2016年、東京国際映画祭で審査委員特別賞と最優秀女優賞をダブル受賞し、翌年、北欧最大の映画祭であるヨーテボリ国際映画祭で最優秀ノルディック映画賞を獲得した『サーミの血』。他にも世界各国の映画祭で絶賛された本作は、北欧スウェーデンの美しい自然を舞台に描かれる、先住民族サーミ人の少女の成長物語です。

人種差別の不条理に抗い、運命を自らの手によって切り拓こうと奮闘する凛々しい乙女の姿に、あなたは何を感じ取るでしょうか。国も民族も言語も越えて心を揺さぶる感動作が、いよいよ日本でも公開されました。

北欧の少数民族サーミ人とは

(c) 2016 NORDISK FILM PRODUCTION
『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

サーミ人は、ノルウェー、スウェーデン、フィンランド3国の北部と、ロシア北部のコラ半島にまたがる「ラップランド」と呼ばれる地域に暮らす先住民族です(ちなみに「ラップランド」とは“辺境の地”という意味の蔑称であり、彼ら自身は、サーミ、あるいはサーメと呼びます)。

彼らは独自の言語、サーミ語を話し、居住する地域によって、山岳サーミ、森林サーミ、海岸サーミ、などに類別されます。本作の主人公たちと同じ山岳サーミや森林サーミは、捨てるところのない万能の資源であるトナカイを飼育しながら、大自然の中で狩猟・遊牧生活を営んでいます。

支配と差別による苦難の歴史

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『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

サーミ人はスカンディナヴィア半島および、コラ半島の古い先住民族で、ゲルマン民族が強制支配を行う1000年以上前からこの地域に暮らしていました。13 世紀、北欧一帯に「国家」の概念が生じると、サーミ人たちは強制的にゲルマン系征服者らの支配体制下に置かれるようになり、“ラップ税”と呼ばれる特殊な税金を納めることを強いられました。17世紀頃になると、定住農民化することを選択した一部のサーミ人はこれを免除されるようになりますが、伝統的な狩猟・遊牧生活を頑なに守ったサーミ人たちは相変わらず徴税の対象となりつづけました。 この措置は、北欧諸国家にしてみれば、トナカイ遊牧と狩猟を営む異質な文化・生活様式を維持するサーミ人こそ「異民族」、すなわち自分たちにとっての差別対象である、という偏見を社会に植え付けるための手段だったのです。

19世紀に入ると、サーミ人はロシアの統治下において、納税の義務を課されながら、議会に参加することは許されないという差別的待遇を経験します。代表のいない議会においてサーミ人の権利が勝手に議論され、その結果、サーミ人による土地や水の使用権利は無視される事態となるのです。さらに、スカンディナヴィア人による狩猟動物の乱獲により、サーミ人の経済的基盤は完全に破壊され、“ラップ税”の納税が不可能となりました。こうして1924年、税制度は完全に廃止され、同時にサーミ人たちの権利は急速に縮小していったのです。

“打破”と“開拓”の物語

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『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

映画の主な舞台は、それからほんの暫くの時間が経過した1930年代のスウェーデン。当時はサーミ人の歴史において、最も苦しい時代だったと言っても過言ではありません。彼らは他の人種より劣った民族として、多くのスウェーデン人(ゲルマン系住民)から差別的な扱いを受けました。

本作の主人公は、サーミ語を禁じられた寄宿学校に通う少女エレ・マリャ。勉強熱心で優秀な彼女は進学を望みますが、教師は冷酷にも、「あなたたちの脳は文明に適応できない」と告げます。そんなある日、エレはスウェーデン人のふりをして忍び込んだ夏祭りで、都会的な少年ニクラスと出会い恋に落ちます。トナカイを飼い、テントで暮らす生活からどうにかして抜け出したいと願っていたエレは、彼を頼り、街に出て、様々な困難に見舞われながらも自らの未来を勇敢に切り開きます。

「サーミの血」が流れるアマンダ・シェーネル監督

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『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

そんな本作監督のアマンダ・シェーネルは、スウェーデン人の母親とサーミ人の父親の元に生まれた「サーミの血」を引く人物です。自身のルーツを題材とした短編映画を撮影したのち、同じテーマを扱う本作で長編映画デビューを果たしました。

シェーネルいわく『サーミの血』は、「故郷を離れた者、留まった者への愛情を少女エレ・マリャの視点から描いた物語」なのだそうです。本作の制作にあたり、監督の念頭には、「多くのサーミ人が全てを捨ててスウェーデン人になったが、彼らは本当の人生を送ることができたのか」という疑問があったそうですが、その答えは映画のラストシーンにおけるエレ・マリャの表情から汲み取ることができるように思います。

南サーミ語を話せる女優、スパルロク姉妹

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『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

主演のレーネ=セシリア・スパルロクは、1997年生まれのサーミ人女優です。南サーミ語を話すことのできる貴重な役者を探していたシェーネル監督に、その才能を見出されました。
本作が映画初出演というレーネですが、その演技を超越した凛々しく美しい佇まいは高く評価され、東京国際映画祭では最優秀女優賞を受賞しています。「ニューヨークタイムズ」紙は、“強力な新人レーネ=セシリア・スパルロクは台詞が必要ないほどの豊かな表情をみせた”と彼女の魂の底から溢れ出る感情の表現を称えました。

また、映画の中で主人公エレ・マリャの妹、ニェンナ役を好演しているミーア=エリーカ=スパルロクは、レーネの実妹で、過去に映画出演の経験をもつ実力派です。スパルロク姉妹は現在もノルウェーで、物語に描かれた姉妹と同じように、家族と共にトナカイを飼育しながら生活しています。

色鮮やかな民族衣装コルトと、畏怖の念を湧き起こす即興歌謡ヨイク

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『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

スパルロク姉妹の醸し出す清廉な空気感も然ることながら、正確に再現されたサーミ人の民族衣装や歌謡もまた、本作を特徴づける見どころのひとつです。

映画の中でひときわ鮮烈な印象を放つ色彩豊かな彼らの民族衣装は、名称を「コルト」(Kolt)といいます。フェルト地で作られるこの上着は、デザイン、地色、飾り付けの違いによって、それを着ている人がどの村の出身であるのか概ね判別できるという、まさに身にまとうプロフィールのようなものなのです。サーミ人の近代化が進むにつれ、コルトを製作できる人の数は減少の一路をたどっていましたが、「民族的なもの」が再び見直されつつある昨今、再び民族衣装を積極的に身に付けていこうという潮流が生まれています。

また、劇中において聴かれるサーミ人の神秘的な歌謡は、彼らの自然観・宇宙観と触れ合って誕生した「ヨイク」 (Yoikあるいはjuoiggus)と呼ばれる即興歌です。ヨイクは、サーミ人が自然界とコミュニケーションを図るために不可欠のものです。天体、山、川などの成立に関する物語を謡うこともあれば、それらへの賛美や感謝を謡うこともあります。自然界に対してのみならず、赤ちゃんの誕生を祝福して謡われたり、一人でトナカイが引くソリに乗ったとき、その孤独を癒すためにも謡われたりします。

大蛇がうねうねと地や空を渡るような独特の響きに身を浸していると、魂が揺さぶられ、自然への畏怖の念が湧き上がり、宇宙と一体となるような不思議な安心感を感じることができます。

(c) 2016 NORDISK FILM PRODUCTION
『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

今では福祉制度が充実し、“理想的社会”とうたわれるスウェーデンのような国にも存在する人種差別の歴史、そして虐げられた人々がそれぞれの信念のもとに行ってきた“現状の打破”と“未来の開拓”……本作は1930年代のスカンディナヴィア半島を舞台としていますが、特定の人種・思想・文化の排斥に関する問題は、どの時代にも、どこの地域にも、どのような環境にも生じるものです。規模の大小はあれど、私たち自身にもきっと心当たりのある問題だと思います。

美しさと厳しさを湛えたラップランドの大自然、サーミ人姉妹のたくましさと清らかさ、ため息の出るような映像美、大地を震わせ魂を揺さぶるヨイクの神秘の歌声。スクリーンから溢れ出るすべてのものに、私たちの感性は刺激され、異文化理解の意味とこれからの世界のあり方について様々なことを思考するでしょう。

『サーミの血』(2016年)は、2017年9月16日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか全国順次公開。

(桃源ももこ@YOSCA)