2000年代に新生『バッドマン』シリーズの監督に抜擢され、いわゆる「ダークナイト・トリロジー」と呼ばれる三部作の創造主となり、映画史にその功績を刻んだクリストファー・ノーラン。

彼の監督作である『バットマン・ビギンズ』(2005年)において、渡辺謙が「影の同盟」のリーダーであるラーズ・アル・グールの影武者を演じたことを覚えている方も多いのではないでしょうか。その後に制作されたノーランの代表作『インセプション』(2010年)でも、渡辺はレオナルド・ディカプリオ演じる産業スパイに多難なミッションを依頼する日本人実業家サイトーを好演し、世界にその存在感を示しました。

ノーランは気に入った役者を繰り返し起用することで知られる監督で、渡辺謙以外にも、マイケル・ケインやクリスチャン・ベールら実力派俳優を、自身の監督作の中で4度、5度にわたってキャスティングしてきました。今回はそんな“ノーラン組”俳優の中でも、青い瞳と知性が光るキリアン・マーフィーと、銀幕でも舞台でも大活躍のトム・ハーディの2人に注目し、彼らが共演を果たしたノーラン・フィルムの傑作3作品をご紹介します。

個性の対照を楽しむキャスティング『インセプション』(2010年)

クリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー、トム・ハーディの化学反応が生んだ傑作としてまずタイトルを挙げたいのは、「無意識への侵入」という斬新なテーマを扱った話題作『インセプション』(2010年)です。本作は、第83回アカデミー賞において、作品賞、脚本賞、美術賞など8部門にノミネートされ、撮影賞、視覚効果賞、音響編集賞、録音賞の4部門で受賞を果たしました。また、全米脚本家組合賞ではオリジナル脚本賞を受賞しました。

ハーディ演じるイームスは、偽装師というキャラクター。レオナルド・ディカプリオ演じる主人公のコブが他人の夢の中に侵入し、潜在意識の中からアイディアを抽出するのを、持ち前の変身術でサポートします。マーフィー演じるロバート・フィッシャーは、”インセプション(アイディア抽出)”のターゲットとなる、巨大企業フィッシャー社の御曹司。台詞がたくさんある役どころではありませんが、父親との確執に疲れきった様子を悲壮感漂う表情だけで演出できるマーフィーの力量には脱帽です。

ノーランはマーフィーに絶大な信頼を寄せており、本作のキャスティングに際しては、「なんでも好きな役を選んでいいよ」と丸投げしたそう。俳優に配役の選択をゆだねるなんて、なかなか聞いたことがありませんが、そんなおいしい話がきても主人公との絡みの多い目立ったキャラクターを選ばず、実力の試される難しい役どころをチョイスするところに、マーフィーの実直な人柄を垣間見ることができます。

かたやハーディはオーディションの場で、ノーランに「スキーはできるか?」と問われ、一度もスキーをしたことがないにもかかわらず、「できます!」とハッタリをかましてイームス役を掴みとったのだとか。マーフィーとはほとんど正反対のスタンスですが、とにかくノーラン作品に出演したいというハーディの情熱にも役者魂が感じられます。

ノーランはそんな対照的な2人を例えて、ハーディ演じる能動的なイームスは「俳優」、マーフィー演じる受動的なロバートは「観客」と表現しました。暖流と寒流がぶつかるところには豊かな漁場が生まれますが、異なる個性がぶつかりあうところにも面白い化学反応が生じるものです。ノーランのキャスティングセンスと、2人の俊英のコントラストを楽しめる作品、それが『インセプション』(2010年)であるといえます。

「正義とは何か」を考えさせる敵『ダークナイト ライジング』(2012年)

『インセプション』(2010年)の3人が再び結集して制作されたのが、アメリカの世界的人気コミック『バットマン』を原作とするヒーローアクション映画『ダークナイト ライジング』(2012年)です。本作は、『バットマン ビギンズ』(2005年)、『ダークナイト』(2008年)に続く「ダークナイト・トリロジー」の完結編として位置づけられた作品で、北米では公開から3週連続にわたり動員数1位を記録するなど興業的にも成功した大作となりました。

トム・ハーディは本作で主要な敵役の一人であるベインを熱演しています。ベインはハーディ自ら「破壊マシン」と表現するほど暴虐の限りを尽くす恐ろしいキャラクター。本作では主役のバットマンをしのぐほどの圧倒的な存在感を見せつけています。高度な知力と強靭な肉体を併せもったチート級に強いキャラクターを代役なしで再現するにあたり、ハーディは半年間肉体をいじめ抜き、修練に修練を重ねたそうです。

そのベインが崩壊させたゴッサムシティでリンチ裁判の判事をつとめる冷徹な精神科医、スケアクロウことジョナサン・クレーンを見事に演じているのが、キリアン・マーフィーです。このクレーン医師は、「ダークナイト・トリロジー」全作にわたってバットマンを苦しめつづける最も侮れない敵で、シリーズのファンのあいだではバットマンの最大の敵は、ベインでも、ラーズ・アル・グールでも、ジョーカーでもなく、クレーンなのではないかと囁かれるほど強烈なインパクトを放つキャラクターなのです。頭脳を駆使して心理戦を制し、恐怖によって意のままに人心を掌握するクレーン医師の役どころは、ミステリアスかつインテリジェントな雰囲気に満ちたマーフィーにこの上なくぴったり! 本作への出演により、マーフィーは世界中に多くの信奉者を獲得しました。

ノーランが、「ダークナイト・トリロジー」を通して私たちに問いかけるのは、社会が向き合わなければならない「正義とは何か」という問題。主人公の視点から眺め続けるだけでは見えてこない答えが、「敵」と定義される者たちの視点に立ったときに見えてくることはしばしばあるものです。鑑賞者に様々な視点からの解釈を促す工夫のひとつとして、ノーランは、「敵」役の存在を重要視していたはず。そこにマーフィーとハーディをキャスティングしたのは、ノーランが彼らの力量や才能を特別に買っていたからこそではないでしょうか。

台詞を語る瞳が生み出す極限状態の緊迫感『ダンケルク』(2017年)

(C) 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 『ダンケルク』(2017年) 9月9日(土)全国ロードショー

そして今年、この最強タッグが5年の歳月を経て再集結しました。彼らがこの度挑んだのは、台詞を極端に削ぎ落とした新感覚の戦争映画。

本作が描くのは、第二次世界大戦中のダンケルク海岸でドイツ軍に包囲された連合軍によって展開された「ダイナモ作戦」の始終です。この作戦はまたの名を「ダンケルク大撤退」ともいい、近代戦争史上最大級の撤退劇として、たびたび映画の題材にもなってきました。

タイトルはずばり『ダンケルク』(2017年)。さすがノーラン監督! と感嘆させられるのは、ひとつの歴史的事件を陸・海・空それぞれの視点から描いていること。そして、メインの撮影を実際の現場であるダンケルク海岸で敢行し、CGを一切用いずリアリティを追及した手法で大軍隊を再現したことです。

ノーランはキャスティングにも大胆な工夫を凝らし、本作の主要キャラクターである未熟な兵士の役に、あえて映画への出演経験の浅いフィン・ホワイトヘッドやハリー・スタイルズといった若手俳優たちを起用しました。そして、トム・ハーディやキリアン・マーフィーら実力派俳優陣には、作品全体の空気感を締める助演キャラクターでの出演を依頼したのです。

(C) 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 『ダンケルク』(2017年) 9月9日(土)全国ロードショー

本作は先述の通り、台詞が極端に削ぎ落とされた映画。劇中でハーディやマーフィーに用意された台詞はほとんどないのですが、そこで見ものとなるのが目で魅せるパフォーマンスです。役者の真価は台詞のない場面でこそはっきり表れるもの。ハーディやマーフィーの瞳が放つ眼力からは、言葉より多くの強いメッセージを読み取ることができます。

本作全体の緊迫感・臨場感を一層高め、極限状態の中で人と人が支え合うことの感動を呼び起こしているのは、常識を覆すノーランのチャレンジングな演出と、ハーディとマーフィーの「静かな目の語り」があるからといっても過言でないかもしれません。

(C) 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 『ダンケルク』(2017年) 9月9日(土)全国ロードショー

筆舌に尽くしがたいほどの緊張状態の中で、77年前の大撤退劇を追体験できる戦争映画の傑作! トム・ハーディの使命に燃える強い眼差しに、キリアン・マーフィーの恐怖に震えるナイーブな瞳に、あなたは何を思うでしょうか。クリストファー・ノーラン監督初の史実に基づく題材を扱った超大作『ダンケルク』(2017年)は、9月9日(土)全国ロードショー。

(桃源ももこ@YOSCA)