文=高村尚/Avanti Press

史上5人目の中学生プロ棋士となった高校生・桐山零の成長を描く、羽海野チカのベストセラーコミックの実写映画化『3月のライオン』。9歳のときに家族を事故で失い、自分の居場所を確保するために、父の友人であったプロ棋士・幸田の家に内弟子に入る。が、同様にプロを目指す幸田家の姉弟と激しくぶつかり、家を出る。生きる術は将棋のみと幼いころから棋譜を読み続けてきた零を、天才子役の名を欲しいままにした神木隆之介が演じる。このシンクロニシティは、大友啓史監督が意図的に作り出したものだという。コミックとはまた異なる魅力を持つ本作の秘密と、神木との仕事について、大友監督に聞く。

ファンタスティックな『3月のライオン』を実写化するには

Q.ハードなテーマを描きつつも、絵のタッチやストーリー運び、ギャグの入れ方などファンタスティックな部分も多い漫画原作の実写映画化にあたり、気を配った部分は?

原作を初めて読んだときは、心から感動しました。ですが、漫画ならではのポップでキュートな演出や登場人物たちをそのまま実写にしたら成立しない、と冷静に思いましたね。二次元と実写では、お客さんが望むことも感じることもそもそも違うはず。優しさということの表現ひとつにしても、「人が簡単に優しい気持ちに辿り着けるのであれば、世の中こんなことになってないよな」というシニカルな思考が、そもそも自分の中にあるわけです。「世の中もっと傷ついている人いるよね」「もっとその痛みって鮮烈だよね」と。原作を読んで感じたのは、むしろ原作に書かれてあることを、実写では、より痛みとか厳しさが伝わるようにちゃんと届けなきゃいけない。登場人物たちが感じている痛みや辛さを、しっかり観ている人に伝えたいという思いがありました。

Q.天才に対する相対し方が厳しい昨今。少し前ならある種の才能があれば許されたことにも、今の時代は少しの隙も許さず、攻め込む不寛容さを感じます。この映画の人間関係も同様の不寛容さで成立していると感じる部分がありました。

外から見ると17歳の“天才将棋少年”。でも“天才”って確実に欠けた人で、欠けている分、能力を一つのことに注ぎ込めるわけです。一方、“天才”ではない香子や歩は、思春期になるとゲームや携帯電話を買ってもらえたことを素直に喜んじゃう。でも零には将棋しかできないので、それでは喜べない。彼がどういうきっかけで将棋に向き合っているかという経緯を考えると、本当に将棋しかないんですよね、彼の場合。ある意味、落ちこぼれ。だから小さい頃から「将棋ばか」といじめられてきた。将棋だけやって、ずっと棋譜にしがみついている人間に比べたら、いじめている方が生きていくのには楽ですよね、きっと。周りは天才というけれど、本人にはそんな気はないでしょう。天才と皆が勝手に持ち上げますが、何か失敗したらあっという間に引きずり下ろされる。メディアだけじゃなくて全てがそういう思考。そういう環境に押しつぶされそうになりながら、今の時代、不器用な“天才”たちは必死に闘っているんだと思います。金メダリストとか優秀なアスリートも然り、例外ではありませんよね。若くしてメダルを取り、持ち上げられ、場合によっては勘違いさせられる。普通はメディアも含めて心配するんです、大人がね。あまり持ち上げちゃいけないとか、しっかり練習できるコンディションを邪魔しないようにしよう、とか。節度を持ってしかるべきなのに、今はそういうタガがない。教育と商売すらごっちゃになって、線引きがない。ネットが普及してから急速に拡大した考え方だと思います。批評的な視点を持って生きるのは大変だし、あまりいいことないんですが、何かを作るときに大事なのは批評性なのかもしれません。例えば、映画を作る際も題材に対する批評性や、社会に対する批評性など。でも、それを声高に取り入れたいわけではなく、そういうスタンスで取り組んでいるかどうかということ。どういうスタンスなのかは、スクリーンから立ち現われてくればいいのだと思います。

天才棋士・桐山零とシンクロする俳優・神木隆之介

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研究会で棋譜を並べる神木隆之介(左)、染谷将太(中央)、佐々木蔵之介(右)
『3月のライオン』【前編】大ヒット公開中! 【後編】4月22日(土) 2部作連続全国ロードショー
(C)2017映画「3月のライオン」製作委員会

Q.それらの思いを代弁して演じた神木隆之介さんとの久々のお仕事はいかがでしたか?

神木くんを僕は“フィクションの申し子”と呼んでいます。演じることで成長してきた人。神木くん本人には「大袈裟ですね」って笑われましたけどね(笑)。俳優って演じるうえで覚えることがたくさんありますよね。書道がうまい役なら書道を練習しなきゃいけないし、『ラ・ラ・ランド』の主役の彼もピアノを一生懸命練習して3カ月で弾けることを要求される。ピアノを弾けるようになると、今度は音に対する感性が出てくる。俳優はいろいろな役を演じながらその役の人生を吸収して成長していくんだと思います。神木くんは5歳くらいから演技していた人で、親から「現場に入ったら泣き言は言っちゃいけない」と教えられ、大人の俳優たちと向き合って、埃と砂と汗にまみれながら大人が走り回る現場で生きてきた。でも『るろうに剣心』のときは、撮っても撮っても演じている神木しか見えてこない。役者って演じているうちにその人の地が覗くんですが、なかなかそういう瞬間がなく“どこまでも演じている”。『るろう~』の時は期間も短かったから、神木くんを撮り切っていない気がして、今回キャスティングの希望を聞かれたときに「神木くんとやりたい」と言いました。彼に、零くんとのキャリアの共通性みたいなことを指摘し、ドキュメンタリーを撮るつもりでやるよと伝えました。小さい頃からプロだった神木隆之介と、小さい頃から将棋のプロになることでしか生きる術を持たなかった零のキャリアは間違いなく共通する。本人が意識する、しないにかかわらず、そう導いたほうが面白い結果が出るような気がしたので。結果はまだわかりませんが、手ごたえはあります。そういう意味では、“フィクションの申し子”からもう少し手触りのある神木くんに変わった部分を、今回は見ていただけるかもしれません。

Q. 実際に彼の地と演技の重なりを感じることはありましたか?

身体の奥底にある「何か」を、時にぐっと出さなくてはいけない役。親を亡くして早々に甘える対象を失い、一本立ちを強いられ、生活している。だから零くんの本質は、素直な愛情表現ができないとか、素直に愛情を受け入れられない“不器用”さにある。“孤独”と“不器用”。この辺は飄々としている神木隆之介の中にもあると思っているし、それはうまく重なったような気がします。

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零の通う学校の教師を演じる高橋一生と神木隆之介
『3月のライオン』【前編】大ヒット公開中! 【後編】4月22日(土) 2部作連続全国ロードショー
(C)2017映画「3月のライオン」製作委員会

Q.それを引き出したくてテイクを重ねたこともありましたか?

その辺、彼はスポッと出てくるんですよ。テイクを重ねた部分は、むしろ愛に不器用である零くんの在り方をどの匙加減で出すか、みたいなところですね。例えば初めて川本家に行った後、お重を受け取って橋を渡る。ああいう愛情に触れたことのなかった彼が、どう受け止めていいか分からなくて一人で橋を歩いて戻るシーンなんかは十何テイクもやりました。少しずつ気持ちが変わっていくプロセスを見せる匙加減の難しさ。結局、使ったのはOKテイクじゃなかったような気がします(笑)。

大いなる隅田川、天に昇る山寺

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中央大橋を渡る桐山零こと神木隆之介
『3月のライオン』【前編】大ヒット公開中! 【後編】4月22日(土) 2部作連続全国ロードショー
(C)2017映画「3月のライオン」製作委員会

Q.橋を渡る、移動する、上がるなどの動作にメタファーを感じました。

ベタな表現なんですけどね。将棋は見た目で勝敗を表現しにくい。いわゆるスポーツとは異なり、勝負がどこに向かっているのかわかりづらいマインドスポーツなので、比喩は必要です。4人目の中学生プロとなり、七大タイトルを制覇した天才棋士・宗谷をわかりやすく頂点に置いていますが、彼は将棋だけに集中してそこまで到達したわけではない。宗谷ですらハンディを持ち、何かを背負いながら頂点にいる。そこをどう零くんに感じさせるかがすごく大切だと思った。川本家が心配になって将棋に集中できなくなる。その瞬間に零くんは人として成長するわけです。将棋以外の人生が、将棋を弱くするか、強くするかは自分次第。それがテーマで、原作はそこをうまくやっている。宗谷も何かを背負った瞬間にまた違う強さを身に付けたのかもしれない。山を登って行った頂点にいる人物がそうであるということが、ベタですが大事な気がします。

Q.川がとても印象的です。様々な川を渡りますが、零くんにとってそれはどんな意味を持つのでしょうか?

川にはいろいろな意味がある。隔てるものであり、隔ててしまうものでもある。これもベタになるのであまり意味は持たせたくないんですが、川の向こう側に、孤独であった零の背中を押してくれる人たちがいる。でもそこには自ら意志を持って橋を渡って行かなきゃいけない。簡単に親密にはならない、なれない距離感を表すのに相応しいモチーフだと思います。勇気をふり絞るほどではないけど、そこに彼の「会いたい」という意思が要る。そういう意思がお互いにあること。彼女たちに会いたい、あの家に行きたいと思う意思を彼自身が確認することも、この物語の中ですごく大事な気がします。

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川本家の食卓風景。3姉妹を演じるのは写真左から倉科カナ、新津ちせ、清原果耶
『3月のライオン』【前編】大ヒット公開中! 【後編】4月22日(土) 2部作連続全国ロードショー
(C)2017映画「3月のライオン」製作委員会

「川本家をちゃんと作りあげよう」

Q.川本家は、棋士たちとは対極の存在として描かれています。川本家の演出で心がけたことは?

この原作で一番難しかったのが川本家と宗谷。川本家ってある種のファンタジーじゃないですか。通りかかったキレイなお姉さんが酔っぱらった少年を助けて家に連れ帰ってあげること自体、現実ではまずあり得ない。3人姉妹の住む家に見知らぬ人を家にあげる“あかりさん”ってどういう人なんだろうと。あかりさんは、若い男性読者の思いを汲んだキャラクターではあるけど、実写の着地点としては「ユートピアなんてない」と思っていることを、始めにスタッフに伝えました。「だからちゃんと作りあげようよ、この人たちを」と。なので川本家をセットで作るプランを止めたんです。川本家の姉妹が積み重ねてきた歴史をゼロから作っちゃうとフィクションになってしまう気がしたので。もうちょっと上手に嘘つくためには、既に有る物件の痕跡や歴史を借りる必要があった。川本家はあの家が見つかったからこそ描けたとも言えます。

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神木隆之介と大友啓史監督
『3月のライオン』【前編】大ヒット公開中! 【後編】4月22日(土) 2部作連続全国ロードショー
(C)2017映画「3月のライオン」製作委員会