知られざるアラブ世界を訪れたトム・ハンクス!彼が見せた困り顔の理由は?

コラム

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『王様のためのホログラム』
『王様のためのホログラム』

文=松本典子/Avanti Press

困った顔がとてもチャーミングなトム・ハンクスが戻って来ました。『ハドソン川の奇跡』の機長サリーや『ブリッジ・オブ・スパイ』の弁護士ドノヴァン、『キャプテン・フィリップス』の船長フィリップスのように生命の危機に関わる決断を迫られることはないけれど、いえ、だからこその「ほとほと困ったよ……」と顔に書いてある我らがトム・ハンクスにひさしぶりに会えたようで、ある意味ホッとできちゃうのが『王様のためのホログラム』です。

舞台はサウジアラビア。経済成長著しいアラブ世界のリーダー格と認識しながらも、実際にどのような暮らしがあるのかはよく知らない。そんな国のひとつではないでしょうか。トム・ハンクスが演じる主人公アラン・クレイもどうやら似たような理解度だったようで……という本作。大手自転車メーカーの取締役だった彼は業績不振の責任を問われてクビになり、一発逆転を目論んで転職したIT企業でサウジアラビア第2の都市ジェッダへ赴任。冒頭、(おそらくは『ビッグ』以来!?のラップで、そして夢の中で)家も妻も失ったよと嘆いて見せた後、「なぜこうなった?」「ずっとこうだった!」と自問自答ラップする彼が乗っているのはジェットコースター(笑)。作品としては、すこぶる好調に滑り出します。

とはいえ、何かと勝手がわからないイスラム世界ですから、アラン自身の前途はもちろん多難。砂漠のど真ん中に建設が開始されたばかりの巨大な“国王の経済・貿易新都市(KMET)”に3Dホログラム技術を売り込むという使命を背負って来たわけですが、オフィスとして用意されていたのは巨大なテント。IT企業のオフィスなのにWi-Fi環境もない! さらにサウジアラビア側担当者にも簡単には会えません。アポイントがあるにも関わらず「不在です」という受付美女は、シラーッとデタラメ言っているのか、ウソついてるのか、はたまた本当にそう聞かされているのか、その対応もアラブ的ミステリアス(苦笑)。

新と旧、都市と地方、富裕層と庶民……
コントラストが強すぎてクラクラするアラブの今

『王様のためのホログラム』
アラン役のトム・ハンクス(左)とユセフ役のアレクサンダー・ブラック(右)

アランの心配ごとは、右往左往なビジネスの行方だけではありません。アメリカに残して来た愛娘は学費を払ってやれないために大学を休学しているし、前職での苦い失敗はまだまだ思い出として色褪せなどしない。挙句、自身の背中には原因不明のコブまで見つかって、憂鬱はますます募るばかり。そんな彼に大変だよねと同情しながらも、我々は見慣れないアラブ世界の近代化と非近代化の大きなギャップにも気持ちをそそられるはず。アランとともに、知らない世界を覗き見する楽しさは逃せません。

ドライバーとして雇ったユセフが連れて行く旧市街には昔ながらの風情ある商店が並ぶも、砂漠には突然、立派な現代アラブ建築によるビルディングが聳えたつ。サウジ側のエリート担当者が案内するKMET住居地区のアパートメントも堂々たる造り。欧米仕様のインテリアが周到に施された館内のショールームにはクラシック音楽が流れ、国内では違法の冷たいビールまで用意されている。ところが、まだ建設中のフロアでは労働者たちがたむろして掴み合い、老人は疲れた表情で佇んでもいる……。

どれが、どちらが本当のサウジアラビア? と小さく戸惑うも、当然ながらどれもサウジアラビアなんだろうな、と。アランと次第にバディ感を増していくユセフの「この国ではしたいことがない」という焦燥感や、ユセフをぞんざいに扱うエリート階級なども気になる都会に対して、ユセフが逃げ込む父親の故郷には自然とゆったり向き合うアラブもある。さらには非ムスリムが入ると罰せられる聖地メッカが存在する。サウジアラビアは多様で複雑です。

アメリカ万歳の時代が終わりつつある
という現実も、同時に見え隠れ

『王様のためのホログラム』
サウジアラビアでは珍しい女性医師も登場

毎晩、判で押したように「ようこそジェッダへ」とあいさつしてくる米資本ホテルのフロントや、ユセフの愛車、カーステレオの選曲、建設中のビルに掲げられたスターバックスやケンタッキーフライドチキンの看板といった“サウジアラビアに浸透したアメリカ”ももちろんあります。アラン自身も、初対面ではまず「名前は? 出身は?」と満面の笑顔を見せる典型的なアメリカの営業マンスタイルでもって少しずつ重い扉を開けて行くわけです。しかし、アメリカ万歳の時代は終わりつつあるという現実も、同時に見え隠れする。

ほんまかいな?? と驚く光景の数々に、デフォルメも多少はあるだろうと推しはかりつつリアリティも同じくらい感じてしまうのは、原作者デイヴ・エガーズや監督トム・ティクヴァの対象への絶妙な距離の取り方に拠るところかもしれません。唐突にアニメを絡ませてみたり、アランの妄想と悪夢(?)と現実がときに地続きのようだったり、その不思議な(巧妙ってことでは必ずしもない)味わいがちょっとクセになりそう。余談ですが、よりリアリスティックなサウジにも触れたくなったら、10歳のおてんば娘の奮闘を描いたサウジアラビア映画『少女は自転車にのって』が次なるオススメ。

さて、最後になりましたが、タイトルにもあるホログラム。これがもう、驚くほどあっさりと、ある意味贅沢に我らがベン・ウィショーとともに登場します。かつては全世界に工業製品を売り込んだアメリカが、次に売り込んだのはIT技術(と金融)。その象徴としてのホログラムが、果たしてサウジアラビア国王のお気に召して導入なるか……? あの”困り顔”が最後はどうなるのか、見届けてみてください。

『王様のためのホログラム』
2月10日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほかにて全国ロードショー
監督・脚本:トム・ティクヴァ(『クラウド アトラス』『パフューム ある人殺しの物語』『ラン・ローラ・ラン』)
原作:デイヴ・エガーズ「王様のためのホログラム」(吉田恭子訳、早川書房刊/2016年12月発売)
出演:トム・ハンクス、アレクサンダー・ブラック、サリタ・チョウドリー、ベン・ウィショーほか
配給:ポニーキャニオン
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記事制作 : Avanti Press(外部サイト)