『おクジラさま ふたつの正義の物語』
(c)「おクジラさま」プロジェクトチーム
9月9日(土)より、ユーロスペースほか全国順次ロードショー

『ザ・コーヴ』より、この作品にこそオスカーを!? 捕鯨論争に新たな光を当てる『おクジラさま ふたつの正義の物語』

コラム

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文=平辻哲也/Avanti Press

10年ほど前、仕事先のポルトガル・リスボンで闘牛を見たことがある。衆人の前で、牛を殺すなんて……と気が進まなかったが、ポルトガルの闘牛はスペインと違って牛を殺さないと聞き、出かけたのだ。ポルトガルでは、闘牛士対牛の1対1の闘いではない。まず馬に乗った闘牛士が6本の槍を刺して弱らせた後に、5、6人の男が出てきて、角を押さえ込み、牛を退場させて終了となる。

闘牛は全部で6セット。深夜1時まで及ぶらしい。進むにつれ、スター闘牛士が登場するそうだが、ブロンド美女が登場した2つ目を見たところで逃げ出した。殺さないとはいえ、血は流れる。闘牛士といえば、勇敢というイメージだったが、実際は牛1頭に、複数の人間が向かっていく見世物で、残酷に見えた。少なくとも、日本人の感覚とは少し違っていた。

意見が異なる関係者を6年間かけて取材

闘牛には今、動物愛護の観点から批判が出ている。しかし、それよりも遥かに世界で注目を集めているのが捕鯨問題だ。和歌山県太地町でのクジラ漁の実態を描いたドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』は2010年の米アカデミー賞ドキュメンタリー部門を受賞し、さらなる議論を呼んだ。その『ザ・コーヴ』とはまったく違うアプローチで描いているのが、『おクジラさま ふたつの正義の物語』だ。

『おクジラさま ふたつの正義の物語』より、外国人による反対運動

監督・プロデュースは、現代アートをこつこつ収集してきた郵便局員と図書館秘書の米老夫婦を追ったドキュメンタリー映画『ハーブ&ドロシー』(2008年)で知られる、NY在住の佐々木芽生(めぐみ)氏。ドキュメンタリー映画の監督作としては『ハーブ&ドロシー2〜ふたりからの贈りもの』(2013年)に続き、3作目となる。『ザ・コーヴ』論争渦中の2010年秋に太地を訪れ、約6年間かけて、意見が異なる関係者を丁寧に取材。捕鯨派と反捕鯨派のそれぞれの主張を見せ、その間に横たわっているものは何かを提示する。

“捕鯨=悪”の前提で製作された暴露映画だった『ザ・コーヴ』

2つの“正義”はまず、呼び名から違っている。『ザ・コーヴ』では「イルカ」と表現されているが、太地の漁師は「クジラ」と呼ぶ。イルカは数多いクジラでも小型の種を指す。豚、牛、鳥などほかの動物は食用に屠殺されているのに、なぜクジラを殺してはいけないのか?

『ザ・コーヴ』に出演し、往年の人気テレビドラマ『わんぱくフリッパー』の元イルカ調教師リック・オバリーは言う。「イルカだけを特別扱いしているわけではない。たまたま私がイルカと特別な関係があるだけ。なぜなら、『わんぱくフリッパー』という人気テレビシリーズでイルカの娯楽産業を築いてしまったから」。“イルカ漁”は、ショー向けに生け捕りされ、高値で売られていることも問題だという。

一方、太地の漁師たちはクジラ漁は生活の糧であり、400年に及ぶ伝統の中でクジラと共生してきたという。その町民の中でも、クジラ漁を否定しないが、自分では食べない、という人もいる。「だって、うまくないからさ」。筆者が小学校時代を過ごした1970年代には学校給食の中でも、クジラ肉が出されてきた。クジラは日本人の食生活に身近な存在だったが、それも崩れてきている。

『おクジラさま ふたつの正義の物語』より、太地町の捕鯨漁師たち

『ザ・コーヴ』は、日本人としては不愉快な作品だったが、テクニカルな部分には感心するものがあった。太地の漁師たちが屠殺の現場を隠そうとするのを、撮影隊はあの手この手でクリアしようとしてみせる。スパイ・アクション『ミッション・インポッシブル』のような“演出”は見事だった。海が血で真っ赤に染まる光景を見れば、多くの人がクジラ(イルカ)を食べるのをやめようと思うだろう。ただ、漁師への取材は「一応、公平に取材しましたよ。断られたけども……」というアリバイ作りに終わっていて、一面的だ。もちろん、“捕鯨=悪”の前提で製作される映画に、太地の漁師が協力するわけもない。結局はセンセーショナルな暴露映画ではなかったか。

ふたつの正義が交わったグレーの中にこそ未来が!?

一方、『おクジラさま』に登場する漁師に、『ザ・コーヴ』で「残酷」「野蛮」「悪魔」と言われた顔はない。家族思いで穏やか。荒ぶる海に向かう男たちの素顔である。映画では反捕鯨派と地元漁師のほかに、第三者も登場し、“2つの正義”はさらなるカオスを迎える。街宣車に乗って、「もしイルカ・クジラ漁を中止したいなら、和歌山県知事と話し合いをすべきです。わたしが和歌山県庁に案内します」と片言の英語で呼びかける地元団体の男性だ。さらには、元AP通信記者の米国人ジャーナリスト、ジェイ・アラバスター氏という人物も出て来る。

『おクジラさま ふたつの正義の物語』より、元AP通信記者でジャーナリストのジェイ・アラバスター氏

アラバスター氏は『ザ・コーヴ』をきっかけに社命で太地を取材し、地元漁師の敵対な反応に驚いた。本当に漁師を理解するためには、そこで生活しないとダメだと移住をする。やがて、批判を浴びる漁師たちに同情し、シーシェパードの巧妙な宣伝方法を解説し、「太地の漁師ももう少し情報発信したら、どうか」との助言も与える。佐々木監督は、自身の考え方を前面に出すことはなく、あくまでもフェアに、真摯に見せようとするが、アラバスター氏の姿勢にはシンパシーを持っているのだろう。

多分、闘牛や捕鯨問題の是非に終わりはない。人々は物事に白黒つけたがるが、実際の世の中はそんなに単純ではない。どちらも正しい。ふたつには、違う文化と“正義”がある。そのふたつが交わったグレーという考え方もあるのではないか。そんなふうに言っているようにも思える。現に、佐々木監督はラストに、太地町の未来像もほんのり見せてくれるのだ。

『ザ・コーヴ』にオスカーをあげたくらいなら、この『おクジラさま』にもあげるべき。少なくとも、『ザ・コーヴ』に一票投じた米アカデミー会員には見てほしいと思うのだ。

『おクジラさま ふたつの正義の物語』より、イルカ漁を監視するシーシェパードの活動家

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)

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