文=松本典子/Avanti Press

“メットガラ”とは、米ニューヨークにあるメトロポリタン美術館(MET)の服飾部門によって毎年5月第一月曜日に開催されるファッション界の最高峰的イベント。翌日には同部門による企画展が開幕しますが、2015年は8カ月かけて準備された「鏡の中の中国(CHINA: THROUGH THE LOOKING GLASS)」展が大ヒット。そのガラと展覧会の舞台裏に潜入したドキュメンタリーが『メットガラ ドレスをまとった美術館』です。

本作、近年増えている“美術館ドキュメンタリー”の中でも出色。メットガラに招かれたセレブリティたちや展示されたコスチュームの素晴らしさは眼福の極み、言うまでもなく素晴らしいのですが、「ファッションはアートたりうるか?」という親しみやすくも深淵なテーマを伴走させることで奥行きを増し、よりエキサイティングな内容となっているのです。

アートとしてのファッションを信じ、愛してやまない
米ヴォーグ誌のアナ・ウィンターと服飾部門のアンドリュー・ボルトン

アナ・ウィンター(左)とアンドリュー・ボルトン(右)

主要な登場人物は、ふたり。まずは米ヴォーグ誌の名物編集長であるアナ・ウィンターです。METの理事に就任して以来、彼女は服飾部門に大きく貢献(2014年、同服飾部門の名称がコスチューム・インスティチュートからアナ・ウィンター・コスチューム・センターに改名されるほどに!)。毎年のメットガラを取り仕切り、一夜にして服飾部門の年間運営資金を集めてしまうのは彼女です。世界中が注目したくなる、ゲストが喜んで寄付したくなる(ここ重要)ガラにするための、アナの決断力&遂行力たるや。テーブルセッティングや席順など仔細に至るまでの配慮たるや。ひとかけらの迷いも見せないYESとNOの連発に、我々はスカッとせずにはいられません(苦笑)。

もうひとりは、服飾部門のキュレーターであり「鏡の中の中国」展を企画したアンドリュー・ボルトン。17歳にして「MET服飾部門のキュレーターになる」と決心していた、「ファッションはアートたりうる」を信じてここまで来た人です。アナをして「彼の天才的なひらめきを実現させるのが私たちの仕事」と言わしめ、事実、彼が企画した2011年の企画展「アレキサンダー・マックイーン/野生の美」はその画期的な内容で大きな反響を呼びました。

過去最大のスケールとなるこの「鏡の中の中国」展では、映画監督のウォン・カーウァイを芸術監督に迎え、中国コレクションを借りるべくサンローラン財団を訪れ、ジョン・ガリアーノをはじめとする稀代の作り手たちに会い、各所からのプレッシャーを感じながらもボルトンは企画を進めて行きます。ファッションをアートとしては認めたがらない風潮をいつもながらに認識しつつ、今回はさらに中国に対してのデリケートな配慮も必要。また、共同で企画に携わるアジア美術部門からも「中国美術を単なる背景にならぬよう慎重に」と憂慮の声が。不惑なアナ(少なくともそう見える)と、やや戸惑うアンドリュー。そんな中で設営スケジュールも大幅に遅れて……。

言葉が要らないファッションに魅せられながら
人々の言葉にインスパイアされながら

そんな主役を取り巻く人たちの言葉が、主役たちの奮闘と同じくらいに存在感があるのも本作の見どころです。例えば、「現代の中国についての展示がないのはなぜか? 過去ばかりだ」という主に中国側から発せられる疑問に対して、ウォン・カーウァイはどんな見解を示したか? テーブルについていた誰もが納得した(おそらくは観客も)、その静かで鮮やかな説明はぜひスクリーンで確認してみて。さらには「前へ進むための唯一の方法は、過去を忘れないことだ」というアート、ファッションを超えてすべてを串刺しにする普遍的なメッセージにもハッとさせられます。彼の助言で、アンドリューは何度も助けられたことでしょう。

そのアンドリューの上司(当時の服飾部門主任キュレーター)、ハロルド・コーダも「ファッションはアートたりうるか?」について「服飾部門でも永遠の議論です」と微笑み、「それはデザイナーの意図にもよる。アートを創る意識があるかどうか」と前置きしつつ、ていねいに解説してくれます。なかでも「アメリカ人は“清教徒的な考え方”ゆえに既存の壁を超えるものを見て純粋を疑う」などと宗教を通して読み解く視点は興味深く、さすが主任! と言いたくなります。謹厳実直、白と黒がはっきりしていなければ落ち着かないのが清教徒、従来の定義を揺さぶる“アートの世界へのファッションの来襲”には戸惑いがちだと。

さらに興味深いのが、ジョン・ガリアーノ、ジャン=ポール・ゴルチエ、カール・ラガーフェルド――アナやアンドリューらがアーティストと認めるファッションデザイナーたち――の「ファッションはアートたりうるか?」についての回答。「わからないけれど、素晴らしいものを創り上げたと感じる」「服は政治的、経済的に生きている」「デザイナーが自分をアーティストと言うのは最悪」といずれも迷いなく誇りを持って答えます。アートとは何かと言う定義がそもそも同じとは限らない、とはいえ三者三様。一方で、デザイナーたちのそれは、階級社会であるヨーロッパならではの考え方として共通する部分もある? などとコメントに耳を傾けながら推察するのも面白い。映し出されるドレスの数々にうっとりしながら、アナやアンドリューの考えや熱意にも思いを馳せながら、あなたも考えてみてはいかがでしょう。

『メットガラ ドレスをまとった美術館』
4月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほかにて全国ロードショー!
配給:アルバトロス・フィルム
(c)2016 MB Productions, LLC