(C)2015 Jafar Panahi Productions

国に映画製作を禁じられながらイランの名匠が伝えたかったリアルな生き様とは?『人生タクシー』

コラム

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4月15日より公開される『人生タクシー』は、国に表現活動を禁じられている映画監督によるイラン映画。一種のレジスタンス映画であるにも関わらず、気負わず楽しく、あたかも街角をぶらついているかのような気分で、テヘランの日常の空気をまるごと感じることができます。数々の苦難を乗り越えて作り続けるパナヒ監督が、映像を通して伝えたかったこととは?

どんな権力にも屈しないパナヒ監督

今作を手掛けたジャファル・パナヒは、反体制的な表現を理由に、イラン政府から20年間の“映画製作禁止令”を受けているイラン人映画監督です。海外渡航も、一切のインタビューや執筆も禁じられ、現在も軟禁に近い状態に置かれています。

それにも関わらず、その後も作品は発表され、本作は禁止令を受けて以降、3作目にあたります。その間、2度の逮捕。2度目の逮捕では86日間も拘留されるものの、世界各国の映画祭や映画人を中心とした国際世論の圧力によって保釈されています。そうした状況の中、どれだけ悲壮な覚悟で表現活動をしていることか、と普通は思うでしょう。作品は、そんな私たちの思い込みを小気味良く裏切ってくれます。

何気なさの中にある緻密な演出

作品は、“監督自らタクシーの運転手に扮し、車内に設置したカメラで、乗り降りする乗客たちを撮るドキュメンタリー”というていで描いたフィクションです。

作風は、パナヒの師匠で昨年亡くなったイランの巨匠、アッバス・キアロスタミのスタイルを彷彿とさせ、ドキュメンタリーとフィクションの境界が非常に曖昧な作りになっています。キアロスタミ同様、出演者には、監督の知人や一般人が多く起用されています。

一見、何気なく作られているように見えますが、今のイランのありのままの姿を映し出すべく、緻密に練られた演出や基本的な設定があるのは明らかです。しかし、撮影中に自然発生的に生まれた流れを生かした部分はあるでしょうし、そうした余白が独特の興味深い効果を生んでいます。現実と虚構がちょっと交錯するような感覚も含めて楽しみたい作品です。監督が運転する流しのタクシーに、色んな人が入れ替わり立ち替わり、乗り込んでは降りていく。あらすじは、ただそれだけのことなのに、作品がこんなにもドラマに満ちているのは、驚くべきことです。

ユーモアにあふれ、オフビートなゆるさが心地良いこの作品。いわゆるプロパガンダ的に声高に叫ぶこともなければ、理詰めで正論をたたみかけるということもない。それでいて忖度なく、堂々とありのままの姿を見せていきます。そして、いかに不自由な状況にあっても、知恵とアイデアを絞って、まず映画としてじゅうぶん見るに値するものを作っていくのだという姿勢に、表現者としての矜持があらわれています。

イランの“今”を伝える貴重な資料

映画というもののすごいところは、こうして作られた映画作品が世界に向けて発信されるという事実も含めて、その国の現状を正しく伝えることだと思います。作品の中で、「本当のことを言ってはいけないなんて、馬鹿げてるわよね」と監督の姪であるおしゃまな娘は口をとがらせます。また、タクシーに乗り合わせた客同士が「簡単に人を国家が殺していいはずがない」「いいや、みせしめが犯罪を減らすんだ」と議論しているように、人々は政治に対して比較的自由に意見しているし、検閲はあっても、海賊版DVDはおおっぴらに出回っているようです。

何より、この作品自体がなんとか検閲をかいくぐって国外に持ち出され、ベルリンで金熊賞を獲り、監督は今もイランのどこかで次の映画を作り続けている。 作品の内容のみならず、作品を取り巻くすべてを含めて、本作はイランの人々にとっての命綱なのであり、継続こそ力なのであり、映画一本以上の重みを持ったものだと言えると思います。

単純に愉快な映画ですが、こうした政治的背景を踏まえて、自由に思いを表現できることの尊さも感じてほしい作品です。

(文/谷直美@HEW)

記事制作 : HEW

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