文=松本典子/Avanti Press

アメリカ合衆国の歴代大統領と言われてまず頭に浮かべるのがジョン・F・ケネディ、という人は決して少なくないでしょう(直近のトランプ氏やオバマ氏を差し置いてでも)。しかし、彼の知名度は、 “ファーストレディと言えば”の枕詞が誰よりも似合うジャッキーこと、ジャクリーン・ケネディが率先して積み上げをはかり、この映画で描かれた数日間に決定づけたに違いありません。彼女、やっぱり “世紀のファッションアイコン”なだけじゃなかったわ、と再確認させられたのが本作『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』です。

このとき、彼女が身につけていたピンク色のスーツ。ダラス到着直後の、深紅のバラの花束を贈られたときの喜びの姿を報道写真などで目にしたことがあるかもしれません。ファーストレディの気品と幸福感に満ちた一着が、しかし、数時間後にはケネディの血で染められてしまいます。血まみれのスーツを着替えるように促す側近に彼女は毅然とこう答えます。「彼らがしたことを見せてやるのよ」。どうです? この冷静さと気の強さ。動揺と混乱の中で自らをどう見せるべきか瞬時に判断したわけで。ジャッキーという人を端的に物語るエピソードのひとつです。

ただならぬ戦略家だった“世紀のファッションアイコン”が
選んだお抱えデザイナー、その理由に納得

そもそも、大衆からどう見られるべきか。どんなファッションに身を包むべきかを、彼女は以前から意識してきた女性でした。シャネル、ジバンシイ、バレンシアガなどが大好きだった彼女は、ケネディが政界で躍進し自らがファーストレディとなる可能性が芽生えたとき、公式の場では海外ブランドではなく国内ブランドを選ばねばならないことももちろん心得ていたといいます。しかし、アメリカのデザイナーのドレスはどれもジャッキーの意に沿わない出来。そこで、ハーパーズ・バザー誌でファッション・エディターを務めていたダイアナ・ヴリーランド(後にヴォーグ誌編集長に就任、つまりアナ・ウインターの大先輩)に、どうしたものかと早くも相談していたのだとか。いやはや周到。

そして起用されたデザイナーが、リタ・ヘイワースやジョーン・クロフォードらハリウッドスターのドレスを手がけてきたオレグ・カッシーニ。映画界において、脚本や演出を考慮しながらヒロインのドレスをデザインしてきた彼は、「(ファーストレディとして)どう見せるべきか、見られるべきか」を意識していたジャッキーにはうってつけの人選だったと言えるでしょう。シャネルはじめフランスのグランメゾンが扱う生地を選んでカッシーニに仕立てさせる、というのがジャッキーのスタイルになりました。

ケネディ暗殺時のピンクのスーツも、そうして仕立てられた一着だそうです。犯人そして全世界に対するアピールとして、血まみれのまま24時間着替えずにいたジャッキー。真紅のバラの花束が鮮血に取って代わられたあの忌まわしきスーツを、さまざまな対応を終えた深夜に誰もいないホワイトハウスの居室でようやく脱ぎ捨てるシーンは心に迫ります。

「キャメロット」に思いを馳せて……
現実と妄想が交錯するホワイトハウスの一夜

ケネディが好きだったミュージカル「キャメロット」の曲を流し、かつてホワイトハウスで開いた演奏会や舞踏会で身につけたドレスやジュエリーを取っ替え引っ替えして、タバコをふかし、ワインを飲みながら、ひとりぼっちの夜を過ごす。その姿は、もはや記憶なのか妄想なのかもあやふやで。明るいメロディと歌詞、きらびやかなドレス、寂しくも美しい空間、そして彼女の空虚が一体となったシークエンスは、本作の白眉と言えるでしょう。ケネディ大統領の時代をアーサー王が治めた華やかな都キャメロットに重ねて追い求め、(彼の業績には見合わないのでは? との意見もあった中で)伝説的で美しい葬列を熱望したのは、夫ケネディのためだったのか、それとも……。

夫を歴史に残る政治家として国民の記憶に留めるべく、ジャッキーはどう立ち居振る舞ったのか。数日後に迫る葬儀がその最後のチャンスになるはずだと確信して、自らの使命を遂行した彼女を、本作は賞賛するでもなく批判するでもなく、ていねいに描いていきます。取材に訪れた記者とジャッキーとの対話、そこから紐解かれる暗殺当日からの数日間、それよりも前のホワイトハウスの回想などが行き来する立体的な脚本(ノア・オッペンハイム、何でアカデミー賞にノミネートされなかった?)や、背景として完璧な役割を果たしている不穏かつエレガントな音楽(ミカ・レヴィ)にも拍手するしかありません。ジャッキーの核心を捉えたようなナタリー・ポートマンの演技はもちろん、ジャッキーの秘書ナンシー・タッカーマンを演じた今最も注目したい女優グレタ・ガーウィグの知性と和みとユーモアを併せ持つ佇まい(立ってるだけでそれらが伝わるのだ)や、神父を演じた故ジョン・ハートの色気を帯びた理知など見逃したくないポイントもたっぷり。何度となく噛み締めたくなる本作……ほろ苦さに満ちた美味、といったところでしょうか。

参考文献:「ハーパーズ バザー」2017年4月号

『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』
3月31日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
配給:キノフィルムズ
(c)2016 Jackie Productions Limited