文=平辻哲也/Avanti Press

秋も深まってくると、じっくり観られる良質な映画が増えてくる。蒼井優、阿部サダヲ主演、白石和彌監督の『彼女がその名を知らない鳥たち』も、その一つだ。「共感度ゼロの最低な男と女が辿り着く“究極の愛”とは」がキャッチコピー。自堕落なヒロイン・十和子と、15歳上のダメ男・陣治の異色ラブストーリー。ダメ男は、なぜヒロインに尽くすのか? 究極の愛とはなにか? 普通なら女性ライターが取り組みそうなこのテーマに、今回は“映画は1人で観る派”48歳男性ライターが挑んでみる。

 私利私欲を捨て相手のために尽くす。それが愛だ!?

「究極の愛」。インパクトがあって、とても便利な言葉だ。映画界は特に簡単に使いたがるような気がする。愛というのは“究極”なんだと、オッサンは勝手に思っている。相手を思って、私欲を捨てて、相手のために尽くす。それが愛だ。「愛が足りない」とも使われるが、足りないのではない。そもそも、それは愛ではないのだ!

冒頭から熱く語ってしまったが、まずは、“カノ鳥”がどんな物語かを紹介しよう。十和子は、15歳上の同居人の稼ぎに頼り、団地の部屋でレンタルDVDを観て一日を過ごしている。さんざんDVDを楽しんだ挙句、レンタルビデオ屋に「観られなかったんだけど……」と文句を言い、その店員の対応に揚げ足を取って、何か得をしようとするクレーマーなのだ。

『彼女がその名を知らない鳥たち』10月28日(土)新宿バルト9他全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

そんな十和子のことを、とことん愛しているのが15歳上のダメ男・陣治。ブルーワーカー、無精髭のさえないオッサン。まっすぐ団地に帰ると、甲斐甲斐しく世話を焼こうとするが、十和子からは「触るな!」と拒絶される。唯一のふれあいは、寝る前のマッサージだけ。実は、十和子には好きな男がいた。8年前に別れたハンサムな恋人、黒崎(竹野内豊)だ。彼女はその思い出の中で、今も人生を生きているのだ。

ミステリー作家・沼田まほかる×実録クライム映画の鬼才・白石和彌

十和子はある日、時計店にクレームを入れる。大切な人からもらった腕時計が壊れたというのだ。時計店はそれなりに対応してみせるが、十和子はもちろん納得するわけもない。「大切な時計なんですよ。代わりのものがあるわけもない」といった感じ。やがて、売り場のイケメン主任・水島(松坂桃李)が他の店から自分の金で代わりのものを買ってきたといって差し出す。どこかに黒崎の面影を感じ、十和子は肉体関係を結んでしまう。

やがて、十和子は訪ねてきた刑事から、その後結婚した黒崎が、5年前から失踪していることを聞かされる。黒崎はなぜ消えたのか? 一方、十和子は水島とのセックスにのめり込んでいくが、水島には妻子がいた。ある日、水島は「自宅に大人のオモチャが届き、顧客データが盗まれた。あなたの同居人を疑っている」と彼女に告げる。やったのは陣治なのか?

『彼女がその名を知らない鳥たち』10月28日(土)新宿バルト9他全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

原作は、沼田まほかるさんが06年に発表した20万部のベストセラー小説。『凶悪』(2013年)、『日本で一番悪い奴ら』(2016年)など実録クライム映画を送り出す若き鬼才・白石和彌監督が映画化した。白石監督が本格的な大人のラブストーリーを手がけるのは初となる。

誰にも共感できないけれど…

いまや、何事においても、大切なのは「共感」である。SNSの世界でも、「いいね」があって広がる。ウケる映画は、観客が主人公ならずとも、主要な登場人物の気持ちにシンクロさせることで「感動」を引き出すのが常道だ。特に恋愛映画にはもっとも大切な要素といっていい。

しかし、この映画はどうだろうか? 最低なのは主人公だけではない。かつての恋人・黒崎は金のトラブルのために、自分の女も売るようなクズ男。水島も実はケチくさい、セックスと保身しか考えないゲス男だ。観客は「共感」することが難しい。

『彼女がその名を知らない鳥たち』10月28日(土)新宿バルト9他全国ロードショー
配給:クロックワークス (c)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

「自分はダメ男」という自覚が多少あるオッサンは、陣治に自分を重ねながら観ようと思った。十和子がちょっとくらい自堕落でもいいじゃないか。だって、蒼井優だよ。時に幼く見えるけど、大人の色気も十分ある。彼女は右目下の泣きぼくろがチャームポイント。ほかにもいくつかあるほくろが相まって、実に多彩な表情を見せてくれる。その顔を見ているだけでも幸せだ。

そりゃ、少しのことなら、目をつむって愛せるよ。仕事が大変なくらいは我慢するさ。マッサージもするさ、と。ただ、蒼井優演じる十和子は、なかなかの落ちっぷりで、それに対してなにも言わない陣治には、「男なら、しっかりせえ」と思ってしまう。

 ラストに隠された「究極の愛」の真意

この映画は、単純な「共感」ではない、もう一つ上の次元の映画を志しているように思える。過去の白石監督作も、そういう映画だった。商業本格デビュー作『凶悪』は「新潮45」の編集者が書いたノンフィクションが原作。雑誌記者(山田孝之)が収監中の死刑囚(ピエール瀧)を取材し、「先生」と呼ばれる不動産ブローカー(リリー・フランキー)の世に出てない驚愕の犯罪が明らかになるというストーリー。『日本で一番悪い奴ら』は北海道道警の元刑事による告白本が原作。道警の刑事たちが不正事件に手を染めていく話である。ここに、感動や共感はないが、どちらも面白いエンタテインメントだった。

監督は今回もストーリーテリングの妙と、優れた演者を武器に話を転がしていく。共感なんか、関係ない。この映画でいう「究極の愛」とは何か? その正体を書くと、ネタバレになってしまうので書けない。ただ、ひとつヒントを書くと、観客のそれまでの感じ方をひっくり返す物語的な大転換がある。タイトルの“鳥”にちなんで書けば、 “飛翔”だ。そのラストを観ると、もう一度、最初から観たくなる。一見、理不尽と思える主人公たちの真意が分かるからだ。