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アカデミー賞ボイコットでの話題作がいよいよ公開。息詰まる濃密な心理サスペンス『セールスマン』

コラム

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2017年のアカデミー外国語映画賞を受賞したイランを代表する映画監督、アスガー・ファルハディの新作『セールスマン』が、6月10日より公開されます。トランプ政権による特定7カ国からの入国制限に抗議して、監督と主演女優がアカデミー授賞式をボイコットしたことでも大きなニュースとなった本作。イラン政府による検閲制度でさまざまな制約を受けながらも、立て続けに傑作を世に問うているファルハディ監督の新作は、息詰まるようなサスペンスです。

緻密な人間ドラマがあぶりだす現代イランの姿を通して見えてくるものとは?

急激な近代化がもたらす「ひずみ」が生む悲劇

冒頭、いきなりショッキングなシーンからはじまる本作。隣の敷地で強引に進められている建設工事のせいで、主人公夫妻の暮らす高層アパートが崩壊しそうになり、住民が一斉に避難するという、非常に緊迫したシーンです。

動けない隣人の障害者をおぶって、混雑した階段を降りる主人公エマッド(シャハブ・ホセイニ)。隣では知ったことかとばかりに、ショベルカーが乱暴に土を掘り返している。残された無人の部屋の窓ガラスに静かに亀裂が入っていくさまは、あたかも物語の不吉な予兆のようです。

この作品の根底には、理不尽なまでに急速に近代化するイランという国の状況があります。作品中で主人公夫妻が俳優として出演することになる演劇、1947年のアーサー・ミラー作「セールスマンの死」は、急激な近代化の波に飲み込まれた当時のニューヨークを舞台に、時代に適応できず破滅に向かって行くひとりの老いた男の物語。この映画に対するメタファーの役割を果たしています。

イランの女性が置かれている状況が浮き彫りに

ヨーロッパ映画のような洗練されたムードを持つファルハディ作品。登場人物の女性が全員髪を被う布「ヒジャブ」を身につけていることで、イラン映画であることを思い出すほどにモダンな感覚があります。しかし、作品はイランの社会的・政治的状況を色濃く反映したものです。

「ヒジャブ」は、アラビア語で被う布という意味の他に、貞淑・道徳という意味も持ちます。「ガードは堅くあれ、身体は隠すものである」という女性にとって抑圧的な文化にあって、主人公の妻ラナ(タラネ・アリドゥスティ)は性犯罪に巻き込まれてしまいます。

イランの中流階級に属する、知的でスマートなカップルだったふたり。しかし、この不幸な事件をきっかけに、現代的でリベラルな人生を営んでいるように見えたふたりが、実は依然としてイランの伝統的な社会規範にしばられ、そこから自由になれないことを互いに露呈し、やがて苦しめ合うようになっていきます。

繊細でリアリティのある感情のやりとりに目が離せない 

アスガー・ファルハディは、もともと舞台演出・脚本からキャリアをスタートさせた人なだけあって、本作は、登場人物の会話の中で微妙なかけひきやすれ違いがドラマを生む心理劇でもあります。とりわけクライマックスのダイアログの迫力と緊迫感は見事というほかありません。よく練られたサスペンス仕立てのストーリー展開も相まって、絶妙な緩急を交えながら、通奏低音のように緊張感が全編を通してみなぎっています。

作品の中で交わされる微妙な感情は、時にぎくりとするほど身近なものです。この作品が示すある意味、究極の状況において、自分ならどうするのか、自分の家族やパートナーならどう言うだろうかということを、誰もが思い巡らさずにはいられないでしょう。

犯人を罰するよりも事実をひた隠しにしようとする妻と、深い傷を負ったのは妻なのに、自分が侮辱されたと感じて怒り狂い、むしろ妻よりも被害者意識を持って妻を傷つけさえする夫。『セールスマン』は、イランの人々とはまったく違う外見と文化を持った私たちも、彼らと同じようにさまざまな社会通念やタブーによる抑圧の中で生きているのだということを改めて突きつけてきます。

ファルハディ監督は、インタビューの中で「私はそれに対して意見しているのではありません。ただ、そういったことが存在するということを言っているのです」と語っています。その言葉のとおり、この作品には結論めいた結末はありません。濃密なサスペンスドラマを堪能しながらも、見る者の心をどこか丸裸にするような、挑戦的な作品です。

(文/谷直美@HEW)

記事制作 : HEW

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