文=まつかわゆま/Avanti Press

クオリティのカンヌ映画祭
でも一番の話題はレッドカーペットのドレス

格式もクオリティも話題性も抜きんでるカンヌ映画祭ではあるが、とはいえ話題となるのはレッドカーペットで繰り広げられる女優たちのドレス戦争である。テロの影響か女優やセレブのカンヌ入りが寂しかった昨年、女優らが抜けた穴を埋めたのはケリング社とも関係が深いスーパーモデルたちと、世界各地域でロレアル・アンバサダーをつとめる様々な国籍・年齢層の女優たちだった。

このロレアル・アンバサダーのアジア代表は現在もっぱら中国の女優たちが務めている。今年はファン・ビンビンが審査員になったのであまり目立たないが、ここ数年、レッドカーペット女王はファン・ビンビンかアイシュワリヤ・ライ。つまり中国vsインドの戦いだった。手の込んだ豪華絢爛なドレスはさすが三大文明発祥の地、はははぁ~とひれ伏したくなるほど見事なものである。

今年は審査員として参加したファン・ビンビン(右から4人目)、
左隣へペドロ・アルモドバル、ウィル・スミスと続く
PHOTOPQR/NICE MATIN/MAXPPP

ただし、カメラマン向き女王は露出度で勝負のベラ・ハディッドら若いスーパーモデルたち。スリットが腰まで切れ込んだドレスや、ほとんど金太郎前掛けのようなはみ出しまくりのドレスで、ちらりぽろりかまわずポーズを取る。彼女たち、映画に出たことも、出る気もなさそうなんだけどなぁとちょっと哀しくなったりもするのだ。

一方、本来の主役である女優には、この数年、肝心の所だけ透けにくくなっているトランスペアレンシーな、もしくはレーシーなドレスが流行で、若手だけではなく、50代にならんとする女優たちもこぞって透け感ドレスをまとい妖艶さを醸し出している。スーパーモデルのスタイルと若さに女優オーラで勝負という感じだ。

しかし、しかし、しかぁぁし。そこに日本女優の入る隙は“ない”。ドレス文化になれていないということもあるが、コスチュームデザイナーである筆者の妹によると「根本的な体型の違いはいかんともしがたい」そうで、それならどうにかしようがありそうなもの……と考えると着物を着ればいいじゃんと、筆者は思う。

実際『無限の住人』で、役柄に合わせて真紅の振り袖をまとった杉咲花は、ちゃんとレッドカーペットの華になった。木村拓哉の言葉によると「カメラマンが離さないんですよ。もう三池も木村もいらない! といわんばかりに花ちゃんばかり撮られていました。それを見ても、日本には日本の良さがあるんだから、もっと意識的に日本らしさを打ち出してもいいんじゃないかと思いましたね」

『無限の住人』で参加した杉咲花
(c)Yuma Matsukawa

ただし、翌日の各デイリー紙に杉咲花の着物姿は載っていなかった……。振り袖ではなく、打ち掛けくらいかまさないとダメなのだろうか。

と憂いていると、ひとりだけいました。目立つ日本女性が。それが、河瀨直美監督である。着物をイメージしてアレンジしたドレスを奈良のデザイナーに作ってもらったとか、やはり着物をアレンジしたブラックドレスを作ってもらったとか、かなりの透け感がある薄衣天女のようなドレスとか、カンヌに作品が出品されるたびユニークなドレス姿で登場。記者の度肝を抜いてきた。

今年は『光』という作品に合わせて、光を反射するシルバーのソフトオーガンジーで作られた、透け感ときらきら感のあるドレスでレッドカーペットを歩いた。TAE ASHIDA(芦田多恵)の作品でこのために光ときらめきをイメージしてアレンジしてもらったドレスだという。照明に照らされて輝き揺らめく様は天女の羽衣はこんな感じかという美しさ。河瀬のベスト・ドレスではないかと筆者は思う。コーディネイトしたアクセサリーは、ブルガリの蛇モチーフのダイアモンドとエメラルドのネックレスとブレスレットにイアリング。監督によれば「うちのおばあちゃんがへび年なのでお守り代わりに」なのだとか(ジュエリーは取材が終わったとたん回収されて厳重に箱詰めされていた)。

『光』左から水崎綾女、藤竜也、河瀨直美監督、永瀬正敏、神野三鈴
(c) Kazuko Wakayama

たしかに河瀨監督の出で立ちは女優より目立つ。というか、河瀨直美作品に関して言えば、監督自身が誰よりもカンヌの作り出した“女性スター”であるのは間違いない。カンヌでは、映画はあくまでも監督のものなのだから。

今年のコンペに選ばれた3人の女性監督

今年19本のコンペ作の中で女性監督は3人。ソフィア・コッポラ監督、リン・ラムゼイ監督、河瀨直美監督といずれもベテランで、カンヌ映画祭常連組だ。といっても一昨年、初カンヌであった新人女性監督アリーチェ・ロルバルケルがグランプリ(審査員特別賞)を受賞したり、昨年のマレン・アデ監督『ありがとう、トニ・エルドマン』のように無冠だったことがかえって話題になるほど人気を博した作品もあったので、カンヌでは女性監督が“不利”というわけではない。ただ、世界を見渡しても男性に比べ、女性監督の人数は圧倒的に少ないのである。それでも必ず女性監督を一定数以上コンペティション部門にノミネートすること、審査員は女性と男性のバランスをほぼ半々にすることなど、映画祭側が女性に対する配慮をしているのはカンヌ映画祭の偉いところ。それでもパルムドールを受賞した女性監督は未だジェーン・カンピオン一人なのである。

もちろん“ジェンダーにかかわらず作品本意で選ばれる”ことは理想であるが、“女性の視点からテーマを洗い直す”ことも大切なので、“女性”であるというポイントを優先させる必要はまだある。今年の作品でいうとまずソフィア・コッポラ監督が、イーストウッド監督・主演の『白い肌の異常な夜』(1971年)と同じ原作を女性の視点で作り直した『The Beguiled』がある。主演のニコール・キッドマンも、「女性監督が少ないからなかなか女性の視点が映画や社会に反映されない」と力説していた。

『The Beguiled』アンガーリー・ライス、コリン・ファレル、ニコール・キッドマン、
ソフィア・コッポラ監督、キルスティン・ダンスト、エル・ファニング、アディスン・リエッケ
Chen Yichen Xinhua News Agency/Newscom/Zeta Image

そういえば今年の3人の女性監督は女性監督についてのスタンスが微妙に違う。コッポラ監督は女性の視点にこだわりガーリーに世界を描くし、リン・ラムゼイ監督はジェンダーとは関係なくバイオレンスやサスペンスを得意としており、河瀬直美監督はいわば“「私」は「女」ですが何か?”と「女」というより「私」優先の作家である。

このようにして、女性映画人をフィーチャーしようとしているカンヌ映画祭だが、3年前、新スポンサーとしてファッションブランド総合企業(化粧品総合企業としてはすでにロレアル社と契約している)ケリング社を迎えたとき、同社の肝入りで新しい賞を創設した。それが「ウーマン・イン・モーション」賞である。女性映画人支援に熱心なサルマ・ハエックが、夫であるケリング社の会長を動かした、とも言われている。この賞は、あらゆる分野における女性映画人を讃え応援する賞で、今年はイザベル・ユペール、ロビン・ライト、ダイアン・クルーガーの3人に贈られた。

カンヌの王道を歩むポスト・河瀨は誰だ!?

今年のカンヌでは、日本映画の新作が5本上映されたがそのうち3本が女性監督の作品である。河瀨監督の『光』、シネフォンダシオン(学生映画部門)の井樫彩監督の『溶ける』、国際批評家週間の平柳敦子監督『Oh Lucy!』だ。カンヌ映画祭の並行部門である批評家週間は、別組織の運営でありメイン会場のリュミエール劇場のレッドカーペットを歩くことはない。ただし平柳監督は新人監督賞カメラドールの対象になっているので授賞式には出席できるはずだ。井樫監督の関係者によると、映画祭からはリュミエールで行われるソワレに出席できるドレスを2着用意するようにと言われたという。シネフォンダシオン部門の候補者による集合写真の撮影などのためにも必要なのだそうだ。そして河瀨監督が、最終日まで主演の永瀬正敏とともにカンヌに残っているのは、授賞式に出席するため。もちろん狙うは女性監督2人目のパルムドールである。

国際批評家週間に『Oh!Lucy』で参加した平柳敦子監督
(c)Yuma Matsukawa

カンヌ映画祭は新しい才能を発掘し育て上げることも一つの使命と考えている。そのためのシネフォンダシオン部門だし、すでに企画を用意している若手のためのブラッシュアップと製作への橋渡しをするル・アトリエというラボラトリー機能もある。前会長のジル・ジャコブは自分の業績として、1978年に新人監督賞カメラドールを作ったことと、1998年にシネフォンダシオンを立ち上げたことを誇りに思っていると引退時に語っていた。つまり河瀨直美監督は、シネフォンダシオン以前の最後の1997年カメラドール受賞者なのである。それ以降新作の劇映画を製作するごとにほぼ毎回カンヌ映画祭に参加し、2007年にはグランプリを受賞。2009年には映画貢献賞である金の馬車賞を授与され、2013年には長編コンペティションの審査員を、2016年には短編とシネフォンダシオン部門の審査員長をつとめている。まさにカンヌで発掘され、育て上げられたカンヌの申し子と言っていい存在だ。

毎年コンペティション部門のノミネート監督を見ると、シネフォンダシオン、短編、ある視点、もしくは監督週間か国際批評家週間を経て、コンペ入りという経歴を持つ人が少なくない。河瀨直美監督が歩んできたのはこの“王道”だ。長編コンペではまだ少ないが、ある視点部門では18人中5人、短編部門は9人中3人、ル・アトリエでは15人中6人、シネフォンダシオンでは16人中7人が女性監督である。彼女たちは“カワセ”の敷いたレールを歩んで行く。その一人として、4年前にシネフォンダシオンの第三席を受賞した卒業制作の短編『Oh Lucy!』を長編化して、今年、国際批評家週間に出品した平柳敦子監督がいる。平柳監督は名実ともに日本の女性監督にとってポスト河瀨のトップランナーと言っていいのではないか(残念ながら批評家週間の賞は逃したが)。そして、カンヌの出発点に立った井樫彩監督(『溶ける』は昨年PFFと河瀨監督が主催するなら国際映画祭で賞をとり、なら国際映画祭の推薦でシネフォンダシオンに入選した)がその後に続く。女性監督にとって1本目はともかく、2本目を作ることが生き残れるかどうかの勝負。多くの女性映画人が言う。平柳監督にも、井樫監督にも、ぜひその壁を打ち破り、ふたたびカンヌへ、コンペティション部門でやってきてほしいものだと筆者は願っている。