文=紀平照幸/Avanti Press

ある年代以上のロックファンだったら、H・R・ギーガーという風変わりな名前のスイス人を知ったのは、1973年に発表されたエマーソン、レイク&パーマーのアルバム「恐怖の頭脳改革」のジャケット画家としてのはずです。そこにはすでに頭蓋骨と神秘的な女性の顔、生体とメカニカルなものの融合という、彼の作風を代表するものが描かれていました。そしてその6年後、彼はリドリー・スコット監督の映画『エイリアン』のデザイナーとして世界的な名声を手に入れます。実際、『エイリアン』はSFとホラーの要素を合体させた優れた映画でしたが、もしあのエイリアンがギーガーの造形によるものでなかったとしたら、続編が何本も作られるようなヒットにはならなかったかもしれません。

好きだから描くのではない
絵にすれば恐怖を自分でコントロールできる

若き日のH・R・ギーガー

シリーズは現在も継続し、スコット自らの手による新作『エイリアン:コヴェナント』(9月15日公開)では、ついにその誕生の秘密が明かされることになるわけですが、それに先駆けて、9月2日からギーガー自身の生涯に迫るドキュメンタリー『DARK STAR/H・R・ギーガーの世界』が日本公開されます。独特な画風で知られる、この孤高のアーティストはどんな人物なのか? 彼自身が語る自らの生い立ちや、彼を支えた女性たち、関係者、スタッフの証言によって、その秘密の一端が明らかになっていきます。

ギーガーの絵の特徴は、そこに描かれた摩訶不思議なキャラクターにあります。生物と機械が融合したようなそれは“バイオメカノイド”と呼ばれるもの。ギーガーによれば、生物の遺伝子が操作されて生み出されたもので、言わば“現代人の心の闇”の象徴だそうです。そのモチーフとなっているのは、エイリアンもそうですが、頭蓋骨です。

彼自身が少年時代を語る印象的なシーンが、映画の冒頭にあります。彼が6歳の時、父親(薬剤師をしていたそうです)から本物の頭蓋骨をプレゼントされ、その時に初めて“死”というものを意識したこと。ギーガー少年は、その頭蓋骨に紐を括り付け、自分の住む町の路地を引きずって歩くことで、それから感じた“恐怖”を克服しようとします。そう、彼が暗黒の世界を描き続けるのは、それを愛しているからではなく、恐怖と戦おうとしているからなのですね。「好きだから描くのではない。絵にすれば恐怖を自分でコントロールできるんだ」

また彼には新生児の時の記憶もあるらしく、“通路”に関する悪夢(出生時のイメージ?)も見たそうです。死への恐怖と同等に、誕生あるいは出生、それにまつわる生殖の3つの要素がギーガー作品における重要なキーワード。実際に彼の絵には、生殖器らしきものが描かれていることが多く、禍々しさの中にエロティシズムも感じさせます。映画『エイリアン』で登場するエイリアン「フェイスハガー」が飛び出る卵は、最初のデザインでは裂け目の部分が一本線でした。しかし「女性器をイメージするから」という理由でNGになり、現在のような十文字線になったというエピソードもあります。

死期を予見していたかのような幕引き

H・R・ギーガー邸に置かれたエイリアンのオブジェ
(c) 2015 T&C Film © 2015 FRENETIC FILMS.

光と闇が共存する異形の世界を描き続けたギーガーは、実際の死について「死んだらそれで終わり。死後の世界も生まれ変わりも信じない」と語ります。「見たいものは全部見た。やりたいことは全部やった。幸せな人生だったよ」。そうも語ったギーガーは、映画のポストプロダクションの途中、74歳で死去。自分の死期が迫っていたことを予見していたかのような幕引きがまた、いかにもこの孤高の画家らしいのです。

ギーガーに興味のある人におススメのもう1本のドキュメンタリーが『ホドロフスキーのDUNE』(2013年)です。本作はアレハンドロ・ホドロフスキー監督(『エル・トポ』)によって製作が開始されながら、実際に撮影されることなく中止になってしまった幻の映画『砂の惑星』について関係者の証言を集めたもの。ここでギーガーにデザインの依頼があったことで彼は初めて映画界と関わりを持ったのです。しかも『エイリアン』の脚本家ダン・オバノンもこのプロジェクトに参加しており、ここでの出会いが『エイリアン』に繋がっていったことを考えると、映画史的に大きな出来事であったことが思い知らされる興味深い作品なのです。