文=高村尚/Avanti Press

2003年、ガス・ヴァン・サント監督はコロンバイン高校で起きた無差別銃撃事件を描いた『エレファント』を、2004年、ホラーの巨匠ダリオ・アルジェントの娘アーシア・アルジェント監督は『サラ。いつわりの祈り』という映画を発表した。『エレファント』はカンヌ映画祭でパルムドールと監督賞を受賞。『サラ、いつわりの祈り』もカンヌの監督週間部門で上映され絶賛された。脚本家として、原作者として、この2つの作品にかかわったのが、ポスト・ビートニクと評判になったアメリカの作家J・T・リロイ。母親とその恋人に虐待されながらも、母を愛し、彼女を真似て女装の男娼として幼少期を過ごしたという自伝的小説で話題となった金髪の天才美少年作家だ。

中性的な金髪の天才少年作家J・T・リロイ

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『作家、本当のJ.T.リロイ』4月8日(土)より新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
(c) 2016 A&E Television Networks and RatPac Documentary Films, LLC. All Rights Reserved.

読み進めるたびにヒリヒリと痛みは強くなるのに、その痛みから離れたくないと思わせるゴシックな文章。中性的な容姿に加え、人見知りで滅多に人前に出ないというミステリアスさ。J・T・リロイには、一般の読者のみならず、マドンナ、U2のボノ、トム・ウェイツらも夢中になった。ボノは、コンサートにJ・Tを招待して、彼が過酷な人生を乗り越え、いまを掴んだことを称え、才能あるアーティストが経済社会で消費されてしまわないよう、心構えを伝授した。アーシア・アルジェントは、イタリアでベストセラーだった原作の映画化権を得るために、来伊中のJ・Tに近づき、“一線”を越えた。ほかにもマイケル・ピットが、コートニー・ラブが少年の虜になった。

J・T・リロイがスキャンダルになるまで

「J・T・リロイなる少年は実在しない」――2006年、このスキャンダルをすっぱ抜いたのは「ニューヨークタイムズ」紙だ。J・Tに扮しているのはファッションデザイナーの女性サバンナで、小説の実作者は彼女の兄ジェフの妻である40代子持ちのローラ・アルバートという女性だと。なぜこんなことになったのか? ネット上の多くの記事は、「ローラが自分の小説を売り込むために創り出した」と書いている。だが、J・Tが生み出された経緯はそんなに“単純”ではない。

日本はJ・Tをどう捉えていたか?

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『作家、本当のJ.T.リロイ』4月8日(土)より新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
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2003年、『エレファント』の日本配給を以てスタートした会社は「この作品を配給できることを誇りに思う」と社名をエレファント・ピクチャーとした。2005年、『サラ、いつわりの祈り』公開時に、アーシア・アルジェントとともに来日したJ・T・リロイは、センセーショナルな存在として注目され、朝日新聞、読売新聞など大手新聞が、児童虐待などの時事問題と合わせ、こぞってインタビューを掲載した。のちにJ・Tは虚構であることが露呈するが、それまでは日本でも、人を魅了し、ものごとを動かす存在だった。それはまごうことなき事実。J・Tの小説はそれだけの力を持っていた。

ローラはなぜJ・Tを生み出したか?

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『作家、本当のJ.T.リロイ』4月8日(土)より新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
手術を受ける前のローラ・アルバート(左)と、サバンナの兄で夫だったジェフ
(c) 2016 A&E Television Networks and RatPac Documentary Films, LLC. All Rights Reserved.

この映画は、J・T・リロイ名で小説を執筆したローラ・アルバートの一人語りで展開する。耳目を集める存在になりたかったが、それには自らの太った容姿が許せなかった。なりたい容姿とかけ離れている事実が起こす精神の不安定。夫となるジェフと暮らし始めた頃、自殺防止ホットラインに電話をし、電話口の向こうにいるテレンス・オーウェン医師に、ターミネーターという名の13歳でホームレスの男娼だと名乗る。幼い頃からなりたかった“美少女”を通り越し、彼女は金髪碧眼の美少年になった。ターミネーターは小説を売り込むためのツールなどではなく、ローラがこうありたいと願うアバターだったのだ。アバターにはすぐに肉体が必要となった。オーウェン医師に勧められ“他者との関係”を綴った原稿は、まずその医師をうならせた。そして、その新しい才能に、出版エージェントであるアイラ・シルバーバーグと、彼が担当するゲイやパンク文化をリードする作家デニス・クーパーが飛びついた。架空の他者との関係性を書いた文章は、実在の他者の興味を引き、ジェレミー・ターミネーター・リロイことJ・T・リロイの肉体としてのサバンナを登場させるに至った。

アバターが人格を持ったとき

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『作家、本当のJ.T.リロイ』4月8日(土)より新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
J・T・リロイことサバンナ(左)と痩せて人前に出るようになったローラ・アルバート
(c) 2016 A&E Television Networks and RatPac Documentary Films, LLC. All Rights Reserved.

問題は肉体と頭脳が別人格であるということ。頭脳としてのローラが本当に望むのは、その肉体に自分を搭載して、肉体の体験することを自身も体験することだった。しかし肉体であるJ・Tことサバンナは、カルバン・クラインのファッションアイコンになったり、カンヌ映画祭のレッドカーペットを歩いたりと、ローラが立ち入れないところで羨むべき体験をするようになる。募るフラストレーション。そんなときローラは前糖尿病の治療で胃のバイパス手術を受け、痩せた体型を手に入れる。これこそ彼女が望んでいたもの。人に見せたい体形を手に入れれば、もうアバターは必要ない。

「J・T・リロイは男ではなく存在すらしないようだ」と「ニューヨークタイムズ」にすっぱ抜かれたのもこの頃だ。このことでローラは窮地に立たされたが、喜んだのも事実だろう。ローラはJ・Tという仮面を外し、自分自身になりたがっていたのだから。

当事者たちは事件をどう消化したのか?

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『作家、本当のJ.T.リロイ』4月8日(土)より新宿シネマカリテ、アップリンク渋谷ほか全国順次公開
女優で映画監督のアーシア・アルジェント
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「ものすごく恥ずかしかった。(J・Tは)本物だからかばってと(私はみんなに)言ってきたから。かばってくれた人が間抜けに見える。メディアが彼らをバカ扱いしている。何から謝ればいいのか」。事実が露呈したとき、ローラはこう語った。アバターを表に出したくらいならば罪には問われない。でも公式な契約書にサインをしたり、自身を偽って性行為を行ったとなると話は別だ。J・Tことサバンナと一夜を過ごしたアーシア・アルジェントは事件後、ローラをこう評した。「目立ちたがり屋。しつこくて怪しかった」。ローラはこう反論する。「サバンナのあそこを見たんでしょうに」。

J・T・リロイにかかわった多くは名の知れた人物だ。そんな彼らの通話や、実際に会ったときの場景は、ローラによってテープやビデオで実にマメに記録されており、きっちり保存されていた。この映画がローラの語りに終始しないのはそれらがふんだんに使用されているからだ。その使用を彼ら(および彼らのマネージメントサイド)が許可したことに驚きを感じる。自分の愚かさが露呈しないように画策することより、文化に貢献しようとし、寛容さを保とうとする。事実を明かされたときの恥ずかしさたるや、「どっきりカメラ」の比ではなかったろうに。J・Tの存在は偽りであっても、小説は“本物”であったからだろう。全米作家協会はこの事件におけるJ・T・リロイをペンネームととらえ、ペンネームを使う権利を主張している。

それにしても映画の中でJ・Tに、親愛の情を贈っていたボノや、ウィノナ・ライダー、マドンナ、コートニー・ラブらはいまどう思っているのだろうか。