文=平辻哲也/Avanti Press

奥田瑛二と安藤和津の長女で、安藤サクラの姉、映画監督である安藤桃子監督が10月7日、高知市内の繁華街、おびさんロードにミニシアター「ウィークエンド キネマ M」をオープンさせた。安藤監督は『0.5ミリ』(2014年)を高知で撮影した際、同地を気に入り、その後、移住。結婚して2歳7カ月の子どもを育てながら、高知から映画文化を発信している。日本の各地でミニシアターがその灯を消す中、映画館を作った理由は?

きっかけは父の勘!? 高知は「一生ブレずに映画監督ができる」場所

「今度、桃子が高知で映画館を作ったのよ」

映画館のオープン数日前、そんな電話が安藤和津さんからあった。急きょ、夜行バスで岡山まで行き、岡山からは「アンパンマン」を全面にラッピングした特急「南風」で駆けつけた。高知といえば、坂本龍馬、「アンパンマン」で知られる漫画家、故やなせたかしさんが有名人。現在は広末涼子、そして、安藤桃子かもしれない。上京して、その名を轟かせるのが常道だが、安藤監督の場合、東京から高知へ移住して、活動を続けている。

10月7日にオープンした「ウィークエンド キネマ M」正面アーチ

今春からイメージキャラクターに起用された自然派化粧品「Koh Gen Do 江原道」の姉妹共演も話題の安藤監督。高校時代よりイギリスに留学し、ロンドン大学芸術学部を次席で卒業。その後、ニューヨークで映画製作を学んだという才女だ。奥田の監督デビュー作『少女~an adolescent』(2001年)をはじめ、監督助手を経て、2010年に『カケラ』で念願の監督デビューを果たした。

高知には何の縁もゆかりもない。移住のきっかけとなったのは『0.5ミリ』。同作の高知ロケを決めたのは、プロデューサーでもある父だった。天性の勘で、ここだと思った奥田は高知県のお偉いさんが集まった席で、「娘がここで映画を撮りますから」と宣言。後日、そのことを聞かされた安藤監督はびっくり。「私の映画なのに勝手に決めないでよ」と言ったそうだが、数日後、ロケハンで高知に行くと、父以上に気に入ってしまった。

『0.5ミリ』は金なし、家なしの介護ヘルパーのヒロイン(安藤サクラ)がさすらいながら、さまざまな老人たちと出会う……というストーリー。祖母の介護体験を踏まえながら書いた初の長編小説が原作だ。報知映画賞作品賞をはじめ、主演のサクラとともに数多くの賞に輝いた。「海、山、川と三拍子揃っていて、いろんな表情がある。日本のハリウッドにすべきと思っている」と安藤監督は映画の『0.5ミリ』の公式サイトで語っている。

しかし、数字だけを聞くと、高知県は住みやすそうには思えない。所得ランキングでは、沖縄に続くワースト2位。ただ、四季を通じて暖かいこともあってか、人柄の温かい県民性だという。「金ではない部分で生きているんですよ。ないものがあったら、『ウチに○○があるよ、持ってきな』と言ってくれたり、物々交換も盛んなので困ることがないし、子育てもしやすい。一言で言えば、ラテン的な感じ。みんなハートで生きているんです」と安藤監督。「高知でなら一生ビジョンがブレずに、映画監督をやっていけるな」(『0.5ミリ』公式サイトより)と思ったという。

目標は売り上げではなく〇〇を増やすこと!

今回の映画館オープンの道のりも、そんな“高知ならでは”の人間関係で実現した。映画に協力した地元の和(かのう)建設株式会社の社長から「ビルを買ったのだが、1年以上空きビルになってしまう。そうなると、おびさんロードも雰囲気がよくないし。桃子、何かやれや」と声をかけられたというのだ。高知市内にはシネコンはあるものの、中心の商店街に映画館はない。『0.5ミリ』では廃館となった高知東映の椅子を貰い受けて、高知城西公園内に特設映画館を作って期間限定で上映。約1万人を動員した。そんな経験も活かしつつ、各方面のプロフェッショナル11人が手弁当で参加する「チームキネマM」が発足。わずか2カ月半で開館にこぎつけた。

高知城西公園内の『0.5ミリ』特設映画館での安藤桃子監督

「高知では物事は東京の5倍早く進む。主要な教育関係、企業、印刷関係のすべてがママチャリ30分圏内と、自分の足で行けてしまう距離。東京では、今日連絡して今日打ち合わせ、というのはないけれど、高知だと『今何やっているの? どこ?』『隣にいるよ』みたいなことがすごく多い」

映画館は、鉄筋コンクリートにタイル張りのモダンな建物。正面の大きなアーチが特徴的なオシャレな外観で、町の新しいシンボルとなりそうだ。オープン当日は、「ここはなんですか?」と足を止めた若者グループに、安藤監督は丁寧に説明。安藤監督の「君たちみたいな若者に観てほしくて選んだ映画を上映しているんだよね」という言葉に背中を押され、彼らは映画館の中へと入っていった。

ウィークエンド キネマ Mの外観

席数57(車椅子席あり)、全席自由席、入れ替え制。月~木曜は午前1本、金~日曜は終日3本、名画から最新のミニシアター作品まで上映する。1本の鑑賞料金は一般1300円、1日通し券2000円(ワンドリンク付き)、会員1000円(特典付き)という低価格。オープニング作品はヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞した溝口健二監督の『山椒大夫』(1954年)、ろうあ者の寄宿学校を舞台に全編手話で展開される青春映画『ザ・トライブ』(2014年)、マイク・ミルズ監督(『人生はビギナーズ』)が自身の母親をテーマに描いた『20センチュリー・ウーマン』(2016年)。

目標は、売り上げではなく、映画人口を増やすこと。高知はかつて映画の県だったという。「映画館は多い時に県内に146館あった。市内で30数館かな。市内を出たら、84%が山岳地帯ですから。そんな県に146館があるって、どういう状態って思いますよ。すべての町に映写技師がいたんですよ。『俺のじいちゃん、映写技師だった』とか、そういう話を聞きます。安芸市にある『大心劇場』は全盛期からの流れを受け継ぐ映画館。きれいな川と山があってまさか映画館はないでしょ、と思ったら、そんな中にも映画館がポンとある。そこは全国的な名物映画館で、鮎を釣って、映画観て、遊んで帰るみたいな……。すごい県だなと思います」

映画の入り口から出口までやりたい!

ウィークエンド キネマ M

父・奥田は2007年11月から約4年間、山口・下関に自身の映画館「シアター・ゼロ」を運営した経験もあり、奥田ファミリーとしては2館目。「奥田さんが独立プロダクションで貫いてきたことを見ていたので、映画の入り口から出口までやりたい、という思いは最初からありました。世の中ではミニシアターがなくなってきているけれど、父を見てきたから新たな形で挑戦することもできる。世代や価値観の違いはあっても、受け継ぐというのはこういうことなのかな」。

今後は、映画館前の通りで、サイレント映画を上映し、奥田が活弁士を務めるイベントを企画しているほか、映画人や商店街とのコラボレーションも考えている。「高知には、感性が鋭い人たちがいっぱいいる。特に若者に映画を好きになってほしい」。1児の母でもある安藤監督は、さらに若い世代へ夢を託そうとしている。映画館の営業は来年12月末までの限定。その挑戦は始まったばかりだ。