『アウトレイジ 最終章』10月7日(土)全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
(c)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

“世界のキタノ”の集大成!?叙情と暴力衝動とエンタメ性が融合した『アウトレイジ 最終章』

コラム

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文=平田真人/Avanti Press

その昔、いや、昔と言っても1960〜70年代なのだが(十分に昔か!)、高倉健の任俠モノや『仁義なき戦い』(1973〜1974年)シリーズの上映館からは、健さんや文太に影響された野郎どもが肩で風を切って歩き、「〜じゃけえのう」と広島弁をつぶやきながら、こぞって出てきたと聞く。

もう少し後の1980年代だと、『ビー・バップ・ハイスクール』シリーズ(1985〜1988年)でも似たような現象が見られた。「シャバいのう、おうシャバ僧」なんて言いながら、トオルとヒロシになりきる中高生が続出。まぁ言ってみれば、ほんのつかの間アウトローを気取ってみたいオトコ心……ある種のダンディズムみたいなものだったりするわけだ。

思わず台詞を真似たくなるバイオレンス・ムービーの系譜

『アウトレイジ 最終章』10月7日(土)全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
(c)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

その系譜を継ぐバイオレンス・ムービーを挙げるなら、北野武監督・ビートたけし主演の『アウトレイジ』シリーズ(2010年)を置いて、ほかにはない。劇中のセリフには、ほぼほぼ文末に「コノヤロウ」やら「バカヤロウ」といった罵り言葉が付け足され、ケンカ腰で会話が進められていく。そのサブリミナル効果なのか、無性に鑑賞後「〜っつってんだろ、コノヤロウ」「うるせえんだよ、バカヤロウ」と、悪態をつきたくなるのだ。

そんなふうに、到底まともじゃない会話がエスカレートした挙げ句、暴力に発展していく──というのが、作品内で確立されているパターン。つまり、最初っから話なんて通じないに等しい。よって、暴力と裏切り、騙し合いに成り上がりの連鎖が『アウトレイジ』の世界観を形成する下地になっている。「全員悪人」のキャッチに偽りナシ、逆に清々しいくらいバイオレンスの応酬が、終わりなきループのごとく繰り返されていく。その三部作を締めくくる完結編『アウトレイジ 最終章』(10月7日公開)が、満を持して世に放たれるのを機に、シリーズの魅力と新作の見どころを掘り下げていこうと思う。

最終章で描かれる武闘派主人公・大友の落とし前

『アウトレイジ 最終章』10月7日(土)全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
(c)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

ここで、簡単にストーリーのおさらいを。ビートたけし演じる大友は、関東を仕切る山王会の三次団体組長ながら、規模こそ小さいものの武闘派かつ昔かたぎの任俠として一目置かれてきた。だが、上からの理不尽な命令や厄介な仕事をこなしているにもかかわらず、破門の憂き目に遭う。大友の子分たちも、ある者は裏切ってのし上がり、ある者は無残な死を遂げる。

そんな中、大友を翻弄してきた山王会上層部でも、内部抗争や関西最大規模の花菱会の進出によって、パワーバランスが崩壊。大友は韓国系のマフィアに身を寄せ、自分を裏切り、蹴落とした連中への復讐を果たしていく……というのが、第2作『アウトレイジ ビヨンド』(2013年)までの流れだ。

本作『~最終章』は、韓国の済州島へ渡っていた大友と、花菱会で新たにのしあがってきた幹部の花田(ピエール瀧)が揉めたのを機に、大友のバックにつく日韓を牛耳る国際的フィクサー・張会長(金田時男)と花菱会の全面戦争が勃発。と同時に、花菱会内部の卑劣な跡目争い、そして大友なりの落とし前のつけ方が描かれる。 

初期の傑作『ソナチネ』を彷彿とさせる寂しさと叙情性

『アウトレイジ 最終章』10月7日(土)全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画/オフィス北野
(c)2017『アウトレイジ 最終章』製作委員会

シリーズの代名詞でもあるバイオレンスに裏切り、騙し合いはもちろん健在。当然、名物たる「バカヤロウ」と「コノヤロウ」も、随所で耳にすることができる。だが、前2作までと……どこか雰囲気が異なっているのだ。突き抜けた暴力描写を徹底した結果、どことなく笑いのエッセンスを感じさせていたのに対し(そういったシーンもあるにはある)、『〜最終章』には血で血を洗う世界でしか生きることができない者たちのもの悲しさ、うら淋しさといった叙情性が漂っている。

また、真っ青な空と海(キタノブルー!)をバックに、たけしがたたずんでいる構図や、大勢を相手に銃を乱射するシークエンスから、初期の傑作『ソナチネ』(1991年)を彷彿とさせ、業を背負って生きる(あるいは、死に場所を探している)大友の悲哀を際立たせてもいる。

そのトーンの変化こそが、完結編におけるトピックと言えるだろう。ある種、原点回帰とも言える“初期衝動”への帰結によって、単に過激度を増すにとどまらず、アウトレイジ=外道たちの末路と、なおも理不尽な世の中の仕組みをあぶり出す力作を生み出すにいたった手腕は、さすがのひと言。もっとも、北野監督にしてみれば「そんなたいそうなもんじゃねえよ、コノヤロウ!」といったものかもしれないが──。

いずれにしても、悪人どもの暴発と暴走の果てを、しかと見届けてほしい。

記事制作 : Avanti Press(外部サイト)