“無名女優”水崎綾女、「亡くなった命を無駄にしない」長い下積みも被災経験が背中押す

コラム

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カンヌ国際映画祭常連の日本人映画監督・河瀬直美による最新作『光』(5月27日公開)でヒロイン・美佐子を演じる、女優の水崎綾女。視力を失いつつあるカメラマン(永瀬正敏)との出会いを通して変化していく、映画の音声ガイドという役をオーディションで射止めた。芸能界デビューのきっかけはグラビア。女優として活動を本格化させるも、なかなか芽の出ない下積みが続き、役を与えられたとしても外見重視のセクシー路線も少なくなかった。そんな状況下での大抜擢。阪神淡路大震災での被災経験から「常に自分の居場所を探している」という水崎は、境遇や心境がリンクする作品での抜擢に人生が変わる感覚を得ている。

カンヌ常連女性監督作で起死回生

「内面を深く表すような役柄や作品に挑戦してみたかった。ようやく私という存在を知ってもらえる機会になる」。魅惑的なスタイルを持つグラドルとして2004年にデビュー。女優にシフトした後もそのイメージから脱することがなかなかできなかった。2012年の初主演映画『ユダ』では、体を張った初ヌードばかりが話題先行。セクシー路線オファーも増えていく。「ヌードになることが嫌なわけではないけれど、これまではビジュアル重視でお仕事をいただく機会が多かった」。その評価に葛藤がないといえば嘘になる。「女優としての私はまったく無名」と自虐も出る。だから自分が求める方向性と一致した『光』への起用は起死回生のチャンスだ。

認知症の母親、失った父親に対する慕情。美佐子の境遇は痛いほど自分とリンクした。「美佐子は自分にとっての光となるものを探し求めているけれど、それは私も同じ。小さいときに阪神淡路大震災を経験し、人が家に押しつぶされていく姿を横目に見ながら生きてきたという負い目があります。どうして私は生き残ったのか?その意味って何だろうといつも考えている」と複雑な胸中を明かす。「私の場合は女優という仕事を自分の居場所にしたいという思いが強い。この仕事を通して認められることが、あのとき亡くなった沢山の命を無駄にしないことだと思うから」。スポットライトという“光”が当たる場所に辿り着きたい。その一心で諦めずにここまでやってきた。そして巡り合えた運命的キャラクターがこの美佐子だ。

オーディションで怒れず沈黙10分

世界的に評価される河瀬監督だけに、オーディションには名のある役者が集った。しかし当の水崎といえば、河瀬監督の存在も過去作品もカンヌ国際映画祭についてもまったく知らなかった。ただただ美佐子というキャラクターに惚れ「何が何でもこの役柄を演じてみたい」という切実さしかなかった。河瀬監督と初対面。会話を交わしていく中で、見せかけの演技を捨てることを決めた。「永瀬正敏さんを相手にしたオーディションで河瀬監督から『怒ってみて』と言われたときに、10分くらい黙り込みました。それは自分の中にその感情が生まれなかったから。直感で監督には演技という嘘はつけない、見破られると思った。求められているのは美佐子を生きること。もしそこで指示通りに怒る芝居をしていたら落選していたはず」。

水崎の勘は河瀬監督の演出家としての本質をついていた。撮影開始一週間は水崎だけ台本を渡されず、アドリブが求められた。カメラが回っている最中にセリフが書かれた監督メモが投げ入れられることも。「しかも結構な長セリフ。さらに私に台本が渡っていないことを共演者の方々は知らされておらず、撮影中は役者の皆さんから『なぜこのタイミングで喋るの?』『次のセリフは?』という戸惑いの空気があった」と苦笑い。予定調和を排した斬新すぎる現場だったが「私も負けませんでした」と腹をくくって受けて立った。

自身初のカンヌ国際映画祭コンペ選出

第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出。水崎にとってはカンヌ初上陸作となったが「映画に対しての知識があまりなく、カンヌといわれてもどこか他人事。でもそれによって作品が多くの方々に見てもらえるならば、これ以上の喜びはありません」。舞台がどこであれ重要なのは作品そのものが放つ力。役柄の大小に関わらず、どのように自分という存在を表現し、与えられた役柄を精一杯生きたか。それが女優という仕事であり、自分が生かされた意味でもある。その気持ちは女優デビュー当時から変わらない。“無名女優”水崎綾女の機は、やっと熟した。

(文・石井隼人)

記事制作 : 石井隼人

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