彼女を“刺殺”…実話を基に少年の闇と光を巧みに描いた『牯嶺街少年殺人事件』

コラム

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シャオミン役のリサ・ヤン(左)とシャオスー役のチャン・チェン(右)

文=松本典子/Avanti Press

3月の公開を控え……「いよいよだぞ」と色めき立つ人たちがいます(私も含めて)。台湾、いやアジア、いやいや世界を代表する映画『牯嶺街少年殺人事件』に、かつて遭遇してしまった人たちです。(SMAPがデビューして宮沢りえが写真集「Santa Fe」を放ち、インターネット上でwwwが利用可能になった)1991年に生まれたこの傑作は、大人の諸事情によって初上映以来ずーーーっと、DVD化もされず、映画館での上映もめったになく、観ることが出来なくなっていたのです。その本作が、25年ぶりに4Kレストア・デジタルリマスター版で復活。待ちに待っていたわけですよ!

とはいえ。大抵の皆さんは「“牯嶺街”って、どう読むの?」ってなものだと思います。ええ、仕方ないです。 “クーリンチェ”と読む、台北市内の地名です。1961年にある男子学生がガールフレンドを刺殺した実際の事件がモチーフとなりタイトルに。しかし、丹念に描かれるのは事件自体ではなく、彼らの出会いから突発的な悲劇に至るまでの約1年です。青春、恋愛(初恋?)、友情、家族、文化、社会情勢……これら多岐にわたる要素が絡み合いながら、どのエピソードも放置されることなく回収されて物語が進んでいきます。

1960年代台北の、我々にさえ懐かしさを感じさせる街。木漏れ日が眩しい並木道、ところどころ街灯が届かない路地、暴雨で停電してしまった夜に到るまでの光と闇の見事なコントラストや構図は、ズバリ本作の魅力のひとつです。ときにはスクリーン全体を暗闇で覆うことも恐れない。登場人物の表情も、あえて遠くから曖昧に写してみたりする。「よく見えない……見たい!」という映画体験の原初的喜びを喚起し続ける、その巧みさと言ったら!

しかし、もちろん絵が美しいだけの映画ではありません。これらの光景が、この作品にとって一体どんな意味を持つのか。そこに思い至るとき、エドワード・ヤン監督の才能に私たちは何度でも驚愕してしまうのです(あ、小鼻膨らんでます?)。

社会に不穏が漂うとき、少年少女たちもまた
敏感にその空気を取り込んでしまう

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中学受験に失敗して夜間部に通うことになったシャオスーは、不良グループに属する同級生たちとともにグループ間の抗争に巻き込まれます。一方で、保健室で出会った女学生シャオミンに惹かれ、彼女のオンリーワンになりたいと願うように。ふたりの関係性が主軸となりつつ、その家族や近隣社会の状況もまた彼らを包み込むものとして、丹念かつ叙事詩的に映し出されていきます。

1940~50年代に大陸から追いやられ台湾へと移り住んできたシャオスーの親世代は、本作の背景となる1960年代の台北でも未だ先を見通せず悶々としており、貧富の差や出自、職業による階層化からも逃れられていませんでした。父はシャオスーに「努力すれば未来は変えられる」と諭しはするものの、それはむしろ自分に対する叱咤激励でもあり、この先どうなることやらという表情もまた明らか。こうした不穏は、子どもたちにも忍び寄ります。彼らは無自覚ながらも敏感にその空気を汲み取って、親にならうかのように棲み分けて対立したり、不必要な衝突を起こしたり。果てに、思ってもみなかった悲劇を招いてしまうことになります。どこを切っても絵になるシーンに支えられながら、大人と子どもの境界をさまよう少年たちの心情が周囲の空気ごと描かれていて、一瞬たりとも目が離せません。

そんな中で、少年シャオスーは「君を助けられるのは僕だけ。守ってあげる」と少女シャオミンに告げます。対して、彼女は「私を変えたい? 私はこの世界と同じ、変わるはずがない」と言い放ちます。無垢と諦観、どちらかが正しいという話ではもちろんなくて。裏腹な気持ちや思考は誰でも、幾つになっても心の中に持っているのではないのでしょうか。前述のシャオスーの父親も自己矛盾を抱えていたように、それぞれが何かしらを抱えているのかもしれません。心の中には闇もあれば光もあり、交錯する場所もあります。その現実を、スクリーン上の物理的な闇と光に重ね合わせながら、作品丸ごとで描いてみせたエドワード・ヤン監督。彼の視点は、25年という歳月を経ても色褪せず、深く共感できるものではないでしょうか。

チャン・チェンの輝かしきデビュー作
デジタルリマスターで、彼が照らす闇もより鮮烈に

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主人公シャオスーを演じるのは、今やアジアを代表する映画俳優となったチャン・チェン(そこから興味を持っていただいても何ら問題ございません)。その彼が、学校近くの撮影所に侵入したときに、大きな懐中電灯を持って逃げます。彼の物語はこの窃盗(!)から始まると言っても過言ではありませんから、少し注目しておいてくださいね。肌身離さず持ち歩き、彼はその懐中電灯で様々なものを照らしてみます。

台風で停電となった夜の殴り込みでは、その懐中電灯がシャオスーのみならず映画全体に対して大きな役割を果たします。ちなみに初公開当時、容赦なきこの暗闇の微妙な表情は映画館のスクリーンでなければ再現できないと言われていました。これが、デジタルリマスター処理によって当時以上に表情豊かになっているところも見所のひとつです。そして終盤近く。彼は何かを決心した上でその懐中電灯を手放すのです。

堂々の3時間56分。怯みそうになる長尺ではありますが、「人生の一日を費やすに値する」と称したニューヨーク・タイムズに100%賛同します。

『牯嶺街少年殺人事件』
3月11日(土)より角川シネマ有楽町、3月18日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
監督:エドワード・ヤン
出演:チャン・チェン、リサ・ヤン、ワン・チーザン、クー・ユールン、エレイン・ジン
配給:ビターズ・エンド
(c)1991 Kailidoscope
※上映は、4Kレストア・デジタルリマスター原版から変換した2K上映となります。

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)

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