文=赤尾美香/Avanti Press

20年前。麻薬の取引成功で手に入れた“大金”を、主人公のレントン(ユアン・マクレガー)が持ち逃げしたところで前作は終わった。気のいいスパッド(ユエン・ブレムナー)にだけは分け前を残して……。

ここで質問。彼らが身体を張って手に入れた大金って、いくらだったか覚えているだろうか? 答えは、16,000ポンド。当時のレートで換算すると約272万円。仲間の4人で分けたら、一人頭たった68万円。そう、ヤツらはこの“大金”をめぐって、すったもんだを繰り広げるレベルの男たち。それがヘロイン中毒者たちの日常を鮮烈な映像感覚で描いて大ヒットした前作『トレインスポッティング』、そして20年ぶりの続編である『T2 トレインスポッティング』(以下『T2』)の根底にある現実なのだ。

世界中の若者に支持されたスタイリッシュな映像と音楽の融合

『T2 トレインスポッティング』
4月8日(土)丸の内ピカデリーほかにてロードショー

スコットランドのしけた街に住み、しけた仕事をしたりしなかったりしながら、しけた人生を送るドラッグ常習者や喧嘩ジャンキーの話が、なぜ、あんなにも多くの若者に支持されたのか。若かりし頃の身に覚えのある閉塞感や焦燥感、赤裸々なドラッグ体験描写(反ドラッグを伝えるに十分)、スタイリッシュな映像と並んで、その要因のひとつが音楽であったことは、言うまでもない。

(やり方が正しいかどうかはともかく)なんとかして、鬱屈した状況からはい出そうともがくヤツらの姿を、パルプ、ブラー、エラスティカといった当時のブリット・ポップ勢はもとより、イギー・ポップやルー・リードといったパンクの親分の曲が、あざ笑い、見守り、煽り、檄を飛ばし、祝福した。中でも、昨年日本でリバイバル・ヒットしたアンダーワールドによる「ボーン・スリッピー」(麻薬中毒者の意味)のカッコよさと言ったらなかった。ダニー・ボイル監督は、アンダーワールドのアルバム『ダブノーベースウィズマイヘッドマン』と同作収録の「ボーン・スリッピー」は、『トレインスポッティング』の鼓動だったと語っている。鼓動……まさに!

20年たってももがきつづける“ろくでなし”たち

『T2 トレインスポッティング』
4月8日(土)丸の内ピカデリーほかにてロードショー

そして20年が経った。結婚したり、子どもがいたり、刑務所暮らしだったりと、レントンたち主要キャラクター4人の人生は色々だが、共通しているのは、大抵の事は破綻しており、先が見えないということ。年齢を重ねていくことへの不安や絶望を抱え、その人生が再び交わった時、ろくでなしの麻薬中毒者だったヤツらはどうする、どうなる!? というのが、続編『T2』だ。

前作で全力疾走したのと同じ街角に立ち、20年前の自分を脳裏に蘇らせた時、ヤツらは「もう20代の若者ではないんだ」ということを痛感する。と同時に観ている我々も同じ思いを共有する。その切なさ、やるせなさたるや、どうだ!! レントンが「フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、所詮はみんな中毒者だ」と吐き捨てた時、ドキッとしない人はいないだろう。結局、私たちもまだもがいているのだろうか。

ダメおやじたちに「人生を選べ」と迫るヤング・ファーザーズ

気になる『T2』の音楽は、アンダーワールドのリック・スミスが劇判のスコアを手がけ、ボイル監督と共に選曲にも関与している。前作同様オープニングを飾るイギー・ポップのロックンロール・ナンバー「ラスト・フォー・ライフ」は、プロディジーによるデジロック・リミックスでヴァージョン・アップ。ルー・リードの名曲「パーフェクト・デイ」も前作とは異なるヴァージョンで再登場。アンダーワールドとしては「ボーン・スリッピー」ならぬ「スロー・スリッピー」を提供している。このように前作ファンの記憶を巧みにくすぐりつつ、しっかり2017年のサウンドに仕立てているボイル監督の手腕には感心したが、『T2』において最も注目すべきは、本作の舞台であるスコットランドはエジンバラを拠点にするヤング・ファーザーズの起用だ。

2014年に、英国の権威あるマーキュリー音楽賞を受賞した3人組で、15年には最新作『ホワイト・メン・アー・ブラック・メン・トゥー(白人も黒人である)』を発表した。メンバー3人の出自はバラバラ、鳴らす音楽はジャンル不問のミクスチャー・ポップ&ロック。ノイジーな電子音にラップを絡ませるなど大胆な異種交配を得意とする。人種、国籍、カルチャー、音楽、すべてに通じる折衷感覚を持つ彼らは、折衷で新しい未来への扉を開けようとしているかのようで、非常に今日的な存在とも言える。劇中では計6曲が使用され、中でも「ゲット・アップ」は、前作における「ボーン・スリッピー」の役割を果たしているのだ、とボイル監督は語っている。ヤング・ファーザーズの音楽は、物語が懐古趣味に走ることを許さず、悪あがきを続けるダメおやじたちに「未来を選べ、人生を選べ」と迫るのだ。