文=赤尾美香/Avanti Press

劇中音楽のビートとカー・アクションや会話が完璧にシンクロ

音楽なしには成立しない映画だ。しかもその音楽使いとびっきりカッコよくて、そのカッコよさに泣けるなんて、生まれてこのかた初めての経験だった。すでに全米では予想外の大ヒットを記録。批評家もファンも絶賛の声を惜しまない『ベイビー・ドライバー』は、観ないと“今に乗り遅れる”この夏必見ムービーなのだ。8月19日の日本公開に先立って来日したエドガー・ライト監督に、このたび、単独でインタビューすることができた。

幼い頃の交通事故の後遺症で耳鳴りが止まない主人公ベイビー(アンセル・エルゴート)。けれどiPodで大音量の音楽を聴くことで耳鳴りは止み、超絶ドライビング・テクニックが炸裂する。仕事は大物犯罪者に雇われた“逃し屋”。天才的な運転術で追っ手をかわし、銀行強盗を安全な場所へと逃がすのだ。そんなベイビーが恋をした。汚れ仕事は終わりにして、彼女との未来を夢見るベイビーのドライブが行き着く先は……。劇中音楽のビートとカー・アクションや会話を完璧にシンクロさせるなんて、一体誰が思いつくだろうか。全編に散りばめられた音楽は、各シーンの登場人物と同等の存在感を放ちながら、物語を牽引する。映画を観終わった後、思った。「これはライヴだ!」。本作をミュージカルになぞらえる人もいるが、筆者にとってはライヴ。そう感じられるほどの生々しいエキサイトメントが、ここにはある。

『ベイビー・ドライバー』

プロモーション来日で、成田からフジロックに直行

これまで、『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)、『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(2007年)、『ワールズ・エンド/酔っ払いが世界を救う』(2013年)など、愛すべきボンクラたちを主人公に現代社会に対するシニカルな視点を忍ばせたコメディを撮ってきたエドガー・ライト監督は、自他共に認める音楽マニアで、音楽ストリーミング・サイトで公開しているプレイリストにも抜群の時代感覚をのぞかせる。そのセンスは過去作でも大いに発揮されてきた。

そんなライト監督である。プロモーション来日も一筋縄ではいかない。成田空港に降り立つと、その足で向かった先はフジロック・フェスティバル。新潟県の苗場スキー場である。筆者はたまたま現地でレインスーツを着込んだ監督と出くわし、立ち話をしたが「そろそろアヴァランチーズが始まっちゃうから、またね!!」と早足で去って行った。本気が見えた。

雨模様のフジロックを満喫するエドガー・ライト監督(自身のツイッター・アカウントより許可を得て転載)(c)Leo Thompson
URL:https://twitter.com/edgarwright/status/891230634265395200

3日後、インタビュー場所である都内のホテルで再会した監督に、フジロックが監督の母国イギリスが誇る老舗フェス「グラストンベリー・フェスティバル」を参考にしていることを告げてみると……。

「へぇ。僕はグラストンベリーから10キロくらいの場所で育ったんだ。だから『ホット・ファズ~』は、グラストンベリーに近い町が舞台なんだよ。グラストンベリーに出演するロック・スターは大抵、僕が住んでいたウェルズに宿泊していたよ(自慢げに)。もちろんグラストンベリー・フェスには行ったことあるし、レディング・フェスにも行ったなぁ。アメリカではコーチェラとかアウトサイド・ランズに行ったことがある。でも、レディングよりフジの方が断然いいことは間違いない! フジは僕がこれまで行ったフェスの中では、一番清潔でオーガナイズされているフェスだからね。ゴミの分別はしてるし、観客がそういうことに気を配っている。安全だなって感じるし……レディングは、終末的な様相(筆者註:トイレの汚れ方など半端ない)を呈してくるのが早いんだ!! すぐゴミだらけの荒野と化すから」

楽器はできないけど、音楽への熱い情熱は持っている

エドガー・ライト監督 撮影=伊藤さゆ

そう言って笑う監督に、音楽に目覚めた頃の話を聞いてみた。

「ラジオやテレビから常に音楽が聞こえてくるような家で育ったんだ。そのうち両親のレコードを聴くようになったんだけど、 20枚くらいしかなくて。ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジェネシス、ピーター・ガブリエル……モータウンのコンピもあったな。オーティス・レディングと、あとはクラシック……あ、サイモン&ガーファンクル!! これを忘れちゃいけない。それから自分のお小遣いでレコードを買うようになるんだけど、自分たちの世代よりちょっと上のものが多かったな。クイーン、デイヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージック、ザ・キンクス……とか。同時に、当時のラジオでかかっているものや、ヒット・チャートものも聴いてたな。80年代は、とにかくプリンスが1番!! ロンドンのアートスクールに通いだした頃は、ブリット・ポップがめちゃくちゃ流行ってて、ブラー、スーパーグラス、パルプ、スウェードあたりにはまって、よくライヴに行ったよ。同じ頃、アメリカのバンドもたくさん好きになった。ピクシーズ、ベック、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン、ペイヴメントとかね」

『ベイビー・ドライバー』

話し出したら、ベイビーの運転顔負けのスピードで一気に駆け抜けていく。今作『ベイビー・ドライバー』においては、劇中にも使用されているサイモン&ガーファンクルの「ベイビー・ドライバー」と、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョンの「ベルボトムス」が、着想の源だったそうだ。こんなに音楽が好きなのに、ミュージシャンになろうと思ったことはないのだろうか?

「楽器が何もできないからね。5~6歳のときに1年だけピアノを練習したんだけど、家にお金がなくなっちゃってピアノを売ってしまったんだ。それでレッスンが受けられなくなって……。でも最近、新しい趣味を考えたときに“またピアノをやろうかな”って思ったけど。楽器は出来ないけど、音楽に対して熱い情熱は持っているよ。もしかしたら、僕の映画の中で音楽がとても重要な位置を占めているのは、自分がミュージシャンになりたいと思っているからかもしれないけどね(笑)」

シーンにフィットする曲を、DJに似た感覚で選んでいった

音楽マニアにとって何が大変かといえば、好きな曲を選ぶこと。聴いている数が多ければ多いほどその苦労は大きい。もちろん映画に使用する音楽となれば、単純に「好き」「嫌い」で選べるものではないが、自分の中の選択肢が多い分難しさもあるのではないか。『ベイビー・ドライバー』のオリジナル・サウンドトラックには30曲が収録されているが、実際の映画には50曲近くが使われている。通常の映画に比べたらもちろん多いわけだが、頭の中には数万の曲が入っているだろう音楽マニア、取捨選択のコツはどこにあるのだろう?

「実は、それは案外大変じゃないんだよ。セレクションは、この曲で映画が成立するかどうか、シーンにフィットするかどうか、トーンが合っているかどうか、を考える。ちょっとDJに似ているかもね。シーンを書きながら、順番にどの曲がそこに合っているか考えるし、その前のシーンからの通しでどんな曲がはまるかも考える。そうするとおのずと曲は決まってくるんだよ」

『ベイビー・ドライバー』

いつかコーネリアスの小山田圭吾と仕事をしてみたい

最後に。ミュージシャンの中には映画のスコアやサントラを手掛けてみたいと言う人も少なくないが、「自分の作品の音楽を誰かに丸ごと手掛けてもらうとしたら、誰がいいですか?」と、監督に尋ねてみた。

「コーネリアスの小山田圭吾にやってもらいたいな。彼の音楽は、感情を喚起させるのがうまいと思うんだ。今回のフジロックでのパフォーマンスも素晴らしかったけど、様々なヴィジュアルや短編映像をパフォーマンスの一環として取り入れている部分もすごいと思う。ダフトパンクなんかもそうだけど、聴いているだけで、ヴィジュアルのアイディアが生まれてくるんだよね」

ライト監督作品で、日本のゲームやマンガへのオマージュが多々盛り込まれた『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(2010年)の使用曲をコーネリアスに依頼して以降、親交のある両者。緑に囲まれたフジロックのステージに立ったコーネリアスの音楽&ヴィジュアルを浴びながら、監督の頭には新たなアイディアが浮かんでいたのかもしれない。

『ベイビー・ドライバー』