文=ロサンゼルス在住ライター 町田雪/Avanti Press

『この世界の片隅に(英題:In this Corner of the World)』が今夏、米国公開された。ロサンゼルスでは6月に、国内外の注目作が集まるロサンゼルス映画祭でプレミアとなり、7月には、全米最大級のアニメの祭典「アニメ・エキスポ」で上映(片渕須直監督と真木太郎プロデューサーも登壇)。そして、日本の終戦記念日を挟む8月11日(金)から17日(木)までの1週間、ビーチタウンのサンタモニカと、ダウンタウンの東に位置する洗練された街、パサデナのアートハウス系シアターで一般公開となった。

劇場数も上映期間も限定的であり、興行成績も公表されていない状況ではあるが、8月下旬時点で、米最大級の映画レビューサイト「ロッテン・トマト」では、批評家による評価が98%(レビュー数50件)、観客による評価も97%と高評価。コメント数は多くないものの、見た人の心には深く残っていることがよくわかる。ロサンゼルスで最低7日間連続の商業公開を行ったことにより、来年3月の第90回アカデミー賞の長編アニメーション部門ノミネート資格を得ることにもなり、オスカーに向けた動きを予測する声も上がっている。

多くの米批評家にとって印象的であった
食糧配給と料理についての描写

『この世界の片隅に』
(C) こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会

メディア批評の多くは、悲惨な描写や感情的な事件にフォーカスしがちな戦争テーマの映画ながら、戦場ではなく家庭、兵士ではなく1人の主婦(しかも、穏やかでのんびりとした……)の日常と幸せへの探求にフォーカスしている点を評価。特に、食糧配給と料理についての描写が頻繁に織り込まれていることは、多くの米批評家にとって印象的であったようだ。例えば、米映画界の二大業界紙のひとつ、バラエティは、同作が「原子爆弾の言葉に尽くせぬ恐怖より、食糧配給による食卓の工夫を描くことを選んだ」と表現。もう一紙のハリウッド・リポーターも、「戦場の兵士より、家族問題や家事に焦点が当てられているようなくだりから始まるが、終盤は、市民が標的となった時の衝撃を描き出していく」と全体像を説明したうえで、序盤について、「(片渕監督が)日本の田舎に住む主婦の日常に焦点をあて、料理に凝り、水を汲み、着物を織り、(すずが)いい専業主婦であろうとすることに多くの時間を費やしている」と綴った。

『この世界の片隅に』
(C) こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会

一般のアメリカ人観客が、第二次大戦、広島、原爆……と聞いて思い浮かべる直接的な爆撃描写がないことも、両紙は指摘。ハリウッド・リポーターは、「悲劇は、フィナーレに近づいたころに起きるが、誰もが想像するようなかたちではない」と切り出し、「8月6日の広島爆撃までのカウントダウンはナレーションや文字の形で行われるものの、実際の出来事は、ほんの短い間、遠くから体験するのみで、その後に、悲劇の後遺症を目撃することになる」と説明。「こうした描き方は、第二次世界大戦の歴史的描写を求めている観客にはしっくりこないかもしれないが、片淵監督は、事実や数字を並べるよりもずっと、この戦争がすずや彼女のような女性たち(男性は全編を通じて、存在感がほとんどない)にどのような影響をもたらしたかを描きたいのだ」と分析した。バラエティも、「クライマックスで起きる事件の衝撃と感情的なトラウマは凄まじいのだが、広島の核による大量殺りくは、感情を抑えたように慎重に語られ、1人の女性の腕の斑点から、致命的な放射線被ばくの有様を想像するという具合だ」と説明している。

実際、どのような人々が劇場に足を運んだのか?

では、ロサンゼルスの限定公開時には実際、どのような人々が劇場に足を運んだのか? 記者は、公開3日目となる日曜夜7時の回、パサデナの劇場で同作を見た。普段から、映画好きの年配者が多いことで知られる劇場なのだが、同上映にもそうしたアメリカ人の熟年カップルや老夫婦の姿が数組、そのほか、アジア系の学生同士や家族、日本人の親子グループなど50人ほどが見に来ていた。一部の回では吹き替え版を上映していたが、記者が見た回は英語字幕版であったため、アメリカ人観客が字幕を追いながら、人間関係やストーリー展開を理解することは容易ではなかったのかもしれない。目の前のおしゃれな中年の白人カップルがときおり、疑問点を互いに耳打ちしながら、熱心に見ていた姿が印象的だった。広島の原爆というテーマはもちろん、事前に出ているレビューのなかで、片渕監督と宮崎駿監督のつながり、手描きアニメーションの美しさ、同作の日本での評価やヒットについて触れているメディアが多かったため、そうした要素に引かれて足を運んだ人が多かったように思う。

個人的な話になるが、記者が米国のカレッジで第二次世界大戦について学んだ際、広島・長崎の原爆について扱う授業時間とテキストのページ数の少なさに衝撃を受けたことがあった。当然、地域や学校、教授にもよるはずだが、記者のケースは、真珠湾攻撃のくだりが長く説明され、生徒たちが感情的な意見を交わした後に、静かに簡潔に原爆のことが語られて、次の時代の考察へと移っていくという流れで、違和感を持ったものだ。国や立場が違えば歴史的視点も違うのだと、当たり前のことを身に染みて以来、米国で第二次世界大戦下の日本が描かれる映画を見るときには、いつも特別な緊張感を持っている。そうしたなか、『この世界の片隅に』は、劇場内の多くの人々と同じ温度を共有できた気がする。

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国や性別、立場にかかわらず、戦争が人生を一瞬にして破壊しうるものであるという事実を映し、どんな状況下であれ、幸せと愛を探し求める人間の強さと尊さをたたえた『この世界の片隅に』。米国での展開は現在、映画祭、コンベンションやイベントでの上映、そして今回の一般向けの限定公開を終えたところ。次は様々なレビューとアカデミー賞に向けた賞レースだ。ぜひ映画賞の候補となり、さらに多くの人が知るところとなってほしい。見た人の心に残り、まだ見ぬ後世に生き続けるだろうこの作品が、本当の意味での“全米公開”を迎えるのは、数カ月後であると信じている。

『この世界の片隅に』
DVD&Blu-ray  2017年9月15日発売
発売・販売元:バンダイビジュアル

(C) こうの史代・双葉社 / 「この世界の片隅に」製作委員会