映画人の訃報に接するのは、やはり映画を愛する者として寂しいことですよね。今年2月にも世界で名を馳せた鬼才、鈴木清順監督の悲報が伝えられました。でも、彼らがこの世を去っても、その作品はこれからも生き続ける。そう思わずにはいられない、今は亡き名監督の作品の劇場公開が続々と予定されています。

8年の時を超え、早世の女性監督の遺作が劇場初公開

3月25日より公開される『タレンタイム~優しい歌』は、マレーシアのヤスミン・アフマド監督が2009年に発表した作品。日本では映画祭や自主上映会でかけられるたびに、新たなファンを生み、長らく劇場公開が待たれていた伝説の映画です。このヤスミン・アフマドは日本と縁が深く、母方の祖母が日本人。2004年に発表した監督第2作の『細い目』が東京国際映画祭最優秀アジア映画賞に輝き、国際的に注目される存在へと飛躍していきました。しかし、『タレンタイム~優しい歌』が本国で公開され、日本人の祖母をモデルにした次回作の準備に取り掛かっていた最中、51歳で急逝。残念ながら、本作が遺作になってしまいました。

『タレンタイム~優しい歌』は、音楽コンクール「タレンタイム(マレーシア英語で学生の芸能コンテストのこと)」が開催されることになったとある高校が舞台。ピアノの上手な女子学生のムルー、耳の聞こえないマヘシュら若者たちの青春と恋が揺れ動く心情とともに描かれています。多民族国家であるマレーシアを背景に、言語も宗派も民族も異なる人々が互いを思いやり理解しあう姿を見つめた物語は、当時よりも「分断」や「壁」、「排除」といった言葉が躍る現在の世界にこそ響く強いメッセージがあるといっていいでしょう。

映画『タレンタイム~優しい歌』は3月25日(土)より公開

生誕70年、没後10年、台湾の巨匠の野心作が4Kで甦る!

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一方、5月6日から公開される『台北ストーリー』は、現在『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』も反響を呼び、今年生誕70周年、没後10年となった台湾のエドワード・ヤン監督の長編映画第2作目。台湾ニューシネマの旗手として世界にその名を轟かす彼が、まだ駆け出しのころ、そのありったけの情熱をぶちこんだ野心作といっていいでしょう。舞台は1980年代半ばの台北。過去に執着する男と、これからの未来に夢を描く女性の愛の行方が、急速に時代が変化していく台北とともに描かれます。特筆すべきはエドワード・ヤンと並ぶ台湾の巨匠、ホウ・シャオシェン監督が主演を務めていること。当時、ホウ監督はすでに『冬冬の夏休み』などを発表して新進気鋭の映画監督として注目を浴びていたとき。そんな名監督の名演に本作は出会うことができます。加えて、ホウ監督は主演のみならず脚本と製作も兼務。なんと製作費を捻出するため、ホウ監督は自宅を抵当に入れたというのも驚きです。ちなみに今回公開されるバージョンは、4Kデジタル修復版で、こちらの監修もホウ・シャオシェン監督が務めています。盟友関係は永遠といったところでしょうか。

映画『台北ストーリー』は5月6日(土)よりユーロスペース他にて全国順次公開

ポーランドの世界的巨匠からのラスト・メッセージ

また、6月10日からは昨年10月に享年90歳で人生の幕を閉じたアンジェイ・ワイダ監督の遺作『残像』が公開されます。1954年に『世代』で長編映画監督デビューを果たした彼は、カンヌ国際映画祭審査員特別賞受賞の『地下水道』、ヴェネチア国際映画祭国際批評家連盟賞受賞の『灰とダイヤモンド』など、数々の名作を残したポーランドが世界に誇る巨匠です。

アンジェイ・ワイダ自身が、第二次世界大戦中に対ドイツ・レジスタンス運動に参加したところからもわかるように、彼の作品に見受けられるは、権力者や暴政に苦しみながらも、それに屈せず立ち向かった人々の物語。その姿勢は遺作でも変わりません。今回、彼が取り上げたのは、ポーランドの画家、ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ。第二次大戦後、ソヴィエト連邦の影響下におかれたポーランドを背景に、スターリンによる全体主義を推し進めようとする政府に真っ向から反発し、芸術家としての名声や地位どころか、日々の生活までままならない窮状に追い込まれながらも自らの信念を曲げない彼の気高き精神が描かれます。主人公の心の叫びや権力への怒りのメッセージが熱をおびて立ち上ってくるような本作は、90歳の高齢を迎えた人間が作ったとは思えないほどパワフル。決して覚めることのなかったワイダ監督の映画への情熱に圧倒されます。ちなみにワイダ監督はポーランドのクラクフに日本美術技術センターを設立するなど、日本の文化や芸術を愛する人でもありました。

映画『残像』は6月10日(土)より岩波ホールほかロードショー

今は亡き名匠たちが遺した映画遺産たち。今回紹介した3作品をきっかけに、あらためて名作の数々に触れみてはいかがでしょうか? 彼らが常に変わらず持ち続けてきたこと、そして時代と共に変化してきた想い……今だからこそ理解・発見できることがあるかもしれません。

文/水上賢治@アドバンスワークス