(c)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2017

劇場版第一作から25年。あの頃子どもだった大人へ…『クレヨンしんちゃん』最新作が問いかけるもの

コラム

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映画シリーズが今年25周年を迎える『クレヨンしんちゃん』。その記念作品である第25作『クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ』には、四半世紀の歴史がダテではない見事な着眼点がある。なんと「25年」に引っ掛けて、主人公しんのすけの両親、ひろしとみさえが25歳若返ってしまうのだ!

子供だけで旅することの困難

物語は、野原家の二階に小型宇宙船が墜落したことから始まる。乗っていたのは宇宙人の子供シリリ。命の危険を察すると、シリリの手からはビームが発射され、浴びた者は子供になってしまう。運悪くひろしとみさえはビームに当たり、25歳若返る。元の姿に戻るためには、シリリの父親がいる「ある場所」に行かなくてはいけない。かくして野原一家は、子供だけ(の姿)で日本縦断の旅に出ることになる。

旅の途中で、荷物を盗まれ、ヒッチハイクをすることになった4人と1匹、そして宇宙人。子供たちだけでヒッチハイクすることの大変さを、映画はつぶさに追いかけていく。 シリリが人間たちに見つからないようにしんのすけのシリに隠しながら旅をする。そこから生まれる、しんのすけとシリリの信頼と友情。世界的名作『E.T.』を想像させる、パロディのようなビジュアルもある。だが、本作のポイントは、シリーズが一貫して追いかけている家族のありようだ。

パパもママも身につまされる物語

姿かたちが子供になっても、パパはパパ。ママはママ。親はどんな身体になっても、子供をどうにかして守ろうとする。その様が胸を打つ。 たとえば、みさえの「私だって、それなりに頑張って大人になったんだからね!」という叫び。そこには、大人になるということが身体的成長だけによるものではないという真実があり、では大人って何? という根源的な問いももたらされる。 映画第一作が公開された頃、まだ子供だった観客も、いまやパパやママ世代。我が子を連れてシネコンで『クレヨンしんちゃん』を観る、ということも珍しくはない。そんなファンには、これは間違いなく響く言葉。自分が踏みしめてきた様々な経験を振り返ることにもなる。

あるいは、さらに子供に還ってしまったみさえをひろしが背負う姿。心に追いつかない身体のまま、伴侶をいたわるその様も、人生経験を重ねてきた人ほど、沁みるのではないだろうか。

ひろしがロボットになってしまう2014年の『クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』も家族を新たに捉え直す傑作だったが、この最新作も、大人に「大人の在り方」を投げかける深く豊かな意欲作である。

文/相田冬二@アドバンスワークス

記事制作 : アドバンスワークス