残酷過ぎる…本当にあった“惨殺事件”を元にした映画

コラム

  • twitter
  • facebook
  • はてなブログ
  • google+
  • LINEで送る

サブ4-500

(C)2017『愚行録』製作委員会

人気ミステリー作家の貫井徳郎が2006年に発表した「愚行録」。とある住宅地で起こった凄惨な一家四人惨殺事件……、未だ解決されないその事件について、あるライターが関係者たちにインタビューをして回ります。その中でどんどん軋みはじめていく、被害者たちの“理想の家族”像。被害者について語ることで露わになっていく人間の本性。事件を引き起こしたのは我々の無意識の「愚行」だったのでしょうか? そして、犯人は一体誰なのでしょう? インタビューで構成される群像劇であり、映像化困難と言われていたこの小説が、極上のミステリー映画として完成! 2月18日から『愚行録』が公開されます。

さて、この作品で起きる一家四人惨殺事件、犯人が逮捕されないまま一年以上が過ぎ去っているという設定ですが、おそらくモデルになっているのは2000年に起きた「世田谷一家殺害事件」でしょう。今回はこのように作品のインスパイア元となった、実際に起きた“惨殺事件”を紹介していきたいと思います。一部ショッキングな内容を含みますので、苦手な方はご注意ください。

帝銀事件=『帝銀事件 死刑囚』(1964年)、『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年)

「帝銀事件」は、戦後間もない1948年1月26日に起きた大量毒殺銀行強盗事件です。その日15時過ぎ、厚生省の人間を名乗る男が帝国銀行椎名町支店を訪れました。そして「赤痢が発生した」と偽って、その場にいた16人に薬(おそらくは青酸化合物)を飲ませたのです。10人はその場で絶命し、6人はその後救急搬送されましたが、2人が病院で死亡。犯人は現金と小切手を奪って逃走しました。 当初、警察は731部隊の隊員を容疑者として追っていましたが、(一説によると)GHQの横やりによって731部隊の捜査を断念、急転直下逮捕されたのが画家の平沢貞通(1987年に獄中死)でした。これにはかなり疑問点が多く、今に至るも「冤罪ではないか」と言われています。 同年の1月15日には寿産院事件(貰い子の赤ん坊100人以上を虐待死させた事件)の犯人夫婦も逮捕されており、連続する凶悪事件に国民は肝を冷やしたのではないでしょうか。

津山30人殺し=『八つ墓村』(1977年・1996年)、『丑三つの村』(1983年)

太平洋戦争前に岡山県の小さな村で起きた、日本犯罪史上空前絶後の大量殺人事件です。犯人は当時20歳の都井睦雄。肺結核のため徴兵検査に不合格となって村で差別され、さらに関係のあった女性にも拒絶された彼は、どんどん周囲に対する恨みをつのらせていきました。そしてついに1938年(昭和13年)5月21日の未明、凶行に及びます。 日本刀一本と短刀二本、さらに猟銃で武装した彼は自分の祖母の首を刎ねて殺害すると、その後わずか2時間足らずのあいだに老若男女問わず、集落の人間30人を殺害したのです。前日の夕方に電線を切断し、村中を停電状態にした上での計画的な犯行でした。そして犯行を終えた都井は、3kmほど離れた峠で猟銃自殺しました。日本どころか、世界でも稀に見るほどの大量殺人事件として有名です。

赤穂事件=『忠臣蔵』『赤穂浪士』など多数

日本史上でいちばん映画化された事件といえば、間違いなく「忠臣蔵」でしょう。殿中松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかった事に端を発し、浅野内匠頭の切腹、そして浅野家家臣による吉良家への討ち入りへと至った事件です。 ほとんどの作品では吉良が賄賂を要求し、それをはねつけた浅野内匠頭が嫌がらせをされ、ついにはキレて刃傷沙汰に及んだのが原因、という事になっています。 しかし、実はこの浅野内匠頭という人、普段からひどい癇癪持ちだったという記録が残っているのです。実際、いくら我慢がならないからといっても衆人環視の中、大事な儀式の準備中に上役に斬りかかるなど普通では考えられませんよね……。結果的に浅野内匠頭本人は切腹させられました。そして四十七士の討ち入りによって、吉良上野介と吉良家の人間十五人が死亡。さらには四十七士たちも全員切腹ということになったわけですから、なんと死亡者の数は60人超! これほどの死者を出したきっかけとなった浅野内匠頭の行為は、現代の価値観で考えればとんでもない「愚行」と言えるかもしれません。

こうしてみると、凶悪事件というのは連綿と尽きることなく起きているのですね。愚行は続くよ、どこまでも。……そんなフレーズが、思わず思い浮かんでしまいます。

(文/ハーバー南@H14)

記事制作 : H14

関連映画