ハリウッド映画『終戦のエンペラー』(2013年)で演じたヒロイン・アヤの凛とした美しさが、強烈なインパクトを残し、絶賛された初音映莉子。そんな彼女が角田光代の同名小説を映画化した『月と雷』(10月7日公開)で4年ぶりに映画に出演を果たし、またもや絶賛級の演技を披露しています。

クールビューティなイメージを持つ初音ですが、本作では、心に傷を持つ等身大な主人公・泰子を熱演。トラウマを抱えていた泰子がある男と出会い、変化していく様子を丁寧に演じ、堂々としたヒロインぶりを見せつけています。

日常の中に潜むさまざまな人間模様をリアリティ豊かにつむぐ角田の作品は映画化され、そのたびに出演女優たちの新たな一面が高く評価されてきました。角田原作映画はなぜこんなにも女優を輝かせるのでしょうか?

空虚な心を抱えるネガティブなヒロイン像

(C) 2012 角田光代/中央公論新社  (C) 2017 「月と雷」製作委員会

『月と雷』で初音演じる主人公・泰子は、幼少の頃、父親の愛人・直子とその息子・智(さとる)に家族を壊され、それ以来、普通の人間関係を築くことができないと思い込んでいる女性です。“普通の家庭”に憧れ、たいして好きでもない男性と婚約しているのですが、そんな折、何の前触れもなく智が泰子を訪ねてきます。

20年前、母の居なくなった家に転がり込んできて、半年間だけ暮らし出て行った直子と智。泰子は、だらしなくていい加減だったけれど、楽しかった彼ら親子との生活を懐かしく思い出します。その一方で、泰子の大切な“普通の生活”をめちゃくちゃにして突然いなくなった2人を恨む気持ちもあるのです。

角田原作映画に登場するヒロインは、宮沢りえが横領犯を演じた『紙の月』(2014年)や小泉今日子が家族の呪縛に囚われた主婦を演じた『空中庭園』(2005年)など、みな空虚な心を抱えています。そのぽっかり空いた穴を埋めるためにあがく様子や、心の動きをつぶさに描写するネガティブなストーリーテリングは、角田小説の持ち味の一つ。演じる役者の表現力が必須となる難しい役どころであることは間違いありません。そのプレッシャーを跳ね除け、初音はトラウマを抱える泰子の揺れる心を情感豊かに表現するなど、体当たりの演技で魅了しています。

ある男性との出会いがきっかけで、それまでの自分の殻を破る

(C) 2012 角田光代/中央公論新社  (C) 2017 「月と雷」製作委員会

角田原作映画では、それまでの自分を変えるきっかけとして、1人の男性との出会いが演出されることがあります。本作でも人生すべてに対して諦めモードだった泰子が、離れて暮らす母親を探そうと思い立つきっかけとなったのは、大人になった智との出会いです。20年のタイムラグを感じさせることなく、すぐに泰子と打ち解ける朗らかで無邪気な智。智と体を重ね、束の間の安心感を手に入れた泰子は、ようやく過去の自分と対峙する勇気をもらいます。

しかし智は、幼い頃から地域を転々とする生活を送ってきたために、1カ所でずっと暮らすという当たり前の生活を送ることができないダメ男。同様に『紙の月』で主人公(宮沢りえ)が顧客の預金を横領するきっかけとなった年下の恋人(池松壮亮)や、『真昼の花』で森下千里演じる無一文の主人公に声をかける謎の男(黒田アーサー)など、どの男性もおよそ本命の恋人という頼りにできる関係ではなく、ヒロインの人生にほんの一瞬通り過ぎるだけの人物ばかりです。

このような男性たちばかり登場させるのは「自分の人生は、自分でどうにかするしかない」という角田からの女性に対するメッセージなのではないでしょうか。だからこそ、たとえどんな結果になっても自分の力で選択し続けるヒロインに女性は共感し、応援したくなるのかもしれません。

母と娘の間に横たわる複雑な感情を生々しく描写

(C) 2012 角田光代/中央公論新社  (C) 2017 「月と雷」製作委員会

また、角田原作映画では母と娘の間に存在する、一言では言い表せないような感情も生々しく描かれます。本作には、家族を捨てて出ていった母と、父親の愛人であり、半年間母親がわりを務めた直子という2人の女性が登場。泰子はなぜ幼い自分が置きざりにされたのか、理由を見つけるために母親、そして直子を探すことになります。

草刈民代演じる直子は、昼間から酔っ払い、男から男へ渡り歩く“根なし草“のような女性。泰子が理想とするような普通の生活とはかけ離れた日々を送ります。『八日目の蝉』で井上真央が演じた幼い頃に誘拐された経験を持つヒロインと、永作博美扮する育ての親であり誘拐犯の関係のように、ある種の気まずさや、軽蔑、愛などさまざまな感情が2人の間には横たわっています。しかし、直子は疑似母として泰子の長年の疑問にヒントを与えていきます。

奇しくもこれまで映画化されてきた角田作品は、いろいろな事情を抱える女性がどのように生きて行くのかという“人生の選択”を描いたものばかり。「将来への不安や満たされない思い」という現代女性なら誰しも感じたことのある、ある種の葛藤や母娘の複雑な感情などをリアルに切り取り、女性に寄り添うヒロイン像が絶大な支持を受けています。

角田原作映画がヒロインの女優を輝かせるのは、決して幸福とは言えない状況の中でも、懸命に生きようとする主人公の生き様がリアルに描かれるから。その等身大の奮闘が、観る者にしみじみとした感動を与えてくれるんですよね。

(文/足立美由紀・サンクレイオ翼)