文=平辻哲也/Avanti Press

『スパイダーマン:ホームカミング』が大ヒット公開中だ。公開13日間で興収20億円を突破し、『アメイジング・スパイダーマン』(2012年)の約31億6000万円を抜き、35億円を突破するのは確実だという。その影で、関係者を震撼させる出来事が起こっていた。7月27日(木)、東京国際フォーラムで行われた日本語吹替版の試写会でのこと。日本版主題歌を担当する「関ジャニ∞」のパフォーマンスが終わるや、400人のファンが一斉に退席してしまったのだ。試写会でこれだけの観客が映画を見ないで“ホームカミング”するのは前代未聞。一体、何が起こっていたのか。その実態と映画宣伝のタレント起用について考える。

会場は、日本最大級のキャパシティを誇る東京国際フォーラムA。最大収容5000席のうち、約4000席が埋まっていた。午後6時半すぎ、関ジャニ∞が登場するや、ファンからは黄色い歓声。7人のメンバーは「めっちゃ面白いので、見てね」とPR。主題歌「Never Say Never」を歌って、大盛り上がり。しかし、メンバーが去り、「上映は午後7時を予定しています」というアナウンスが流れると、観客は席を立ち、会場を出て行き始めた。十数人などという単位ではない。それは連鎖反応のように続き、最終的には400人近い数になっていた、という。映画ファンはSNS上などで関ジャニ∞ファンの思わぬ行動に怒りを表明した。

映画を見ずに帰ったファンも試写会のチケットを大事に保存していた

居合わせた関係者はこう振り返る。「もう言葉がありませんでした。これまでこんなことは1度もなかったので」

それもそのはず。『スパイダーマン:ホームカミング』はこの夏の話題作の1つだ。アンドリュー・ガーフィールド、エマ・ストーンのコンビで2作作られた『アメイジング・スパイダーマン』をリセットして、「マーベル・シネマティック・ユニバース」の一つとしてリブート。『インポッシブル』(2012年)『白鯨との闘い』(2015年)のトム・ホランドを主演に起用。新スパイダーマンは、本作に先駆け、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)でお披露目され、大きな話題を集めた。

映画は、これまでのシリーズ屈指の面白さだ。社会正義に燃える青臭いスパイダーマン=ピーター・パーカーと、金持ちで少し鼻につくヤツだが、彼なりの正義を持ち合わせている大人のアイアンマン=トニー・スターク(ロバート・ダウニーJr)が対照的に描かれていて、両方が輝く作りになっている。これまで『スパイダーマン』や『アイアンマン』を見ていなくても、十分面白い。これを見ないで、帰った関ジャニ∞ファンはもったいない。

なぜファンは映画を見ずに帰ってしまったのか?

ゴーバック“ホーム”した関ジャニ∞ファンに聞いた。千葉県在住の19歳の女子大生のAさん。「関ジャニ∞が出て来るのは、上映後だと思っていたら、最初に出てきた。自分は、映画を見るつもりだったんだけど、友達が『帰ろう』っていうんで……。映画を見ていたら、9時半近く。ご飯も食べていなかったし、その後、別の友達が部屋に来ることになっていたから」

『スパイダーマン:ホームカミング』

試写会は一般枠とは別に、関ジャニ∞のファンクラブ枠があった。Aさんはファンクラブのメールマガジンで告知を知り、友人とともに応募した。ファンクラブでは、こうした試写会や番組観覧などの募集があるのだという。映画を見ずして帰った観客のほとんどは、ファンクラブ枠で応募した人たちのようだ。

「メンバーが一生懸命、映画をアピールしていたのに、見なかったのは悪いとは思います。でも、うちらは映画じゃなくて、関ジャニ∞を見に行ったわけなので」とAさんは言う。状況としては、プロ野球カード付きポテトチップスやチョコを買い、カードを残して、お菓子を捨てるのと似ている。目的は最初から関ジャニ∞を見ることのみ。それを果たしたのであれば、帰宅を選択するのも当然なのかもしれない。

映画会社は、“若者に映画館に来てもらおう、関心を持ってもらおう”として、メディア映えする人気の芸能人を起用する。だが残念ながら、当の関ジャニ∞ファンには、関係なかったというわけだ。しかし、映画は難解なアンドレイ・タルコフスキー監督作品などではなく、単純明快な娯楽作の『スパイダーマン』。ただでも見ないとは……。これは映画宣伝史においても、後世に残る“事件”だろう。

映画宣伝は今、大きな岐路に立たされている?

こうしたミスマッチは奇しくも同じアメコミ原作の話題作『ワンダーウーマン』のジャパンプレミア(8月8日)でも起こった。こちらには、パティ・ジェンキンス監督と、プロデューサーのチャールズ・ローブン、それに、日本版イメージソングを歌う乃木坂46がレッドカーペットを歩いた。しかし、招待された一般ファンに用意されたのは最後方の場所。雨が降る中、長時間待たされた挙句、ゲストの背中すら見られなかったという。ネットでは「映画ファンをバカにしている」「もう映画を見る気がない」との声が上がった。また、そのイメージソング「女は一人じゃ眠れない」にも、映画の内容に合っていないのでは、との批判も出た。ワンダーウーマンは女しかいない世界で生まれ育ち、男顔負けの大活躍を見せるヒロインだからだ。

映画宣伝は今、大きな岐路に立たされている。人気芸能人を起用し、イベントに呼び、メディアを集めるという従来のやり方だけでは通用しなくなってきた。SNS上の評判も興収に大きな作用をもたらす。その目配りも欠かせない。

ある関係者が言う。「インフルエンサーを捕まえ、いかに、バズらせるか。でも、結局はその作品自体に力があるかどうかに尽きます」

『この世界の片隅に』(c) こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

昨年11月に公開され、今もロングランしているアニメ『この世界の片隅に』は代表的な成功例だ。片渕須直監督は製作中、「貯金残高が数万円しかないという苦境を味わった」と話していた。しかし、いいものを世に送り出したいとの信念を貫き、映画を完成させた。その思いを受け止めた映画ファンがクラウドファンディングで資金提供を行い、SNSなどを通じて映画の素晴らしさを拡散した。今年7月に埼玉・川口で開催されたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭では、コンペティション部門作品を抑え、過去最多の入場者数を記録した。

『この世界〜』とは伝えるものは違うが、もちろん『スパイダーマン:ホームカミング』『ワンダーウーマン』も面白い作品。普段はあまり映画を見ないという人でも楽しくみられると思う。前向きに考えれば、「悪評も評判のうち」という言葉もある。一映画ファンとしては、一層のヒットを期待したい。