『禅と骨』ドラマパートより (C)大丈夫・人人FILMS
9月2日よりポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトルほかにて

映画を撮りたかった“日系アメリカ人禅僧”と、映画が頓挫しそうな“映画監督”のドキュメント『禅と骨』

コラム

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文=高村尚/Avanti Press

日系アメリカ人禅僧の数奇な半生

左がヘンリ・ミトワさん 『禅と骨』 (C)大丈夫・人人FILMS
9月2日よりポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトルほかにて

『禅と骨』は、横浜生まれの日系アメリカ人禅僧、ヘンリ・ミトワさん92歳を追ったドキュメンタリー映画です。92歳だから“枯淡の境地”だなんて思ってはいけません。ヘンリさんは、カメラの前で股間に大きなキュウリをあて、やんちゃな少年のようにはしゃぐ姿を見せてくれます。

ヘンリさんの半生はなかなかシビアです。戦時中は、アメリカの敵性外国人捕虜収容所に収容され、そこで妻サチコと結婚、長男エリック、長女・京子の2人の子どもを授かります。独り日本に戻ってからは、裏千家で茶道や陶芸を学び、のちにアメリカから妻、京子、次女・静らを呼び寄せ、天龍寺の南芳院を終の棲家とします。

童謡「赤い靴」をベースにした映画を作るんだ!

本作『禅と骨』プロジェクトの始まりは、ヘンリさんが「映画を作りたい!」と言い始めたことに端を発します。80歳を目前にしたヘンリさんは突然、「童謡『赤い靴』をモチーフにした映画を作るんだ!」と言い出します。そして周囲が慌てる中、彼は協力者や資金集めに奔走。でも脚本の書き方も、いくらで作れるのかも、そもそも「赤い靴」の映画化権を取るのにお金がかかることも知らなかったので、映画の企画は一向に進まないまま90歳になってしまいます。周囲は「むしろ、あなたの数奇な人生を映画にしたほうが面白いのではないか?」とヘンリさんを諭し、これをきっかけに本作、ヘンリ・ミトワの“数奇な人生”を描くドキュメンタリー企画が動き始めるわけです。

ドラマパートでヘンリ・ミトワを演じるウエンツ瑛士 『禅と骨』 (C)大丈夫・人人FILMS
9月2日よりポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトルほかにて

なぜヘンリさんが童謡「赤い靴」にこだわったか? そこにはこんな理由がありました。

1918年、ヘンリさんは、米映画会社ユナイテッド・アーティスツの極東支部長リチャード・ミトワさんと、新橋の芸者・山崎とわさんの3男として横浜に生まれます。1940年には、先に渡米していた父と兄を追って海を渡り、以後21年間、アメリカで暮らします。その間に母とわさんは日本で死没。ヘンリさんはお母さんから、「私もアメリカに行って皆と会いたい」と書かれた手紙をもらいますが、叶えてあげることはできませんでした。本作ではこのあたりの事情を、「再現ドラマ」としてウエンツ瑛士、余貴美子が演じています。そのほかの俳優も、特高警察の刑事に利重剛、渡航費を捻出する際に会う闇ディーラー役に永瀬正敏と錚々たる布陣。見応えがあります。

実は童謡「赤い靴」は、重い病にかかり帰国命令の出た養父母らと一緒に渡米することをあきらめた、少女を悼む歌なのだそう。ヘンリさんはこの歌の少女にお母さんをだぶらせていました。だからこそ、どうしても映画を作りたかったのです。

下手なドラマ映画より、ドキュメンタリーのほうが面白い!?

「赤い靴」の映画は頓挫したまま、ヘンリさん自身の“数奇な人生”を描くドキュメンタリー映画(本作)の企画は進行します。その監督にと白羽の矢が立ったのは、本作の中村高寛監督。デビュー作の『ヨコハマメリー』(2006年)でドキュメンタリー映画賞を総なめにした中村監督ですが、続く映画の企画が立て続けにうまくいかず、2作目に何を撮るか悩んでいたところでした。ヘンリさんを撮ることに“光明”を見出した中村監督は、ドキュメンタリー映画が話題になればヘンリさんの映画制作にもプラスなのではないかと、ノーギャラにもかかわらずこの仕事を引き受けます。

中村高寛監督 『禅と骨』(C)大丈夫・人人FILMS

2011年、ドキュメンタリー映画の撮影はスタートします。そして、すぐ暗礁に乗り上げます。2012年に、ヘンリさんが亡くなってしまうからです。亡くなる前に何度か体調を崩して入院したこともあり、撮影は順調に遅れていました。中村監督は、撮影する対象と、ヘンリさんの「赤い靴」の映画制作を応援するという目的を失ったばかりか、“ノーギャラ。しかも完成の見通したたず”という状況に陥ります。

“禅僧”と“映画監督”、二人のドキュメンタリー

この映画、主人公はもちろんヘンリ・ミトワさんですが、見ているうちに中村監督自身の存在を強く感じるようになります。監督は、ヘンリさんと意見の相違でぶつかったり、拒絶されたり、叱責したり、されたりしながら、ドキュメンタリー映画を作る意味を全身全霊で探している。そんな気がしました。

『禅と骨』(C)大丈夫・人人FILMS
9月2日よりポレポレ東中野、キネカ大森、横浜ニューテアトルほかにて

こんなシーンもありました。ヘンリさんの妻サチコさんに、夫についてインタビュー中、「あなた恋人は?」と中村監督は逆取材されます。一拍おいて「いません」と答える監督。映画雑誌「キネマ旬報」に連載していたメイキングを読むと、撮影にのめり込んだばかりに彼女と別れたことが記されていました。一瞬の“間”から伝わってくる監督の胸の痛み。ドキュメンタリー映画には被写体だけでなく、撮る側の気持ちも映り込むのだと思いました。

ヘンリさんが生き抜いた激動の時代、戦時下の収容所のこと、祖国と母国を持つということ、陶芸、茶道、文筆作品のこと、禅という考え方……。ヘンリさん亡き後も、中村監督はドキュメンタリー映画を完成させるゴールを探して、日系アメリカ人の禅僧が捉えた多様な文化や体験を丁寧に取材していきます。その時間はざっと5年間。そして、そんなふうに取材すればするほど、ヘンリさんだけでなく、監督の思考もさらに色濃く映画に刻み込まれていきました。こうしてできた完成版は、「映画を撮りたかったヘンリさんと、映画制作が頓挫しそうな中村監督」二人のドキュメンタリーになっていました。ドキュメンタリー映画は、俳優が役を演じる映画よりずっと撮影する側の思いが映り込んでしまうもの。いや、むしろそうでなければ面白くない。

下手なドラマ映画を見るより、ドキュメンタリーのほうが面白い。『禅と骨』はそう思わせてくれる映画なのです。

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)

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