ドラマ「ぼくらの勇気 未満都市」(日本テレビ系)がスペシャル版で放送されるなど、結成20周年を迎え活動が活発化している「KinKi Kids」。今や多くの人に認知されたグループ名となっているが、名前が決まった時は「俺ら終わったな……。」と落胆していたのだとか。名前に関するユニークなエピソードを持つジャニーズグループを紹介しよう。

人気グループ誕生の裏にあるさまざまな候補名たち

そもそもKinKi Kidsというグループ名も、紆余曲折を経て決定したという。もともと二人は光GENJIやSMAPのバックダンサーをしており、その当時は正式なグループ名が決まっていなかったそうだ。そのため二人の名字である「堂本」や、出身地である「関西」を使った「ジャニーズ関西組」「堂本ブラザーズ」「W堂本」などが候補名としてあり、1992年「NHK紅白歌合戦」にSMAPのバックダンサーとして出演した際には、「KANZAI BOYA(カンサイボーヤ)」と紹介されたこともあるようだ。

1999年にデビューした「嵐」にも、「?(クエスチョンズ)」といった候補名があったことを、2016年放送の「ぴったんこカン・カン」(TBS系)にてメンバーの松本潤が語っている。結果「芸能界に嵐を巻き起こす」という意味から、「嵐」となったが、最初は「何で漢字なんだろう」「嵐って……」など、メンバーにはいろいろと引っかかりがあったようだ。ちなみに、当時メンバーたちは名前の由来を答えられるよう練習させられていたのだとか。

また、嵐(ARASHI)の頭文字である「あ」や「A」が、五十音やアルファベットで一番最初にくる文字であることから、嵐には「必ず1番になる」という意味もあるようだ。当時ハワイ沖の船上で行われた派手なデビュー会見も、こうしたトップを獲るという熱があったからこそなのかもしれない。

ナナメ上を行くネーミングにメンバーも困惑?

ジャニーズのグループ名には、「タッキー&翼」や「KAT-TUN」のように、メンバーの名前をもとに付けられたものも多いが、こうしたパターンの中にも、メンバー達を困惑させたグループ名があったようだ。

デビューを果たさずに解散してしまった幻のグループ「田組」もその一つだという。田組にはKis-My-Ft2の宮田俊哉が所属しており、他にも江田、黒田など名字に「田」がつくメンバーで構成されていた。宮田自身も田組のエピソードをたびたび披露している。例えば、同じKis-My-Ft2の北山宏光が、名字に「た」がつくだけでメンバーに加入させられたり、後に「田んぼ組」に名前が変わる危機もあったとのことを、6月12日放送の「Momm!」(TBS系)にて語っていた。このグループ名に対しては先輩たちの反応も微妙だったようで、嵐のバックダンサーを務めた際に松本潤からも「さすがに売れないだろ」と、ダメ出しを受けたと宮田は振り返っている。

こうしたグループ名は、ジャニー喜多川社長により命名されるといわれている。結成時はメンバーも首をかしげるほどにおかしな名称でも、のちに違和感なく定着してしまうのは、社長の独特なセンスの賜物なのかもしれない。

(文/相場龍児)