人はちゃんとバランスの取れた真面目な人ですので、あしからず(笑)」

やさしい揺り籠のような池袋の風景

夜を回遊する“牝猫たち”を捉えた街のショットが美しい。赤、青、黄色……色とりどりの灯りが闇に滲み、寄る辺ない彼女らを優しく包み込んでいるように見える。池袋をロケ地に選んだのは「そこには雑踏が残っている気がしたから」だという。

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『牝猫たち』全編で池袋ロケを敢行。街の灯りを魅力的に撮影 (C)2016 日活

「ロケハンでは新宿や渋谷も歩いてみましたが、撮影NGのエリアがあまりにも多かったのと、個人的に街としての色気を感じられなかったんです。歌舞伎町にしてもセンター街にしても、最近はどこか小ぎれいになってしまって…。主人公の女の子たちが生きていく場所としてはやや冷たすぎる気がした。そのなかで池袋の一角には、種々雑多な人たちが寄せ集まった温かみみたいなものが、残ってるんですね。今の東京はオリンピックに向けて、汚れたもの、猥雑なものをどんどん排除しようとしているけれど、僕自身はそういう場所を一概に否定できない。少なくともこの映画では、池袋の街を、彼女たちにとっての揺り籠みたいに撮りたいと考えていました。あてどなく夜を浮遊する3人を、街の灯りがやさしく包み込んでいるように映れればいいな、と」

行きずりの出会いから見える、現代の断面

行き先も見えないまま、行きずりの男と身体を重ねる3人の“牝猫たち”。そこには将来の展望もなければ、現状の打開策もない。物語のなかで、なにか明るい未来が示されるわけでもない。でも彼女たちは、必ずしも絶望はしていない。経験を生かし、知恵を思いきり働かせて、ストリートワイズに日々を生き抜いている。映画を観ているうちに、漂流するその姿がだんだん、今の日本そのものに思えてきたりもする。

「人間が生きていくうえで、性愛は絶対に欠かせない要素ですよね。『性』という字は、『心』が『生』きると書く。かつて日活ロマンポルノの監督たちは年間何十本もの作品を量産しながら、そこに人が生きていく姿を写し取ろうとしていた気がするんです。だからわざわざ、ロマン(物語)という言葉を頭に付けたんだと思う。演出するにあたって、僕もその気持ちは強く持っていました。今回の映画には、いわゆる濡れ場もたくさん出てきます。でもそれは、あくまで主人公たちの人生の断面。そこから現代という時代がちょっとでも感じてもらえれば、作り手としてはすごく嬉しいですね」

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白石和彌監督 (C)2016 日活

白石和彌監督 1974年、北海道生まれ。95年、中村幻児監督主催の映像塾に参加。以後、若松孝二監督に師事し、フリーの助監督として活動。若松孝二監督『明日なき街角』(97)、『完全なる飼育 赤い殺意』(04)、『17歳の風景~少年は何を見たのか』(05) などの作品へ助監督として参加する一方、行定勲、犬童一心監督などの作品にも参加。初の長編映画監督作品『ロストパラダイス・イン・トーキョー』(10)に続き、長編第2作となるノンフィクションベストセラーを原作とした『凶悪』(13)が、国内の映画賞を席巻。『日本で一番悪い奴ら』(16)がニューヨークアジア映画祭のオープニング作品として上映がされた。又吉直樹原作「火花」のNetflix配信ドラマの監督を務めている(3話、4話担当)。

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記事制作 : Avanti Press(外部サイト)