文=金原由佳/Avanti Press

「こんなお子さんをもって、ご両親はさぞ誇らしいだろうな」と羨むしかない一芸に秀でた子どもが現れる。とはいえ、どんな天才も生まれたばかりの時はみんな赤ん坊。では、親の育て方になにか秘訣があるのだろうか? どの段階で我が子の才能に気づき、それをどう育んだのか。そんな好奇心に満ちた疑問に答えてくれる、映画『世界にひとつの金メダル』と『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』を紹介したい。

『世界にひとつの金メダル』
ある馬術選手のお父さんの場合

フランスの馬術選手ピエール・デュランの、少年期から1988年ソウルオリンピック馬術競技の障害飛越競技で優勝するまでの半生をモチーフにした半自伝的な劇映画『世界にひとつの金メダル』。2015年にフランスで公開されると、200万人の観客を動員し、大ヒットを記録した。フランスでは日常的に乗馬を楽しむ習慣があり、施設も充実していて、小さいときから馬と親しめる環境にある。当然のことながらピエール・デュランも子どもの時から乗馬をしていた。天才児を育てるための秘訣。まずピエール・デュランのケースから。

『世界にひとつの金メダル』
(C)2013 - ACAJOU FILMS - PATHE PRODUCTION - ORANGE STUDIO - TF1 FILMS PRODUCTION - CANEO FILMS - SCOPE PICTURES - CD FILMS JAPPELOUP INC.
6月17日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、シネマート新宿ほかにて全国順次公開

1.子どもが恐怖を感じていないなら何度でも挑戦させよ

ピエールの少年時代のエピソードとして強いインパクトを残すのが、彼がレースで障害飛越競技に失敗し、落馬をする場面である。アナウンスを聞き、父と母は驚いて彼に駆け寄る。母親は「もうレースはリタイアして」と即座に言うのだが、父親はピエールの顔、身体を撫でまわして一言、「まだレースできるか?」と聞く。「うん、できる」と息子が言うや否や、すぐにレースに復帰させる。この場面でわかるのは、父親が常に見守っているのは、子どもの挑戦しようという気持ちだということ。そして恐怖を感じていないことがわかったら、リスクを承知で再挑戦させる。

2.子どものメンタルを全面的にカバーせよ

『世界にひとつの金メダル』
(C)2013 - ACAJOU FILMS - PATHE PRODUCTION - ORANGE STUDIO - TF1 FILMS PRODUCTION - CANEO FILMS - SCOPE PICTURES - CD FILMS JAPPELOUP INC.
6月17日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、シネマート新宿ほかにて全国順次公開

フランスは乗馬が身近と言えども、本格的な競技に参加するとなると、やはり費用がかかり、おのずと上流階級の人々のスポーツになる。小さな乗馬学校を営むピエールの父にはそこまでの財力がなく、週末の試合へは自ら運転して馬を運び、ホテルには泊まらず、親子とも車中で過ごし、食事も彼が作る。そのことを揶揄する選手に対しても動じず、子どもに「恥ずかしい」という気持ちを抱かせないようにふるまう。まさに父子一丸になって競技に取り組み、もちろん父の夢はオリンピック出場である。

3.子どもが決めたことにとやかく言わない

しかし、ピエールは学業も優秀で、大学に進学し、経済的に安定した弁護士となり、競技からは引退する。ここでポイントなのは、息子がその進路を決めるにあたって、父はとやかく言わないことだ。

4.本当に迷ったら手を差し伸べよ

『世界にひとつの金メダル』
(C)2013 - ACAJOU FILMS - PATHE PRODUCTION - ORANGE STUDIO - TF1 FILMS PRODUCTION - CANEO FILMS - SCOPE PICTURES - CD FILMS JAPPELOUP INC.
6月17日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA、シネマート新宿ほかにて全国順次公開

面白いことにピエールは、競技の魅力に引き戻され、改めてオリンピックを目指すようになる。そこには、「ジャップルー」という競走馬としては小さいながら、凄まじい跳躍を持つ馬との出会いもある。気が小さくて気難しく、乗りこなすのが難しいこの馬とともにピエールはまずロサンゼルスオリンピックに出場するが、この時は本番中に落馬して失格、フランス中の批判を浴びる。中でもピエールが堪えたのが、「馬は素晴らしいのに、乗り手の実力が伴わない」というもの。ピエールはアメリカからの依頼に応じ、ジャップルーを売り渡し、自身も引退することを決意する。ここで初めて父親は息子に自分の感情を吐露する。その言い方も頭ごなしではなく、包み込むように温かく、訥々と喋るのだ。この父と子の会話は、金メダルを獲る試合の場面よりもエキサイティングで、父親の説得はまさに白眉。どんな言葉なのかは、ぜひ劇場で確かめてほしい。一つだけ言うと、息子は自分の練習につき合わせたせいで、父の人生の多くの時間を無駄にしたと罪悪感を抱いている。それに対し、その時間こそが有意義だったと父親は言い切る。この全面的な肯定が、息子の背中をぐぐっと押すのである。

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
あるダンサーのお母さんの場合

バレエの名門、イギリスのロイヤルバレエ団のスターだったセルゲイ・ポルーニンの知られざる苦悩と再生を追ったドキュメンタリー映画『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』。こちらは、母親の目利きと決断が息子の人生を切り開いていく。

1.才能に気づいたらすべてをかけて応援する

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
(c) British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
7月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

セルゲイはウクライナの小さな村の貧しい家庭に生まれた。旧ソ連の文化圏にあるウクライナの多くの家庭と同様に、両親というよりも彼の母はまず、息子を体操教室に通わせた。生まれながら体が柔らかく、そして抜群の跳躍力を持っていたセルゲイの天性の才能に気づいた母は、途中で、体操よりもバレエの方が向いていると思うようになる。というのもセルゲイは麗しい美貌の持ち主でもあったからだ。

体操選手の筋肉の付き方とバレエダンサーの筋肉の付き方はまるで違う。当初は転向させるにはもう成長しすぎているという意見もあったようだ。母はこのとき、どちらの指導者がより優秀か、そして息子との相性がいいかを見て、バレエを選ぶ。事実、その女性の先生はセルゲイの才能を見抜き、一気に磨きをかけていく。だが、その先生が教えることができる範疇をセルゲイはすぐに越えていく。ドキュメンタリーを見ていると、母親は常に息子の指導者探しに奔走していたことがわかる。ウクライナで最も優秀な学校に通わせると、すぐにそこでトップとなり、国際的なステージも見えてくる。そこで母は勝負に出る。世界で1、2を争うイギリスの王立ロイヤルバレエ団を受けさせたのだ。ただ一つ問題があった。バレエ団の授業料はとても高かった。一家は息子の才能にかける選択をし、父はポーランド、祖母はイタリアへと出稼ぎに行き、家族総出で授業料を払う道をとる。

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
(c) British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
7月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

セルゲイほどの実力の持ち主になると、子ども時代からのダンスの記録映像がふんだんに残っていて、このドキュメンタリーでは幼い時分のセルゲイが成長していくさまを、多くの映像で追うことができる。ロイヤルバレエ団に入ったのはまだ13歳の時。ビザの関係で母親の移住は認められず、英語も話せないセルゲイを一人送り出すしかなかった。

2.子どもが人生に迷ってもその一切を受け止めよ

ロイヤルバレエ団でもセルゲイの天賦の才能は秀でたものとして受け止められ、同級生たちの証言では、彼だけが、最初から主役の振り付けを教わっていたという。そして、史上最年少のプリンシパル抜擢。まさにロイヤルバレエ団のスターとして売り出され、人気ダンサーとなる。ところが、プリンシパル就任からわずか3年の、22歳になったばかりで、セルゲイは突然、退団を申し入れ、あっさりロイヤルバレエ団を辞めてしまう。

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
(c) British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
7月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

その直後から、それまで秘せられていた彼にまつわる様々な事実がマスコミによって暴かれる。全身タトゥーだらけであること。酒やドラッグをキメて舞台に上がっていたらしいこと。ナイトライフに、パーティ三昧の日々……。

外国人であった彼を受け入れ、将来を嘱望していたロイヤルバレエ団への裏切りと、あしざまな批判記事がメディアに並んだ。また、バレエ団に所属している故に認められていた労働ビザも取り上げられ、イギリスでの活動も困難になってしまう。

当時(といっても、ほんの5年ほど前の出来事だが)、セルゲイが何を思って突然の早期引退に至ったのか、その心情はこのドキュメンタリーで余すことなく語られている。だからこそ、本作は興味深いものになっているのだが、その一つは、長年の出稼ぎ生活によって家族の間に大きな亀裂が入り、両親が離婚したことで、セルゲイの踊り続ける理由が一度、失われてしまったことだ。自分の成功が家族を助けることになると信じて踊ってきたのに、逆に父と母の深刻な断絶を招き、家族はバラバラになってしまう。繊細な青年の心はここでズタズタに引き裂かれ、美しい古典バレエの主役を涼しい顔をして演じる切ることができなくなってしまったのだ。

『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
(c) British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
7月15日(土)よりBunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

ここでやはり見どころなのが、このドキュメンタリー作成の機会を得て、セルゲイが故郷、ウクライナに戻り、初めて自分の母親に対し、長年の恨み節を吐露する場面である。そこでの母親の言い分がまた、『世界にひとつだけの金メダル』の父親同様、ひとつのクライマックスとなる。それを語る母は一切後悔の感情を見せない。

2本の映画からわかった仰天な天才児の作り方

この2作から見える天才児の作り方。それは幼少期に才能の片鱗が見えなくても、子どもが何時間も「疲れた」「もう嫌だ」と言わずに、嬉々として取り組んでいるものを見つけること。それが見つかったら、親は最も強力な応援者となって子の活動に同行し、悪いところには目をつむり、よかったところを誉めまくること。やがて、そのコミュニティにおいて、どう見ても子どもの情熱が他の子よりも抜きんでていることに気づいたら、そのジャンルに集中させ、親は自分の人生を投げ出す覚悟をし、伸びる時期には親子ともども全精力を傾けること。そして、親の指導の枠を超えて子どもが成長した時、これまでかけた時間や労力をあっさり忘れて、次のステージに押し上げてくれる人に一切を任せ、以後は口を出さないこと。

この2作が教えてくれたことがもうひとつある。子どもがスランプや究極のアクシンデントに見舞われたとき、親は子どもの恨みを一手に引き受けること。子どもの習い事や進路には、どこか親のエゴが入り込む。良いときは抑えられているそれに対する不満は、うまくいかないとき、一気に表出する。そのとき、親は素直に認めて謝ることが重要だ。

それができれば天才は育つ。だが、そんなことなかなかできるもんじゃない。子どもの才能を伸ばすには、親も学ばなければいけないということかと、わが身を振り返ることに……。