文=金田裕美子/Avanti Press

「全米興収ナンバーワン!」なんて宣伝文句がつくことはないけれど、世界中のファンが毎年新作を楽しみにしている映画作家、ウディ・アレン。50年以上(!)、ほぼ毎年1作の割合で作品を発表し続けているアレンの日本での最新公開作は『カフェ・ソサエティ』です。舞台となるのはアレンの代表作のひとつである『カイロの紫のバラ』と同じく1930年代、ハリウッドの映画産業が最も華やかだった時代です。劇中にジンジャー・ロジャースやハワード・ホークスなど、実在の俳優や監督の名前がゴロゴロ出てくるのも、映画ファンの心をくすぐります。

ニューヨークっ子のボビー(ジェシー・アイゼンバーグ)は、ハリウッドの大物エージェントであるフィルおじさん(スティーヴ・カレル)を頼ってロサンゼルスにやってきます。おじさんのおかげで映画界での仕事にありついたのに、ボビーはきらびやかなショービジネスの世界に今ひとつなじめません。彼が唯一心を許せる相手は、おじさんの指示で町を案内してくれることになった秘書のヴォニー(クリステン・スチュアート)。彼女もまた、スノッブな業界人たちにはとけ込めないでいたのです。

仕事がら大邸宅のプールサイドでのパーティやゴージャスな社交場に行くこともあるふたりですが、一緒に町のタコス屋さんに行って「こういう店のほうが落ち着くね」と意気投合。ここで彼らが食べているのがトルティーヤチップス&ディップです。今回はこのチップス&ディップと、タコスに挑戦します。トルティーヤは市販のものを使わず、頑張って手作りしてみたいと思います。

ウディ・アレン風『アパートの鍵貸します』&『カサブランカ』!?

ともに過ごすうち、恋人と別れたというヴォニーといい感じになって舞い上がるボビー。しかし彼女が別れた恋人とは、妻子ある大物エージェント……そう、フィルおじさんだったのです! 恋する相手が自分の上司の不倫相手だったというこの構図、どこかで見たことがあると思ったら、そう、ビリー・ワイルダー監督の『アパートの鍵貸します』です。

『アパートの鍵貸します』では、ジャック・レモン扮するしがないサラリーマンがエレベーターガールのシャーリー・マクレーンに思いを寄せています。でも彼女は妻子ある部長のフレッド・マクマレイと不倫中。この部長とフィルおじさんは、「妻と離婚して君と結婚する」「やっぱり家族は捨てられない」「いや、やっぱり妻とは別れて君と…」などと言うことが二転三転するあたりもそっくり。彼女の相手が誰かを知ってしまうシーンの展開や小道具の巧みな使いかたも、両作品は似ています。

『カフェ・ソサエティ』中央はもう一人のヴェロニカ(ブレイク・ライヴリー)
(c) 2016 GRAVIER PRODUCTIONS, INC.

ヴォニーとの結婚まで考えていたボビーは結局、失意のうちにニューヨークに戻り、ヤクザなお兄さんが経営するナイトクラブの支配人になります。数年後、ヴォニーの本名と同じヴェロニカという女性(ブレイク・ライヴリー)と結婚して子どもも生まれた頃、有名人が集まる人気クラブに成長した彼の店にやってくるのが、ヴォニーとフィルおじさんのカップル。自分の店で昔の恋人と思いがけず再会って、まるで『カサブランカ』のハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンじゃん! ボビーの白いタキシード姿も、ボガートが演じたナイトクラブ経営者リックと重なります。お互いへの思いが消えていないことを確かめ合ったボビーとヴォニーは、ロサンゼルスでも密かに落ち合い、再び思い出のタコス屋を訪れます。

ふたりが「タコス屋(タコ・ジョイント)」と呼んでいるこの店は、本格的なメキシコ料理店というよりテックス‐メックスのバーようです。テックス‐メックスとは、テキサン-メキシカンの略で、テキサス&アメリカ南部風にアレンジしたメキシコ料理のこと。日本でメキシコ料理と聞いてイメージする、U字型のパリパリの皮にスパイシーな挽き肉やチーズを入れたタコスや、チリコンカンはどちらも実はテックス‐メックス料理。そういえば、メキシコでたくさん食べたタコスは、あのパリパリ皮&挽き肉とは全然違う、やわらかい皮にカットした豚肉や鶏肉、野菜をのせたものでした。

アメリカ全土でとってもポピュラーなテックス‐メックスのレストランやバーは、たいていトルティーヤチップスが無料で出てきます。なくなったらバサっと足してくれる太っ腹ぶりで、これにつけるディップが欲しい人は、好みのものをオーダーするシステム。ボビーとヴォニーも、タコスではなくビールのお供にトルティーヤチップス&ディップを食べています。

まずはトルティーヤからいきましょう!

というわけで、まずはトルティーヤから。トルティーヤには、とうもろこし粉を使ったものと小麦粉を使ったものと主に2種類ありますが、今回はとうもろこしの粉で作ります。使うのは、「マサ」と呼ばれる粉。コーンミールなど、通常のとうもろこし粉は全然粘り気がないので、こねてもうまく生地になりません。マサはとうもろこしの粉に石灰水処理をほどこして粘り気を出した、トルティーヤ用の粉です。

ボウルにマサと同量の水(またはぬるま湯)とサラダ油、塩を加えてなめらかになるまでよくこねます。固さは、例によって耳たぶくらい。生地を手で棒状に延ばし、さらに30~40gくらいずつに分けてピンポン玉のように丸めてから、丸く平たく延ばします。この時、メキシコの家庭では「マキナ(機械)」と呼ばれるトルティーヤプレス機が使われるらしい。これがあれば簡単に形と大きさの揃ったトルティーヤができるはずですが、もちろん我が家にはありません。要は上からぎゅっと圧力をかければいいんでしょ、ということで、ピンポン玉大の生地をくっつかないようにクッキングシートの間に挟み、その上にまな板を置いてぐいーっと体重をかけて押してみました。

トルティーヤ

左上がマサ。こねて丸めて、右下の写真のようなプレス機があれば楽だったのですが……。右下Photo:マノリ / PIXTA(ピクスタ)

まな板を外してみると……うっ、ちっちゃ。きれいな円にはなりましたが、直径せいぜい7cm。小さい上に厚くて、これじゃ使い物になりそうにありません。仕方がないので麺棒登場。苦労の末、ブサイクながらなんとか直径15cmくらいまで延ばしました。これをフライパンで裏表焼けば、トルティーヤの完成。このまま具を包んで食べる場合は、乾燥しないように布巾などで包んでおきます。チップスにする場合は、焼いたトルティーヤを放射線状に三角に切って油でカリカリになるまで揚げます。

まな板がダメなら麺棒で延ばします。焼いて、切って、揚げればトルティーヤチップスに♪

マサはなかなか売られていないので、一応コーンミールでも試してみました。しかしやはりコーンミールからは「トルティーヤになるんだ」という気概も粘りも感じられず、焼いたらボロボロ、バリバリ、干上がった湖の底状態に。マサなしでとうもろこしのトルティーヤを作る場合は、コーンミールと同量かそれ以上の小麦粉をブレンドしないと難しいようです。

ディップはトマトベースのサルサ派?
アボカドベースのワカモレ派?

トルティーヤチップスにつけるディップといえば、代表的なのがトマトベースのサルサ・メヒカーナとアボカドベースのワカモレ。作り方はどちらもとっても簡単。

メキシコの国旗と同じ赤と緑、白の3色カラーのサルサ・メヒカーナは、細かく刻んだ完熟トマトに玉ねぎとピーマン、青とうがらし、にんにくのみじん切り、刻んだコリアンダーの葉、オリーブオイルと塩、ライム汁を加えて混ぜるだけ。今回はメキシコの青とうがらしであるハラペーニョの酢漬けも加えてみました。味の濃い完熟トマトはなかなか入手が難しいので、トマトの水煮も加えると俄然パンチのきいた味になります。コリアンダーの葉は、日本ではパクチーや香菜の名前でおなじみの、昨今大ブームのあれ。アジアンなイメージですが、メキシコや中南米でもよく料理に使われます。

次にワカモレ。アボカドの皮と種を除いてざく切りにしたところに、玉ねぎとトマトのみじん切り、ライム汁、塩、刻んだコリアンダーの葉を加えて混ぜ合わせます。こちらもこれで出来上がり。ここに種を丸のまま一緒に入れておくと、変色が防げるんだとか。サルサ・メヒカーナもワカモレも、ライムでなくレモンでもOKですが、ライムを使ったほうがよりエキゾチックな味に仕上がります。

どちらも切って混ぜるだけ。

『6才のボクが、大人になるまで。』
でも食べているチリ・コン・ケソ

もうひとつ、アメリカのテックス‐メックスの店でポピュラーなディップがチリ・コン・ケソ、または略して「ケソ」。ケソはチーズという意味で、チーズフォンデュのような温かいディップです。このケソ、ひとりの少年の成長を12年間にわたって描いた、そして本当に同じ少年を使って12年間かけて撮影した映画『6才のボクが、大人になるまで。』にも登場します。6才だったボク、メイソン(エラー・コルトレーン)がティーンエイジャーになり、カフェで彼女と一緒に食べ、おかわりまでしているのがケソなのです。このシーンが撮影されたのは、テキサス州オースティンにあるマグノリア・カフェ。地元ではケソで有名な店なんだそうです。あちこちで調べたレシピと、こちらのカフェのホームページに出ている写真を参考にケソを作ってみます。

今回使用したチーズは、アメリカではどこにでもあるけれど日本ではほとんど見かけない「モントレー・ジャック」。カリフォルニア州モントレーにお住まいのジャックさんが最初に作ったからこういう名前なんだそう(本当の話)。クセがなくて何にでも合う、白っぽい色をしたセミハードのチーズです。もちろん近所のスーパーで普通に手に入る、とろけるタイプのチーズを使ってもOKです。

鍋にサラダ油、みじん切りにしたにんにくと玉ねぎ、青とうがらしを入れて炒めます。火が通ったらコーンスターチ少々を振り入れてさらに炒め、牛乳を加えます。細かく切ったチーズを入れて、トロトロにとけたら器に。これだけでも十分おいしいですが、ここにみじん切りにして炒めたチョリソとサルサ・メヒカーナ(ピコ・デ・ガヨとも呼ばれるらしい)をトッピングしました。マグノリア・カフェのメニューには、さらにスパイシーな味つけの挽き肉やフリホレス・レフリトス(インゲン豆をしょっぱく煮たもの)、アボカドをトッピングしたヘビー・バージョンも載っています。

モントレー・ジャックをとかしてトロトロに。

では、トルティーヤチップスを3種のディップにつけて食べてみます。おおー。チップスがさくさく。とうもろこしが香ばしい。市販されている袋入りのバリバリのチップスも好きですが、このさくさく感は手作りの揚げたてならではでしょう。頑張って挑戦してみた甲斐がありました。さっぱりスパイシーなサルサ・メヒカーナ、こってりフレッシュなワカモレ、とろーりパンチのきいたケソ。いかん、どれもビールが進んでしまいます。

揚げたてチップスにケソをつけていただきます!

せっかくなのでタコスも作ります

せっかくトルティーヤを焼いたので、タコスも作りました。もちろん具はテックス-メックス風。フライパンでみじん切りのにんにく、玉ねぎを炒めて牛挽き肉を加え、挽き肉の色が変わったら塩こしょう、オレガノ、クミン、コリアンダー、チリパウダーを加えます。トマトの水煮を潰して入れて、ある程度まで水分がとんだらタコミートの出来上がり。

タコミートとトッピング。

トルティーヤにタコミート、レタスの千切り、トマト、チーズ、玉ねぎスライス、お好みでサルサ・メヒカーナやワカモレ、ハラペーニョを挟みます。アミーゴ! こちらもうまし。

ここにお好みでサルサやワカモレをのせてお召し上がりください。

まだお互いをよく知らない相手と行くのなら、レストランでのフルコースの食事より、カジュアルなテックス-メックスの店でビールとトルティーヤチップス&ディップのほうがリラックスして会話も弾みそうです。ボビーとヴォニーの関係の始まりも、まさにそんな感じでした。やっぱり背伸びせずに気楽に何でも話せる雰囲気がいいよね、と思いつつ、一度でいいからフィルおじさんの家みたいな大邸宅のプールサイドで、ハリウッドの有名人を眺めながら高級シャンパーニュを飲んでみたい、とも思ったのでした。

《材料》
《トルティーヤ》
マサ(トルティーヤ用のとうもろこし粉)、サラダ油、塩、水、チップスにする場合は揚げ油
《サルサ・メヒカーナ》
トマト(トマトの水煮を足しても)、玉ねぎ、ピーマン、青とうがらし(酢漬けのハラペーニョでも)、にんにく、コリアンダーの葉、オリーブオイル、塩、ライム
《ワカモレ》
アボカド、玉ねぎ、トマト、コリアンダーの葉、ライム、塩
《ケソ》
チーズ(モントレー・ジャックほか、とろけるタイプのもの)、にんにく、玉ねぎ、青とうがらし(酢漬けのハラペーニョでも)、コーンスターチ、牛乳、チョリソ、サルサ・メヒカーナ
《タコス》
○タコミート
牛挽き肉、にんにく、玉ねぎ、トマトの水煮、オレガノ、クミン、コリアンダー、チリパウダー、塩こしょう
レタス、トマト、玉ねぎ、チーズ、サルサ・メヒカーナ
《映画っぽい雰囲気を盛り上げる小道具》
びんビール
メキシコ風のテーブルクロス
1930年代ファション