初の訳本が出版されてから65年、日本で世代を超えて愛されつづける『赤毛のアン』。翻訳のバリエーションは数知れず、アニメ、漫画、ミュージカルなど様々な形でリメイクされ、朝ドラの題材にもなりました。他にも、アンの世界を再現した“カナディアン・ワールド”なるテーマパークが北海道に存在したり、プリンス・エドワード島から建材を輸入してまでアンの暮らした家とそっくりな家を建てる人までいたりするそうです。

しかし世界ではその存在を知らない人も多く、原作の舞台となったカナダですら本作に触れたことのない人が大勢いるとのこと。なぜ日本だけが、こんなにも『赤毛のアン』に心惹かれ、本作を求めるのでしょうか。その答えを様々な角度から探り、日本人と『赤毛のアン』との特別な結びつきを分析します。

コンプレックスにも惨めな境遇にもめげない健気な女の子

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『赤毛のアン』5月6日(土)より、新宿バルト9ほか 全国ロードショー 配給: シナジー

『赤毛のアン』は、カナダ人作家L・M・モンゴメリが1908年に発表した長編小説。孤児院暮らしの少女アン・シャーリーが、カスバート家に引き取られてからクィーン学院を卒業するまでを描いたお話です。アンははじめ、その奇想天外な言動で周囲の人々を当惑させますが、様々な出来事の果てに彼らと打ち解け、次第に欠くことのできない存在へと転身していきます。

アンはとても痩せっぽちで、そばかすだらけの女の子。自分の赤毛に劣等感を抱いています。そしてやや悲観主義的なところがあり、自分をとても不幸に感じることも。天真爛漫なイメージのアンですが、本当は私たちと同じように、コンプレックスに悩んだり、惨めな境遇に悲しくなったりするのです。

でも彼女はめげません。想像力の豊かさと楽しいお喋りで苦悩を軽やかに乗り越え、自分なりに工夫しながらネガティブな感情をやっつけていきます。そのたくましさや健気さには、共感したくなるポイントや、人生を楽しく生きるためのヒントがいっぱいです。

村岡花子によるスパイスの効いた魅力的な翻訳

日本語版『赤毛のアン』には様々なバリエーションが存在します。代表的なものを数えても15種類。それだけ日本人がアンを愛してきた証でしょう。

日本で初めて本格的な『赤毛のアン』の翻訳に着手し、本作を日本に普及させた第一人者といえば、NHK朝の連続テレビ小説でも広く認知されるところとなった“村岡花子”。太平洋戦争中の灯火管制で読み書きが困難な状況にあっても、熱心に翻訳を続け、命より大切な“Anne of Green Gables”(『赤毛のアン』の原書)を必死に守り抜きました。この苦労があったからこそ、本作は日本中で世代を超えて愛されつづける物語となったのです。

原作は大変素朴で平坦な英語で綴られています。花子はこれらのシンプルな言葉ひとつひとつにスパイスの効いた魅力的な日本語訳を当てていきました。花子の日本語のセンスと語用へのこだわりが、本作をさらに心ときめく物語へと進化させたとも考えられます。

「あまちゃん」(2013年)を凌いだ「花子とアン」(2014年)の人気ぶり

そんな村岡花子の半生を描いたNHK連続テレビ小説「花子とアン」(2014年)。本作は『赤毛のアン』と、その続編にあたる『アンの青春』および『アンの愛情』を題材としたエピソードを随所に散りばめたという点でも注目されました。

例えば、はなが周囲に「花子」と呼んでほしいと要求する場面は、アンがマリラに対して「“Ann”ではなく“Anne”と呼んでほしい」と訴えるエピソードから着想を得ていたり、はなが蓮子に葡萄酒を呑まされる場面は、アンが親友に葡萄酒を呑ませる場面をあべこべにしたものだったり。これらは日本中の『赤毛のアン』ファンをクスッとさせる粋な演出だったと言えます。

そのような細やかな仕掛けの甲斐もあってか、『花子とアン』(2014年)の人気は絶好調。ビデオリサーチの調べによると、初回から最終回までの期間平均視聴率は22.6%で、大ヒットした「あまちゃん」(2013年)や「ごちそうさん」(2013年)を抜き、朝ドラでは過去10年間で最高の記録となりました。やはり日本人の『赤毛のアン』に対する愛着は、こういう数字にも表れてくるところなのでしょうか。

『赤毛のアン』を普及させた高畑勲&宮崎駿の功績

これほどまで日本人に元気を与え、年齢性別問わず慕われてきた『赤毛のアン』。1979年にフジテレビ系列「世界名作劇場」枠で放映されたアニメ版の本作を観たことがあるという方もいるのではないでしょうか。本作は高畑勲が監督、宮崎駿が作画スタッフとして名を連ねた最後の仕事で、アニメ史における伝説的作品でもありました。

米国版ハフィントン・ポストのリサーチによると、多くの日本人が『赤毛のアン』を知ったきっかけとして挙げたのは、このアニメ版の存在だったと言います。何十年の時を経ても再放送され続け、再編集による映画化やブルーレイ化もされた本作。日本人に『赤毛のアン』の存在を広く知らしめたという点で、大役を果たしたことは間違いないと言えます。

前向きに生きることの大切さを伝え続けるミュージカル版

『赤毛のアン』はミュージカル化もされました。日本での初演は1970年。その後、劇団四季がたびたび再演を重ねています。近年ではエステーが「TOURSミュージカル『赤毛のアン』」と題して、毎年8月に全国公演を主催しており、アン役はこれまでに華原朋美や神田沙也加など才能豊かな女性スターが務めてきました。

米国版ハフィントン・ポストに語ったエステーの鈴木喬会長の話によると、第二次世界大戦によって破壊し尽くされた日本で、1952年に村岡花子訳の『赤毛のアン』が出版されたときは、男性も女性も皆が夢中になって本作を読みふけったそうです。愛を知らずに育ってきた孤児が生きる場所を見つけるために奮闘する姿は、戦後の日本人の心にヒットしたと言います。

あのとき彼らを勇気づけた物語は、65年後の現代を生きる私たちにも同じようにエールを送ってくれます。本公演のホームページに掲載された、「前向きに生きて行く大切さを教えてくれる作品として、赤毛のアンを演じ続けています」とのコメントには、そのような強いメッセージが濃縮されているのかもしれません。

待望の新・実写映画版『赤毛のアン』(2015年)

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『赤毛のアン』5月6日(土)より、新宿バルト9ほか 全国ロードショー 配給: シナジー

そんな不朽の人気を誇る『赤毛のアン』が、母国カナダで新たに実写映画化されました。主人公アン役にキャスティングされたのは、オーディションで選ばれたカナダの新星エラ・バレンタイン。妖精のようなルックスで、愛らしさ満点にアンを演じます。製作総指揮として参加するのは原作者モンゴメリの孫娘ケイト・マクドナルド・バトラー。さらに日本語吹替版でアン役を務めるのは、めざましい活躍ぶりで人気急上昇中の岡田結実。主演のエラと年齢が近く、かつ明るい性格の持ち主であることから抜擢されました。

困難も、苦境も、克服しがたいコンプレックスも、想像の翼を広げて強くたくましく飛び越えてきたアン。その健気で前向きな姿は、終戦まもない日本人たちを励ましたように、私たち現代の日本人にも勇気や希望を与えてくれるはず。

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配給: シナジー

映画『赤毛のアン』は5月6日(土)より、新宿バルト9ほか、日本全国で上映されます。ぜひ劇場へ足を運んでみてはいかがでしょうか。

(桃源ももこ@YOSCA)