文=皆川ちか/Avanti Press

アクションからサスペンス、ミステリーにノワールと、ジャンル映画が充実している韓国映画界。しかし意外なことに“ゾンビ”を題材にした映画は、これまでほとんど作られることがなかった。そんな韓国で昨年、突如として現れ、2016年度の興行収入ナンバー1ヒットを記録。もしも高速鉄道の車両の中にゾンビが紛れ込んだら? という究極の密室を舞台にしたゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』が日本に上陸する。

ソウル発、プサン行きの高速鉄道KTXに乗り込んだファンドマネージャーのソグと、幼い娘スアン。同じ列車に乗り合わせたのは、ひげクマ系の中年男サンファと、その身重の妻ソンギョン。野球部員の高校生ヨングクとガールフレンドのジニ。そこへ謎のウイルスに感染してゾンビ化する直前の女性がKTX内に紛れ込み、車内にて発症。次々と乗客に襲いかかり、列車内は瞬く間に修羅場となる……。

左から野球部員の高校生ヨングク、ひげクマ系の中年男サンファ、ファンドマネージャーのソグ

本作におけるゾンビは、2000年代のゾンビ映画のスタンダードとなった、走るタイプ、すなわち“ダッシュ型”だ。俊敏な野生動物並みの身体能力をもち、加えてすさまじく狂暴。しかも場所が場所なだけに、登場人物たちは一方通行の横スクロール方向にしか逃げることができない! 途中駅で停車しても、そこにはやはり感染者の群れが待ち構えていて、下車することもできない! かろうじて治安がまだ維持されている終点のプサン駅までは2時間40分もかかる!

韓国ならではの感情や特徴が、そこかしこから垣間見える

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そんな絶体絶命状況の中で、ある者は共闘し、ある者はひたすらパニックに陥り、ある者は安全な車両を独占する。生き延びるために他者を蹴落とす人間がいる一方で、自らの命も顧みず他者を助けようとする人間もいる。極限状況では、その人間の本質がむき出しになる。社会的な身分も立場も剥がされたときに残るのは、ただひとつ、人間性だけ。ゾンビ映画やパニック映画など、平常ならざる異常な状況を背景にした物語では必ず描かれるこの鉄則に加え、韓国ならではの感情や特徴が、そこかしこから垣間見える点も興味深い。

ウイルスに感染した姉を見捨てられずに、痛ましい選択をとる老女から伺える家族間の絆や血族意識を重んじる国民性と“恨”の感情。非常事態であるにも拘わらず、年長者の命令には絶対服従してしまう乗務員の関係から浮かび上がる心身に染みついた“儒教精神”。そして男性の大半が軍隊経験者である国だからなのだろうか、ゾンビたちとの肉弾戦では一見普通のおじさんであるサンファもソグも意外なほどの格闘能力を発揮して、“ダッシュ型”ゾンビたちと充分互角に渡り合う。

そもそもゾンビという大いなる厄災から逃れて人々がソウル(北部)からプサン(南部)へ逃げるというストーリー自体が、朝鮮戦争での避難のメタファーと読み解くことも可能な設定といえないだろうか。ゾンビ作品のもつ普遍的なテーマと韓国的な要素がみごとに絡み合って、娯楽映画であると同時に現代韓国の抱える問題までも浮き上がらせる社会派映画でもあるのだ。

ゾンビと闘うことによって、人間性を取り戻していく

そして、主人公ソグがゾンビとの死闘を通して成長してゆく姿が実にリアル、かつ感動的だ。仕事にかまけて家族を顧みず、妻との関係が破たんし、愛娘からも距離を置かれ、それも納得という感じの傲慢さを車内でも振りまいていたソグ。しかしサンファと協力してゾンビに立ち向かい、娘スアンを命懸けで守っていくうちに、内面がどんどん変化していく。他者を助け、他者を信じることを知る。

非人間的な人物が、ゾンビと闘うことによって、人間性を取り戻していく――本作は、ゾンビ映画の可能性はまだまだ無限であることに気づかせてくれる作品だ。