女子大生の真塩美唯が、2017年の現在からバブル末期の1991年にタイムスリップ。両親の仲をとり持つために若き日の母親とアイドル・グループ、ASG16を結成。AKB48の曲を歌って父親を母親に振り向かせる——。そんなSFラブ・コメディ映画『リンキング・ラブ』が、10月28日から公開される。

ASG16は劇中で「恋するフォーチュンクッキー」の披露も

名作映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を彷彿とさせるこの映画は、萩島宏平によるネット小説「Linking Love」を実写化したもの。劇中にも『バック〜』のオマージュ的な展開や場面が盛り込まれている。

監督は映画『デスノート』や映画『スキャナー 記憶のカケラをよむ男』などで知られる金子修介。AKB48の田野優花が映画初主演を果たし、母親の真塩由美子役にはバラエティ番組「LIFE!~人生に捧げるコント~」(NHK)にもレギュラー出演する石橋杏奈。若き日の父親、茂手木健一郎は、ドラマ「愛してたって、秘密はある。」(日本テレビ系)の白洲迅が演じている。

美唯は大学2年生。AKB48のオーディションに落ちるなど不運が続く中、今度は両親が離婚の危機。イライラが募り、両親に対する不満をラップにしていると、部屋の片隅にあったランプから守護神が登場し、彼女を両親がまだ学生時代の1991年にタイプスリップさせてしまう。そこで出会った両親は、付き合ってはいるものの微妙な関係。美唯は、アイドルオタクである父・健一郎の母・由美子に対する気持ちを確かなものとするため画策し、由美子やその友達とASG16を結成するが……。本作は、タイムスリップ作品らしく二転三転するストーリーも楽しめるが、ASG16によるAKB48の「フライングゲット」「恋するフォーチュンクッキー」など4曲の歌とダンスも見どころとなっている。

アイドルにとって氷河期だった1990年代前半

実際にはあちこちでバブル崩壊が表面化していたものの、時代の空気がその後の平成不況に対してまだ楽観的だった1991年。映画はボディコン、ワンレングス、アッシー君/メッシー君、月9ドラマ「東京ラブストーリー」など当時の世相や流行を反映しながら、アイドルにとって氷河期だった時代に奮闘する美唯たちの姿が描かれている。

もちろん当時もWINKや、おニャン子クラブを生んだ「夕やけニャンニャン」の後継バラエティ「パラダイスGoGo!!」(フジテレビ系)発のCoCo、ribbonといったアイドルは存在した。だが、普通の女子高生をアイドルに仕立てたおニャン子が1987年に解散して以降、手が届きそうな存在としてのアイドルの人気は下降線をたどっていく。

劇中にもCoCo、ribbonを思わせるCoCo RIBBONという5人組が登場するが、由美子の親友、寺島弘美(増田恵梨菜)の言葉を借りるならば「アイドルって昭和の名残というか、痛いというか……」というのが、アイドルに対する一般的な意見だったと言える。

映画のテーマは寄り添うこと!?

そんな時代にあり、今作にはAKB48についてなるほどと思わせるこんなシーンがある。ASG16のステージを初めて観たアイドルオタク(加藤諒)が、「おニャン子クラブが過激になって復活だ!」と叫ぶ場面だ。

それこそおニャン子もAKB48も秋元康がプロデュース。“手が届きそうな存在としてのアイドルの究極型”がおニャン子だとすれば、時代がひと回りする中、秋元はそのコンセプトを劇場公演や握手会で“会いに行ける”アイドルへとアップデートした。そう考えれば、思わずニヤリなセリフだ。それだけにASG16がAKB48の数ある代表曲の中からあえて「制服が邪魔をする」を歌うのも、おニャン子が「セーラー服を脱がさないで」で一世を風靡したからこそのセレクトに違いない。

映画の舞台である1991年から14年後、AKB48は2005年に結成。アイドルを前面に押し出し、その後の音楽界を席巻。AKB48総選挙や48グループ内での組閣などでアイドルそのものを完全に劇場化したと言える。受け手側も彼女たちが繰り広げるリアリティショーに接し、よりアイドルという存在に感情移入。親や親戚目線でアイドルに“寄り添う”ように、彼女たちの成長過程を応援するといったファンのスタイルも出来上がっていった。

そして映画自体もキーワードは“寄り添う”ことだったりするが、さらなる説明はネタバレにも繋がるのでここまで。美唯の両親はAKB48の佳曲、好曲に後押しされて心を通わせ、“寄り添う”(結婚する)ことができるのか。それは実際に劇場に運び、「恋する〜」の前向きな高揚感を絵に描いたような時代の雰囲気とともに、2人、ひいて美唯の未来を確認してほしい。

劇中、AKB48の楽曲、ASG16の存在は、人々に勇気を与え、自分を見つめ直すきっかけにもなる。そういった意味では、夢を与える存在としてのそもそものアイドル像に改めて気づかされる場面も少なくない。バブル時代にAKB48はありだ。

(文/兒玉常利@アドバンスワークス)