エビ中・松野さんは18歳…若くしてこの世を去った俳優たち

コラム

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2017年2月8日、アイドルグループ「私立恵比寿中学」のメンバー・松野莉奈さんが急逝されました。まだ18歳という若さ……、その突然の訃報はあまりにも悲しく衝撃的でした。過去にブログでは「 目標にしてる芸能人は?」というファンからの質問に対し「A 北川景子さん りなも女優さんもモデルさんも出来る北川さんの様になりたいです 」と、女優への夢も語っていた松野莉奈さん。映画『ジョーカーゲーム 脱出』(2013年)では、当時のメンバー鈴木裕乃とダブル主演も果たしており、映画界でも活躍が期待されていました。松野莉奈さんのように将来を嘱望されながら、若くして旅立ってしまった方は少なくありません。本記事では哀悼の意を込め、20代の若さでこの世を去り、今なお、その活躍が語り継がれている俳優を振り返りたいと思います。

遺作が没後20年目に公開されたスター俳優……リヴァー・フェニックス(享年23歳)

映画『スタンド・バイ・ミー』(1986年)で主人公の親友・クリスを好演するなど、抜群の演技力で一躍脚光を浴びたリヴァー・フェニックス。そのイケメンぶりと確かな実力で、当時のハリウッドを代表する若手スターの筆頭でした。
しかし1993年10月31日、リヴァーは23歳で突如この世を去ります。死因はヘロインとコカインのオーバードーズによる心不全。ヴィーガン(完全菜食主義者)として知られ、反麻薬活動も行なっていただけに、当初はその死に疑問を持つファンも多かったとか。
そんなリヴァーの遺作は『ダーク・ブラッド』。撮影中に亡くなったため、未完成のままお蔵入りになっていましたが、監督が自ら再編集を手掛け残りのシーンを補填。没後20年にあたる2013年に初めて公開され話題になりました。

ハリウッドのジンクスにハマった美少年……ブラッド・レンフロ(享年25歳)

ブラッド・レンフロといえば、エドワード・ファーロング(出世作は『ターミネーター2』)と並び称される、1990年代の美少年俳優。95年公開の『マイフレンド・フォーエバー』で病気の友人を救おうと懸命になる少年を演じ、日本でもアイドル的人気を獲得しました。
一方で、プライベートでは問題が多発。ドラッグ所持や飲酒運転などで何度も逮捕。また、20代に差し掛かる頃からネット上では「美少年だったあの頃の面影はない」と容姿の劣化が騒がれ始め、“大成功した子役は転落する”というジンクスにハマる形になってしまうことに……。
そして、2008年1月15日にヘロインの過剰摂取により急逝。享年25歳。最期の出演作『インフォーマーズ セックスと偽りの日々』(2,008年)では、ビリー・ボブ・ソーントン、キム・ベイシンガーといったビッグネームと共演。後年はインディ系への出演が多かった彼にとって、久々の大作でした。

死後に映画賞を総なめした演技派俳優……ヒース・レジャー(享年28歳)

映画『パトリオット』(2000年)や『ブロークバック・マウンテン』(2005年)で知られるヒース・レジャーが亡くなったのは2008年1月22日、28歳のとき。テリー・ギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡』(2009年)の撮影中に自宅で死亡しているのが発見されました。不眠症のため常用していたという睡眠薬と、他の薬の併用摂取による急性薬物中毒が原因の事故死と公表されています。
主演のヒースが急逝したことで、『Dr.パルナサスの鏡』の完成は危ぶまれましたが、友人のジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウが代役を務め、彼の演技もそのまま使用される形で公開されたことは有名な話です。
また、死後公開となった出演作『ダークナイト』で、ヒースは主要映画賞を総なめにしています。特に、28歳でのアカデミー助演男優賞は史上4番目の若さという快挙でした。

セーラームーン役で人気を博す……神戸みゆき(享年24歳)

神戸みゆきさんは、1999年にアイドルグループ「ゆめっこ☆娘」のメンバーとして芸能活動を始め、2000年にミュージカル「セーラームーン」の主役、月野うさぎ役で人気を博しました。
2003年には『バトル・ロワイアル2-鎮魂歌-』で、最後まで生き残る主要メンバーの一人、筧今日子を熱演。炎に包まれるシーンをスタント無しで挑んだとのことですが、なんと本編ではカット。DVDの未公開映像として収録されることになったことを受け、その喜びを生前のインタビューで語っています。
以降もドラマ「仮面ライダー響鬼」「京都地検の女」のレギュラー役や、映画、舞台などで女優としてのキャリアを着実に重ねていきましが、2007年に体調不良のため、出演予定だったミュージカル「レ・ミゼラブル」を降板。入退院を繰り返し、2008年6月18日に心不全のため、24歳で亡くなりました。

21世紀も輝き続ける名女優……夏目雅子(享年27歳)

1985年9月11日に急性骨髄性白血病のため27歳で亡くなった夏目雅子さん。女優デビューは1976年のテレビドラマ「愛が見えますか…」のヒロイン役。そこから、1985年の舞台「愚かな女」の公演中に緊急入院するまでの、わずか10年という短い期間で数々の代表作を遺しました。
ブレイクのキッカケは、1977年に化粧品のキャンペーンガールを務めた際のテレビCM。同年に映画初出演を果たし、翌78年のドラマ「西遊記」の三蔵法師役で人気を確実なものとします。1982年の映画『鬼龍院花子の生涯』ではヌードも辞さない体当たり演技が話題になり、ブルーリボン賞を獲得。翌83年には『時代屋の女房』『魚影の群れ』など4作品の映画に出演。今後の活躍がますます期待された矢先、彼女を病魔が襲いました。
21世紀に入ってもCMや主演映画のリメイク、または彼女自身を描いた作品が制作されるなど、時代を超えて愛され続けている夏目雅子さん。最期の映画出演作品として知られる『瀬戸内少年野球団』が、2016年に武井咲主演でドラマ化されたのは記憶に新しいところです。

太く短い人生を駆け抜け、鮮烈な輝きを放った俳優たち。彼らの姿は、決して色褪せることなく、その作品とともに永遠に生き続けることでしょう。

(文/三好キスケ@H14)

 

記事制作 : H14