トランスジェンダー・ヒロインの魅力全開! 巨匠も絶賛“全編iPhone撮影”映画の撮影秘話

インタビュー

  • twitter
  • facebook
  • はてなブログ
  • google+
  • LINEで送る

取材・文=大谷隆之/Avanti Press

8-1.jpg</p>
<p>
ショーン・ベイカー監督
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

全編がiPhone5Sだけで撮影され、その“リアル&ポップ”な感覚で世界中の映画祭を席巻した話題作『タンジェリン』。ロサンゼルスのとびきりワイルドのストリートを舞台に、騒々しくもキュートなトランスジェンダー女性コンビのクリスマス・イヴを追った、ガールズ・ムービーだ。主演2人には、脚本のリサーチを通じて出会った演技未経験者を起用。マシンガンのような会話とスピード感溢れるカメラワークは、フランシス・F・コッポラやギレルモ・デル・トロなどいわゆるメインストリームの巨匠たちからも絶賛されている。スマホという日常ツールは、未来の映画にどんな影響を与えるのか? ショーン・ベイカー監督に撮影のバックストーリーを聞いた。

正統派映画人が、あえてiPhone撮影を選んだ理由

52.jpg
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

本作『タンジェリン』では監督業と編集に加えて、脚本・撮影・プロデュース(共同)もこなしたショーン・ベイカー氏。名門・ニューヨーク大学映画学科で35ミリフィルムによるオーソドックスな撮影術を学び、これまでに4本の長編を発表して、各地の映画祭で高く評価されてきた。そんな米インディペンデント界の俊英が、なぜ3台のiPhone5Sで劇場映画を撮るという挑戦に踏み出したのか? そこには単なる話題性や珍しさを超えた「制作上の理由があった」と監督はいう。

「最大の理由は、やはりバジェット(予算)だね。今回の『タンジェリン』は僕にとって5本目の監督作品で、これまでにやったことのない野心的な企画だった。演技経験のないトランスジェンダーの女性を主役に起用してリアルなドラマ・アンサンブルを作るとか、ロサンゼルスのいろんなエリアで路上撮影を敢行するとか、チャレンジしてみたいことがたくさんあったんだ。ただ、残念ながら製作費がほとんどなくてね(笑)。何とか企画を成立させられないかいろいろ模索した結果、すべてiPhoneで撮影するというアイデアにたどり着いた。そうすれば撮影機材にかかるコストを大幅カットできるし。当時ちょうどiPhone5Sが発売された直後で、映像のクオリティーも飛躍的に向上していたから」

カメラとしての威圧感のなさもメリット

71.jpg
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

実際の撮影では、iPhone本体のレンズに「アナモフィック・アダプター」という特殊な機器を装着。画面の比率を劇場用スコープサイズに変換すると同時に、やわらかいフィルム的な質感も実現している。あらかじめ言われなければ、撮影機材がiPhoneのみと気付かない観客も多いかもしれない。さらにもう一つ。そういったスペック面の充実に加えて、iPhoneのコンパクトさがこの話の舞台となるストリートの速度感やフィーリングと完璧に合致していたことも大きかった、とベイカー監督は振り返る。

「ものものしいハイビジョン・カメラに比べて、iPhoneなら撮りながら身軽に移動できるし。何より、演技者に対して威圧感がないでしょう。今回みたいにファーストタイマー(初心者)がメインの現場では、それって演出的にもメリットが大きいんだよね。これはある批評家に指摘されたことで、僕自身も納得したんだけど……もしロスのストリートを生き抜いている彼女たち自身が“自分たちの物語”を映像にしようと思い立ったとしたら、間違いなく手持ちのスマホを使っていたはずだよね。その意味でも『タンジェリン』は、やっぱりiPhoneで撮られるべき物語だったと思うな」

とびきり魅力的なトランスジェンダー女性のヒロイン

24.jpg
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
アレクサンドラ役のマイヤ・テイラー(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

34.jpg
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲス(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

主人公のシンディとアレクサンドラは、ドラッグや売春が横行するロサンゼルスの一角でたくましく生きているトランスジェンダーの娼婦だ。ある理由で28日間刑務所に入っていたシンディは、服役中に“彼氏”が金髪女と浮気していたと知って激怒。「見つけだしてとっちめてやる!」と息巻くシンディに、歌手志望の親友アレクサンドラが振り回される一部始終が、ストリートの臨場感たっぷりに描かれていく。

「アレクサンドラを演じてくれたマイヤ(・テイラー)とは脚本開発中にロサンゼルスのLGBTQセンターで出会ったんだ。彼女は実際ストリートの人生経験が豊富で、舞台となるエリアにまつわるいろんなエピソードを僕に教えてくれた。そこから映画のイメージを膨らませていったんだ。シンディ役のキキ(キタナ・キキ・ロドリゲス)はマイヤが紹介してくれた。2人ともすごく個性と才能があって、付き合えば付き合うほど、この映画の主役は彼女たち以外に考えられなくなっていったんだよね」

全米屈指の“犯罪多発エリア”でゲリラ撮影も

42.jpg
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

物語のおもな舞台は、サンタモニカ・ブールバードとハイランド・アベニューの交差点付近。ドラッグのディーラーやセックスワーカーが多く、全米屈指の“犯罪多発エリア”としても知られる。観光気分では足を踏み入れられないディープな一角の空気感を縦横無尽に切り取っているのも、本作の大きな魅力だろう。撮影にあたっては「細心の注意を払ったけれど、それでも予期しないトラブルも少なくなかった(笑)」とベーカー監督。

「忘れられないのは、路線バスのなかでシンディと恋敵の女性が喧嘩をする場面。2人の演技があまりにも真に迫っていたので、運転手さんが警察に通報しちゃったんだ。今回のロケでは、基本すべて事前撮影申請を出してたんだけど、そのシーンはたまたま無許可のゲリラ撮影で。録音エンジニアなどクルーはいたけど、肝心のカメラ機材が見当たらないから、運転手さんもまさか映画の撮影だとは思わなかったらしい。事情がわかった瞬間、スタッフ全員、全力で逃げたよ。12歳のいたずら小僧みたいにバスを飛び出し、スマホで『次のあの角で集合な』って連絡を取り合ったりして(笑)。」

若手にとってスマホは映画作りへの“招待状”

iPhoneの機動性と質感をフルに活用し、スマートフォンでしか描きえないストリートの臨場感を作品へ結実させたベーカー監督。その斬新な手法は、日本の若い世代からも熱い注目を集めている。本作撮影時には「5S」だったiPhoneも、現在は「7」。着々と進化するスマホを用いた映画作りを今後も考えているのか、最後に尋ねてみた。

「それは内容によるよね。最初に話したように、今回『タンジェリン』をiPhoneで撮影したのは、決して目新しさからじゃない。総合的に考えて、この企画にはそれがベストの手法だと判断したからなんだ。実際、僕の次回作(The Florida Project:2017年公開予定)は昔ながらの35ミリフィルムで撮影している。ただ今後、スマホを用いて自らの物語を映像化する若手作家は間違いなく増えると思うな。すでにそういう作品もいくつか出てきてるみたいだしね」

映画館でのスクリーン上映にも耐えうるスペックと手軽さを兼ね備えた、昨今のスマホ。若い映像作家にとってそれは「映像の世界に参入するためのインビテーション(招待状)みたいなもの」だと、ベーカー監督は考えている。

「そんな素敵な招待状が、すでにポケットに入ってるんだもの(笑)。若くて野心のある監督志望者がそれを使わない理由なんて、どこにもないと僕は思うんだ」

49ef72b19c9b2addea8db508ca9b00b7.jpg
『タンジェリン』1月28日渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開
(C)2015 TANGERINE FILMS, LLC ALL RIGHTS RESERVED

ショーン・ベイカー(SEAN BAKER)監督1971年生まれ。アメリカ、ニュージャージー州出身。ニューヨーク大学映画学科卒業後、2000年に『Four Letter Words』で監督デビュー。女優ドリー・ヘミングウェイのデビュー作となった『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(2012年)はSXSW映画祭にて注目を浴び、インディペンデント・スピリット賞(ロバート・アルトマン賞)を受賞。長編第5作目となった本作ではサンダンス国際映画祭、東京国際映画祭など世界中で話題を巻き起こした。今年公開予定の最新作『The Florida Project(原題)』にはウィレム・デフォー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズらが出演している。

poinco_tori

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)