(C)2016 A24 Distribution, LLC/3月31日(金)TOHOシネマズシャンテ他にて全国公開中

【ブルボンヌの新作批評26】太陽に照らされなかった人たちに贈る私的で詩的な、力強い愛の映画『ムーンライト』

コラム

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『ムーンライト』がアカデミー作品賞に輝いたのは事件でした。もちろん「やっばい、作品賞間違えて発表しちゃった~!」という前代未聞のずっこけハプニングもありましたが、はっきりと性的少数者である主人公を描いた映画がアカデミー作品賞に輝いたことも、史上初の記念すべき出来事だったんです。作品賞へのノミネート自体は、投獄されたゲイと政治活動家の愛を描いた85年の『蜘蛛女のキス』から、多くの人命を救ったコンピュータの父でありながらゲイであったために非業の死を遂げたアラン・チューリングの物語、2014年の『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』まで多くの名作が選ばれてきました。2006年の『ブロークバック・マウンテン』は最多ノミネートされたほど前評判も高かっただけに、作品賞を逃した時の世界のお仲間の落胆ぶりもよく覚えています。

ただしこれは、あくまで私たちのような人の視点での話題。この『ムーンライト』、主人公が同性に恋心を抱いていることも重要な要素ですが、それだけの「ゲイ映画」という括りでもありません。貧困地区の黒人で、大人になってからはヤクの売人になる人物でもあり、根強い偏見のある属性だらけな分、ファミリーやカップルが気軽に観に行くにはちょっとハードルの高い設定ですが、だからこそ「映画の頂点」とされている作品賞に選ばれたことにも多くの意味があります。2年も続いた「白すぎるオスカー」や、多様性を否定するトランプ政権への反動の票も間違いなく入っているでしょう。また、プロデューサー・ブラピ様の「自分はわかりやすい大衆映画で稼ぐけど、バックアップしたいのはインディーズの心ある映画だよ!」という心意気が示すような、見逃されそうな名作にこそスポットライトを当てたいという姿勢も強く感じられる受賞でした。実際、「作品賞」に豪華な大作イメージを期待して出かけた観客にとっては、エンドロールが出た瞬間に「…え?あれ?」と思われそうな、シンプルな作りなんですよね。

派手な事件が起こるわけでもない、社会の陰の中で育つ黒人少年シャロンの半生。一般的な日本の観客には縁のない設定のようで、「他者との違いやいじめに傷付き、内にこもる子供の心」「過酷な生活環境の中で育児放棄をしてしまうシングルマザー」といった、現代社会が抱える共通の問題も見えてきます。そしてその上で、派手なドラァグクイーンがミュージカル仕立てに笑い飛ばすのでも、熱い社会的メッセージを訴え変革の過程を見せるのでもなく、抑えた演出と美しい色彩で、一人の人間の孤独と愛に絞って丁寧に描き切った潔さ。ヒットメーカーが思いつく限りの売れる要素をてんこ盛りにした「元気」な映画を作って大儲けする。それも映画という興行にとってはありがたく必要な作業ですが、可能な限り作り手の想いをそのままに届けた、ある意味「陰気」な箱の中に、人生を変えるようなメッセージが詰まっている というのも、やはり映画の魅力。観ている瞬間ではなく、観終わってから心に落とされた雫が沁み渡ることに気付かされるような作品でした。

驚くほど短い出演時間で助演男優賞をかっさらったマハーシャラ・アリ演じるフアンは、いじめられ逃げてきたリトル(シャロン)を拾う導師ともいうべき存在ですが、彼の言葉は核心を突きすぎて唐突なほど。「オカマって何?」と聞く少年に、迷いながらも「オカマってのは、、、ゲイを不愉快にさせる言葉だ」「僕はオカマ?」「違う。もしゲイでもオカマと呼ばせるな」なんて、社会運動家かと思うくらいにリベラルな回答ができる売人の黒人兄貴ってすごすぎよ…。そこにはキューバ系としてのマイノリティ意識を持っていた彼が、シャロンを自分に重ねた感情も見てとれますが、同時に「生まれた環境は選べないが、どんな世界にも生き抜く手がかりとなる光はある」という普遍的な観客へのメッセージ、希望の象徴としての存在も感じます。また、ナオミ・ハリス演じるヤク中の母も、シャロンの人生の苦悩の一つでありつつ、彼女が伝えた「愛が必要な時に与えなかったから(母である自分を)愛さなくていい。でもあんたを愛してる」という言葉には、理想的なつくりものの母親像にはないリアルな母子の形に「赦し」の感情を揺さぶられました。そして、幼馴染ケヴィンとの、風貌からは想像もつかないピュアな恋愛感情のやり取り。ジュークボックスから流れる音楽とともに数十年ごしのひた向きな想いが溢れ出し、リトルの 頃からその生きづらさを見守ってきた観客の心にも、優しく染み込んでいくのです。

これはどこまでも私的で詩的な、人生の物語。ひと昔前なら、間違いなく単館上映で、いわゆる映画通の人たちだけに愛されたような作品だったでしょう。思いがけずとんでもなく目立つ冠をいただいたために、日本公開も一ヶ月近く前倒しになったり、上映館数が4倍以上になったりしましたが、味わいはあくまで隠れ家レストラン的な丁寧で優しい魅力のまま。これから観る方はぜひ「すごい賞をもらった大作」という色眼鏡を外して、また、一度観て「??」と思った方には二度目の鑑賞もオススメしたい、行間に栄養がたっぷり詰まった、同性云々を超えた「愛」を描いた逸品でした。暗闇の中で静かに、でも確かに輝く月の光に気付くことは、きっとあなた自身を救ってくれると思います。

(文・ブルボンヌ)

記事制作 : ブルボンヌtwitter(外部サイト)

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