親を重たく感じちゃダメですか?“毒親”を考えるための映画4選

コラム

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毒親とは、医療機関のコンサルタントでグループ・セラピスト、インストラクターも務めるスーザン・フォワードが著書『毒になる親 一生苦しむ子供』の中で問題提起したもの。理不尽に怒りをぶつけてきたり、過干渉だったり、子供にとって呪縛となるような親を指す言葉です。 TBS系「砂の塔~知りすぎた隣人」、NHK「お母さん、娘をやめていいですか?」、日本テレビ系「愛を乞うひと」など、この頃毒親をキーワードとしたドラマが立て続けに放送されており、社会全体で毒親への問題意識が高まっていることを感じさせます。毒親について考えるきっかけになる映画を紹介します。

『ヴィオレッタ』(監督:エヴァ・イオネスコ)

12歳の少女ヴィオレッタ(アナマリア・ヴァルトロメイ)は、芸術家の母親アンナ(イザベル・ユペール)の写真のモデルを務めるが、やがて母親の要求はエスカレートしていく――。監督・脚本を務めるのは、かつて“史上最年少でPLAYBOYに載った少女”と世界中で話題になったエヴァ・イオネスコ。本作はエヴァの実体験をもとにしています。 始めは留守がちな母親とのひと時を楽しんでいたヴィオレッタが、母親の異常さに気づいていく過程がリアル……。娘のヌードを撮影しようとするなんて酷い話ですが、アンナは心の底から「この子の才能は世に広めるべき」と信じており、むしろ親心からの行動ともいえるのです。娘の怒りに対する母親側の認識のズレが怖すぎる!

『普通の人々』(監督:ロバート・レッドフォード)

長男をボート事故で亡くした一家の崩壊を描いたヒューマンドラマ。父親(ドナルド・サザーランド)と母親(メリー・タイラー・ムーア)は、自殺未遂を起こした次男(ティモシー・ハットン)に悩む――。 次男が一見トラブルメイカーのようですが、ガンになっているのは母親! 次男の不安定さの裏には、長男を溺愛していた母親との関係があるということが見えてきます。しっかり者に見える母親は、本当は自己中心的な人物ではないのか? 次男の「言ってもママは変わらない」という諦めの言葉は、毒親に悩む人々がよく口にするものでもあります。きっと母親は弱い人なのでしょう。だからこそ溺愛していた長男の死に向き合えない。その歪みの影響を次男は真正面から受けてしまうわけですが……。

『スプライス』(監督:ヴィンチェンゾ・ナタリ)

科学者の夫婦クライヴ(エイドリアン・ブロディ)とエルサ(サラ・ポーリー)が人間と動物のDNAを配合して“新生命体”を創り出すことに成功する。新生命体はドレン(デルフィーヌ・シャネアック)と名付けられるが、やがて手に負えないモンスターとなっていく――。 SFホラーである本作ですが、家族がテーマといってもいいでしょう。はじめエルサはドレンをまるで実の娘のようにかわいがります。しかし、母に厳しく当たられていたエルサは、結局自分も“娘”を支配しようとするのです。エルサはどこかドレンの自我の芽生えに戸惑っているようにも見えました。たぶん彼女には、ドレンを幼い頃の自分と重ねてかわいがっている部分があったはず。自分と相手の境界がそれほどあいまいな状態だからこそ、ドレンが思い通りにならないことに怒りを覚えるのです。

『葛城事件』(監督:赤堀雅秋)

葛城清(三浦友和)は、2人の息子に恵まれて、理想の家庭を作ったはずだった。しかし、清の思いの強さは、やがて家族を抑圧するようになる。歯車は狂っていき、無職の次男・稔(若葉竜也)が無差別殺傷事件を起こす――。 ひょっとすると、清の何が問題なのかピンとこない人もいるかもしれません。あるべき姿を家族に押し付ける彼の言動は、ともすると“昔気質のカミナリ親父”のようにも見えるのですから。劇中では、和やかな家族団らんのシーンが一度だけあります。しかし、その場に清はいないのでした。鑑賞後、「毒親とは思っていなかったが、自分の父親は清に似ている」という感想を抱く人も多そうです。

さりげない“毒”だからこそ……

十人いれば十人が酷いというような虐待ばかりを“毒”と呼ぶのではありません。微妙な違和感だからこそ、子供たちが「気にする私がおかしいのか?」と悩み続ける場合もあります。上記の映画を見て、「うちの親は違ってよかった」と感謝の念を感じるのか、それとも「うちの親ってやっぱり……」となるのか。あなたは、どっち?

(文/原田美紗@HEW)

記事制作 : HEW

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